ロレンツ夫妻の夜の秘密

NA

文字の大きさ
上 下
5 / 30

5.首輪(赤)

しおりを挟む
「あれではあんまりだと思ったんです。気に入ってもらえるといいんですが」

 ステファンがディアナに贈った箱の中身は、皮革製品の工房に、彼女に相応しいものをと特注した品だ。見切り発車だったが、実際に渡せる日がきたのでよしとしよう。

 紅に染色されたなめし革は、柔らかくも強靭だ。彫金が施された金のバックルと錠は、機能と装飾を兼ねる。
 輪の表はエナメル加工で照りがあるが、内側はやすりで起毛処理され、肌を傷つけないよう配慮されている。また、これも内側に筆記体のカリグラフィーを金で箔押しし、「ディアナ」と名を入れてもらっていた。
 リードは鎖か革か迷った。鎖の音色にも惹かれるが、見本の革の色味の美しさに軍配が上がった。付け替えができるから、後に買い足してもいい。

 ディアナは、膝の上に箱に入ったままの赤い首輪を置いて、硬直していた。
 ステファンは待っている。まだ彼女を手の内にしきれたとは思っていない。おそらく反発する。怒るだろうか。泣くだろうか。なんにせよ楽しみだった。

「……許してくださいませ」

 彼女は常にない、か細い声で言った。
 ステファンは訊く。

「許す?  何をですか?」
「貴方は優しいから、合わせようとしてくださっているんですわよね? でも、こんな望みはおかしいって、私、わかっているんです……!」

 昨夜、あれだけ嬲られても、ディアナは夫を買いかぶっているらしかった。ステファンは奥歯で笑いを噛み潰す。
 ディアナは縋るような目で彼を見た。

「治しますから……ねえ、貴方はお医者様ですもの、治し方、ご存知でしょう?」
「そうやって、ずっと一人で悩んでいらっしゃったんですね」
「……ええ」
「可哀想なお嬢様」

 ステファンは彼女の髪に指を潜らせる。彼の寝癖かなんだかわからないくしゃくしゃの髪と違い、彼女の自然にくるりくるりと巻いた焦茶の髪は、張りがあって光を含んでいる。
 指先でうなじをなぞりながら、彼女の耳元で宣告した。

「治りません」
「え……」

 ステファンは説明する。

「性的嗜好は人格の根底に結びついていますので、特に成人以降はそう変わるものではありません。それどころか、無理に抑えるほど、内で膨れて苦しいでしょうね」
「そんな……」
「大丈夫ですよ。治さなくていいんです。性衝動を持て余して、逸脱行為に及ぶのは宜しくないですが、社会的に問題のない方法で発散できればいいんです。幸い、配偶者の僕は、性的嗜好は嗜虐側です。貴女さえよければ、無理なくパートナーを務められます」

 ディアナは黙っている。しかし、箱に添えられたままの、彼女の手に手を重ねてみても、逃れようとはしなかった。

「昨日は怖かったですか?」

 つとめて優しく問うと、ディアナは首を縦に振った。強がりはやめたらしい。

「これまでの貴方では、なくなってしまったみたいで……」
「すみません。つい、夢中になってしまいました。でも、変わらず大切に思っているんですよ。本当に嫌なことを強いたりしないと約束します」
「……でも……」

 迷って揺れる様に、湯上りでも紅をさしているような唇を奪いたくなるのを我慢した。

「ディアナ、僕など不相応とわかっていても、諦められずに、六年も焦がれ続けたんです。哀れと思うなら、どうか僕の腕の中に降りてきて……」

 婚礼の誓いの言葉すら、ここまで真に迫って彼の口をつかなかった。
 今宵、月は十六夜にして欠けはじめる。
 月の美しさは移ろいにあるとステファンは思う。
 日に日に満ち欠け、時に夕日を受けて紅く映え、時に中天に黄金に輝き、時に虚空に蒼ざめた貌を見せる。
 だからこそ飽きず、空に探す。
 口先で惑わして、天の女神に枷をかけようなど、自分は罪深く愚かだ。
 せめて、彼女に求婚したときの言葉をもう一度、捧げた。

「お嬢様、僕は、一生涯、全身全霊をかけて、貴女に尽くすと誓います」

 彼女の髪を片側の肩に集める。
 彼女との結婚指輪をした手で、新しい密やかな誓いの品を、その細い首に巻いた。こくりと喉が動いたが、彼女は拒まなかった。
 ステファンは、金の錠に鍵をかけた。

 ディアナは怖々と首輪に触れている。
 品の良い作りで、リードさえ繋がっていなければチョーカーのようだ。

「よく似合いますよ」
「本当に……?」
「ええ。受け取ってくれて、嬉しいです」
「貴方……」

 ディアナは彼に身を寄せてきた。
 無防備なものだった。素直になってくれた返礼に、手を尽くして彼女の渇きを癒してやろうと決めた。
 まずは腰に手を添え、促した。

「鏡で見てみましょうか」

 玄関は飾り窓が切られており、薄明るい。
 全身が映る姿見の前に、彼女を立たせた。
 ステファンは後ろに回り、片手にリードの先の輪をかけたまま、彼女のワンピース型の夜着の前ボタンを一つ一つ外しはじめる。

