悪魔につけこまれたお姫様の話

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侍女と狼

16 復活祭

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ーーエマ、おいで

 穏やかな声とともに、人混みに埋もれかけた幼い娘の身体が、抱き上げられる。

  父の肩に乗せてもらって、エマは鈴を振るような笑い声を上げる。エマの父は、とても優しくて強い。仕事が忙しいからエマはいつもおばさんのところに預けられているけれど、今日は特別にお休みをもらって、お祭りに連れてきてくれたのだ。
 人々より頭一つ高くなって、エマは得意になって周りを見回す。ざわめきに混じるアコーディオンの演奏。
 通りの両側を埋め尽くす屋台には、飴がけの果物、パンに焼き菓子、焼肉の串といった食べ物や、ワインをはじめとする飲み物。アクセサリーや仮面といった雑貨も並ぶ。
 酒で顔を染めて上機嫌の人々、ダンスに興じる恋人たち。
 エマも楽しくてたまらない。

ーーほら、ご覧。王様がいらっしゃる。

 父が示したのは広場の舞台、遠く小人のようだけれど、立派な王様とお妃様が、集まった人々に、にこやかに手を振っている。
 みんな王様を見上げて嬉しそうで、エマは父が誇らしくなる。

 わたしのお父さんは偉いのよ。みんなの王様を守る、大切なお仕事をしているんだからーー

「エマ」

 呼びかけに、彼女は我に返った。

「はぐれちゃうから」

 そう言って、ジークが手を握ってくる。エマは軽く首を振った。
 ギルフォード王子が欲しがっている飴を手に入れるために、エマは十数年ぶりに祭りの雑踏の中にいた。

「早く済ませましょう」
「うん! いっぱい遊びたいからね」

 ふさふさの尾が機嫌良く揺れて、エマの身体をかすめる。ジークにとっておつかいは完全に口実らしい。

「ジーク、本当はだめなのよ。王族の方々が口にされるものは、お城の厨房で作られて毒味が済んだものだけ。今回はどうしてもってご希望だからよ。飴は瓶だけ使って、中身はアランさんに作り直してもらうんだから、買ったらすぐ戻らないと」
「そんなに急がないよ。ギル様は遊んできていいって言ったよ」

 ジークが身体を寄せてくる。

「エマ今日、服違うね。かわいい」

 城下に降りるから、エプロンを外して、ワンピースも青地に白い小花の散った柄を着ていた。首輪は、ストールを巻いて隠していた。別にうかれているわけじゃないと内心で言い訳して、エマは返事をせずに歩き出した。

「お祭り、すごいね。いろんな匂いするよ、楽しいね! 俺、今日はお金持ってるから、欲しいものなんでも言って!」
「わたしはいいわ。ひどい人混み」
「もう病気怖がんなくていいって、みんな喜んでるんだ。女王様のおかげ!」
「……悪魔は?」
「なんのこと?」

 ジークはとぼける。エマが睨むと、とたんに困ったように眉尻を下げた。

「ん、あのさ、ヴィネ様は悪いことしてないよ? 病気の人のいる家作ったりしてるし、多分だけど、女王様に力をあげてるのもヴィネ様だよね」
「ジーク」
「そんなに怒んないで。あ、ほら、みんなの病気を治したいってお願いしたのは女王様だと思うから、もちろん、女王様も偉いよ!」

 疫病が流行ってから数年、復活祭はごく小規模になっていた。国中が息を潜めるように暮らしていた。
 解放された人々の熱気に包まれて、エマは複雑な気持ちになっていた。
 明るさを取り戻していく、シェリルが治める国。
 喜ぶべきなのだろうか。
 ジークの言うように、あれを頭から悪魔と決めつけて否定するのは間違いなのだろうか。

 納得していないのは、エマの中の幼い子供だった。ひとりぼっち、雑踏に立ち尽くして、彼女は呟く。

 みんななんで、なにもなかったみたいに笑ってるの?
 わたしのお父さんが命懸けで守った王様を、殺したくせに。
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