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侍女と狼
12 クッキーと花
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エマがシェリルの居室から下げた水差しを返しに入った厨房には、小麦と砂糖の混ざった甘い匂いが漂っていた。
汗だくになってオーブンを見ていた料理番のアランが、額を拭き拭き顔を上げる。
「エ、エマさん。いいところに」
彼はエマよりいくつか年上だが、いつも丁寧な話し方をした。赤面症で少し言葉が出にくいときがある。
シェリルの好みを伝えてお菓子を焼いてもらったら、直々にお褒めの言葉をいただいたらしい。以来、人見知りがある彼が、エマには心を開いてくれている。
「ふ、復活祭のお菓子を。試作していたんだけど」
既に焼き上がった花の形の絞りクッキーが、網に乗せて冷まされているところだった。
花芯には色とりどりの飴が華やかに使われている。
毎年行われる復活祭に、王家から下賜されるお菓子だ。今年はシェリルの力で疫病も治まりつつあり、一際盛大になる。
「アランさんのお菓子はいつも素敵ですね。陛下もお喜びになると思います」
「そ、そうだと、嬉しいです。あの、エマさん、よかったら侍女の皆さんでご意見を。お菓子は女の人の方が、よく召し上がるので」
「ええ、わたしたちでよろしければ」
エマが微笑みかけると、アランは真っ赤に茹で上がった。
「あっ、あっ、あと。その。そのですね。少し、その、べつのものも、作って」
焦るとしどろもどろになってしまうアランを待っているところに、弾けるように騒々しくドアが開いた。
「エマ!」
人狼ジークが、腕いっぱいに何かを抱えて飛び込んでくる。
「これあげる!」
激しく尾を振り、青い目をキラキラさせて、褒めてくれと訴えている。
一方のエマは、根に土がついたまま、取り合わせもめちゃくちゃな花と草の一塊を押し付けられて、表情を硬直させていた。
「これは、どうしたの?」
「庭で抜いてきたよ! エマにあげる」
そして、エマが続けて何か言う前に、庭師が怒鳴り込んできた。
「ジーク! この、バカ犬が!」
きょとんとするジークの横で、エマが頭を下げる。
「申し訳ございません。ジーク、いけない。謝りなさい」
「えっと、ごめんね?」
「このバカに謝られても意味ないよ! エマさん、あんたがさあ、ちゃんと躾けてくれなくちゃ!」
「なにエマに怒鳴ってんの」
「ジーク、唸らない。本当に申し訳ございません。よく言ってきかせます。すぐ片付けに伺います」
「ったく、勘弁しろよ!」
足音も荒く出て行く庭師を追う前に、エマはアランを振り返った。
「アランさん、お騒がせしてごめんなさい。お菓子のことは他の子に伝えていただけますか?」
「あ、あ、はい……」
「エマ、花嬉しい?」
「ジークは後で話があります。まずはお庭の片付けを手伝いに行きましょう」
「わかった、行こ」
エマにじゃれつくジークは、去り際にアランを振り返って、べーっと舌を出した。
残されたアランは、エマに渡せなかった包みを握りしめる。彼女のために作った、スミレの砂糖漬けを乗せた特別なクッキーだ。
「あの、クソ犬……!」
アランはぎりぎりと歯噛みする。
ギルフォード王子のお気に入りだか知らないが、いつも騒ぎを起こして真面目なエマを困らせる。今だって、絶対にわかっていて邪魔したのだ。
卑しい異種族のくせに、麺棒で叩き殺してやりたかった。
汗だくになってオーブンを見ていた料理番のアランが、額を拭き拭き顔を上げる。
「エ、エマさん。いいところに」
彼はエマよりいくつか年上だが、いつも丁寧な話し方をした。赤面症で少し言葉が出にくいときがある。
シェリルの好みを伝えてお菓子を焼いてもらったら、直々にお褒めの言葉をいただいたらしい。以来、人見知りがある彼が、エマには心を開いてくれている。
「ふ、復活祭のお菓子を。試作していたんだけど」
既に焼き上がった花の形の絞りクッキーが、網に乗せて冷まされているところだった。
花芯には色とりどりの飴が華やかに使われている。
毎年行われる復活祭に、王家から下賜されるお菓子だ。今年はシェリルの力で疫病も治まりつつあり、一際盛大になる。
「アランさんのお菓子はいつも素敵ですね。陛下もお喜びになると思います」
「そ、そうだと、嬉しいです。あの、エマさん、よかったら侍女の皆さんでご意見を。お菓子は女の人の方が、よく召し上がるので」
「ええ、わたしたちでよろしければ」
エマが微笑みかけると、アランは真っ赤に茹で上がった。
「あっ、あっ、あと。その。そのですね。少し、その、べつのものも、作って」
焦るとしどろもどろになってしまうアランを待っているところに、弾けるように騒々しくドアが開いた。
「エマ!」
人狼ジークが、腕いっぱいに何かを抱えて飛び込んでくる。
「これあげる!」
激しく尾を振り、青い目をキラキラさせて、褒めてくれと訴えている。
一方のエマは、根に土がついたまま、取り合わせもめちゃくちゃな花と草の一塊を押し付けられて、表情を硬直させていた。
「これは、どうしたの?」
「庭で抜いてきたよ! エマにあげる」
そして、エマが続けて何か言う前に、庭師が怒鳴り込んできた。
「ジーク! この、バカ犬が!」
きょとんとするジークの横で、エマが頭を下げる。
「申し訳ございません。ジーク、いけない。謝りなさい」
「えっと、ごめんね?」
「このバカに謝られても意味ないよ! エマさん、あんたがさあ、ちゃんと躾けてくれなくちゃ!」
「なにエマに怒鳴ってんの」
「ジーク、唸らない。本当に申し訳ございません。よく言ってきかせます。すぐ片付けに伺います」
「ったく、勘弁しろよ!」
足音も荒く出て行く庭師を追う前に、エマはアランを振り返った。
「アランさん、お騒がせしてごめんなさい。お菓子のことは他の子に伝えていただけますか?」
「あ、あ、はい……」
「エマ、花嬉しい?」
「ジークは後で話があります。まずはお庭の片付けを手伝いに行きましょう」
「わかった、行こ」
エマにじゃれつくジークは、去り際にアランを振り返って、べーっと舌を出した。
残されたアランは、エマに渡せなかった包みを握りしめる。彼女のために作った、スミレの砂糖漬けを乗せた特別なクッキーだ。
「あの、クソ犬……!」
アランはぎりぎりと歯噛みする。
ギルフォード王子のお気に入りだか知らないが、いつも騒ぎを起こして真面目なエマを困らせる。今だって、絶対にわかっていて邪魔したのだ。
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