「貴方、だめ……」

 ステファンは手を止めない。彼女の表情から、言葉と裏腹の望みを汲んでいる。

「見たいんです」

 微かな衣摺れの音とともに、白い夜着が玄関の絨毯に落ちた。彼女は鏡から目を逸らし、胸元を手で覆う。下に一枚身につけているのがむしろいやらしいくらいだった。

「脱いでください」
「できません……」
「こちらも、脱がされたいですか?」
「貴方ぁ……」

 ステファンは彼女の腰に手をかけ、ドロワーズを引き下ろした。

「いや……!」

 床にしゃがみこんだのをいいことに、脚から最後の一枚も抜き取った。

 白い背は、髪に半ばまで覆われている。合間から覗く肩から腕、床に伸びる脚の曲線美は、東部神話の神々の像そのままだ。
 だが彼女は今、虜囚だ。
 赤いリードを引いて顔を上げさせれば、翠玉の目が潤み、唇が物欲しげに薄っすらと開いている。

「ほら、ロミーのお下がりより、ずっといいでしょう」

 ステファンは屈んで、彼女の肩に手を置いた。
 手足も尻も床についているディアナを、鏡に向き合わせる。

「これを頼んだ時、どんないい犬をお飼いですかと職人に聞かれましたよ」

 ステファンは首輪と肌の境を撫でる。締まり過ぎてはいないようだ。

「綺麗です。とびきり血統が良くて、賢くて、素晴らしい毛並みのお嬢様……ずっと、大切に飼ってあげます」

 身体の前面に降りていた髪を全て後ろに流した。ふっくらとした双丘が露わになる。頂きは髪色と同じくらいくっきりと濃く色づいている。
 寒さのためか、見た目にも硬く凝っているのを手のひらで包むと、ディアナは息を漏らした。
 鏡越しに見つめながら愛撫する。赤い首輪のかかった身体に、男の手が這っていく。
 片手はやわやわと左の乳房全体を揉み、もう片手では指をたてて、胸の谷間から平かな腹部をなぞる。
 ステファンは腕の中の女の耳に唇を当てる。彼女はその小器官の曲線の一つまで、優雅な造形をしている。
 夜の静けさのなかで、彼女の呼吸が荒くなっていく。
 腿を撫で、脚を割る。秘所に触れると、彼女は切なそうに願った。

「貴方、せめて、お部屋で……」

 ステファンは手を止めた。このまま鏡の前で抱くのも捨てがたかったが、季節が悪い。暖房の効かない場所で強いて、体調を崩させたくない。
 なにより、間接的にでも、彼女から求める言葉に満足した。

「そうですね」

 背を支え、腿の裏に腕を通した。

「首につかまってくれますか」

 ディアナは彼の言葉通りに両腕を回してきた。低い姿勢からで多少難しかったが、重心を意識して引き上げた。
 ディアナは驚いたようだった。

「あ、あの……重いですわよね……」
「お背の割には軽いですよ」

 裸のままで寝室に引き回すなどと手荒い真似はしたくなかった。
 ステファンはあくまで、彼女を満たしたいのだ。
 そして、少しは見栄をはりたい。
 軽く彼女を揺すり上げて持ち直すと、彼は寝室へ向かった。
 落とさずに寝台に置けたのに、ほっとした。
 お姫様抱っこが嬉しかったのか、ディアナは腕を外さないまま、紅の口元を綻ばせていた。
 口付けをした。舌で唇を舐めると、すんなりと開き、内に誘い入れてきた。神経の集中した組織と粘膜をねっとりと絡め合わせながら、彼女を寝台に沈めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

忌子は敵国の王に愛される

かとらり。
BL
 ミシャは宮廷画家の父を持つ下級貴族の子。  しかし、生まれつき色を持たず、髪も肌も真っ白で、瞳も濁った灰色のミシャは忌子として差別を受ける対象だった。  そのため家からは出ずに、父の絵のモデルをする日々を送っていた。  ある日、ミシャの母国アマルティナは隣国ゼルトリアと戦争し、敗北する。  ゼルトリアの王、カイは金でも土地でもなくミシャを要求した。  どうやら彼は父の描いた天使に心酔し、そのモデルであるミシャを手に入れたいらしい。  アマルティナと一転、白を高貴な色とするゼルトリアでミシャは崇高な存在と崇められ、ミシャは困惑する。

金に紫、茶に翡翠。〜癒しが世界を変えていく〜

かなえ
ファンタジー
 金髪に紫の瞳の公爵家次男リオンと茶髪に翡翠の瞳の侯爵家次男ルゼル。2人は従兄弟。  「かっこわるい、やだなの」な2人は「つよく、なるましゅ」が目標で日々頑張って子犬のように仲良く遊びます。  頼れるお兄ちゃんズと王子様やしっかり者のお姉様に可愛がられるリオンとルゼル。  少し前まで戦争していた国が復興に力を入れている時代。  ほんわか美幼児2人に家族が癒やされ、偉い人が癒やされ、地域が癒やされ…なんだか世の中が少しだけ変わっていく話。  美幼児が美少年になるあたりまでの成長記録。ショタではない(多分)。  ただただ作者が癒やされたいためだけに書いているので波瀾万丈さはない(多分)。  番外編として「リオンの日記」というショートショートも書いてます。リオンの絵を見てユリアンが兄バカ全開な感じです(笑)

カップル奴隷

MM
エッセイ・ノンフィクション
大好き彼女を寝取られ、カップル奴隷に落ちたサトシ。 プライドをズタズタにされどこまでも落ちてきく。。

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ
ファンタジー
 相良真一(サガラシンイチ)は社畜ブラックの企業戦士だった。  悪夢のような連勤を乗り越え、漸く帰れるとバスに乗り込んだらまさかの異世界転移。  そこには土下座する幼女女神がいた。 『ごめんなさあああい!!!』  最初っからギャン泣きクライマックス。  社畜が呼び出した国からサクッと逃げ出し、自由を求めて旅立ちます。  真一からシンに名前を改め、別の国に移り住みスローライフ……と思ったら馬鹿王子の世話をする羽目になったり、狩りや採取に精を出したり、馬鹿王子に暴言を吐いたり、冒険者ランクを上げたり、女神の愚痴を聞いたり、馬鹿王子を躾けたり、社会貢献したり……  そんなまったり異世界生活がはじまる――かも?    ブックマーク30000件突破ありがとうございます!!   第13回ファンタジー小説大賞にて、特別賞を頂き書籍化しております。  ♦お知らせ♦  余りモノ異世界人の自由生活、コミックス3巻が発売しました!  漫画は村松麻由先生が担当してくださっています。  よかったらお手に取っていただければ幸いです。    書籍のイラストは万冬しま先生が担当してくださっています。  7巻は6月17日に発送です。地域によって異なりますが、早ければ当日夕方、遅くても2~3日後に書店にお届けになるかと思います。  今回は夏休み帰郷編、ちょっとバトル入りです。  コミカライズの連載は毎月第二水曜に更新となります。  漫画は村松麻由先生が担当してくださいます。  ※基本予約投稿が多いです。  たまに失敗してトチ狂ったことになっています。  原稿作業中は、不規則になったり更新が遅れる可能性があります。  現在原稿作業と、私生活のいろいろで感想にはお返事しておりません。  

【短編集】ゴム服に魅せられラバーフェチになったというの?

ジャン・幸田
大衆娯楽
ゴムで出来た衣服などに関係した人間たちの短編集。ラバーフェチなどの作品集です。フェチな作品ですので18禁とさせていただきます。 【ラバーファーマは幼馴染】 工員の「僕」は毎日仕事の行き帰りに田畑が広がるところを自転車を使っていた。ある日の事、雨が降るなかを農作業する人が異様な姿をしていた。 その人の形をしたなにかは、いわゆるゴム服を着ていた。なんでラバーフェティシズムな奴が、しかも女らしかった。「僕」がそいつと接触したことで・・・トンデモないことが始まった!彼女によって僕はゴムの世界へと引き込まれてしまうのか? それにしてもなんでそんな恰好をしているんだ? (なろうさんとカクヨムさんなど他のサイトでも掲載しています場合があります。単独の短編としてアップされています)

【完結】よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

処刑された女子少年死刑囚はガイノイドとして冤罪をはらすように命じられた

ジャン・幸田
ミステリー
 身に覚えのない大量殺人によって女子少年死刑囚になった少女・・・  彼女は裁判確定後、強硬な世論の圧力に屈した法務官僚によって死刑が執行された。はずだった・・・  あの世に逝ったと思い目を覚ました彼女は自分の姿に絶句した! ロボットに改造されていた!?  この物語は、謎の組織によって嵌められた少女の冒険談である。

優しい時間

ときのはるか
BL
父親の事業の失敗により瞬は、ある日父の友人だという男に養子に迎えられる事となる。 だが瞬を待っていたのは養父ではなく瞬を養父の要望のままに躾をするある施設での生活だった。 そこでは朝起きてから眠りに着くまで、全て躾担当である榊に身を委ねなければならないと教えられた瞬は、躾という名の甘い調教を強いられて行く。 自由は制限されてはいるが、排泄の管理から食事、入浴、学業に至るまで至れりつくせりの生活の中で、やがて瞬は徐々に主人のオーダー通りのいつまでも少年らしく貞淑に恥じらいを持った素直で従順な子供にと成長して行く。 主人と躾士に深く愛される少年の非日常的な日常のお話です。

処理中です...