悪魔につけこまれたお姫様の話

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侍女と狼

10 偽りの聖女

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 癒しの力を得てから、シェリルは多忙を極めた。
 疫病のみならず、およそあらゆる病や怪我を、手をかざすだけで治すことができる。
 救いを求める人々が国内外から押し寄せるのを、混乱を抑えて対応すること自体が至難の業だった。
 家臣も神聖帝国の神官の応援もあったが、なにより役立ったのはヴィネだった。

「あれはお使いになられませぬよう、二心ありますゆえに」
「エメル王国の姫君は、秘密裡に優先してお助けなさいませ。必ず後々お役に立ちます」
「少々、私めの手のものをお貸しいたしましょう。なに、建造が何より好きな使い魔でございます、仕事自体が対価となりますので」

 ヴィネは人の心を読んではシェリルに囁きかけ、重用すべきもの、除くべきものを伝えた。
 人手を揃え、半日のうちに必要な施設を増築した。
 そして、毎夜、力を使い果たして寝台に倒れこむシェリルのもとに、エマのかわりにやってくる。

「さあ、どうぞ今宵もお受け取りください。躊躇うことはございません。貴女様のお力を、多くのものが求めております」

 悪魔は銀細工のペンダントを取り出す。
 そんなものいらないと、払いのけてしまいたい。
 けれど、シェリルはできないのだ。

――「女王陛下」「女王陛下」「ありがとうございます」「お救いください」「娘をどうか」「父をどうか」「聖なるお力」「選ばれし御方」「聖女様」……

 耳にこびりついて離れない、雨あられと注がれる感謝の言葉は、逆にシェリルを追い詰める。
 それはきっと、シェリルが力を失ったとたん、父母を殺した呪詛に容易く変わる。

 そして、シェリルがゆるゆると差し出した左手の甲に、ペンダントが押し当てられる。

「っ……」

 手だけでなく、胸が鋭いもので貫きとおされるように痛む。流れ込んでくる情動、嫌悪に恐怖、苦痛。
 シェリルは、夜に姿を見せなくなった侍女に、内心で謝り続ける。悪魔に操られているとはいえ、彼女を凌辱する獣を憎む。
 しかし、そのとき。

「あ、っ……?」

 身体を駆け抜けていった感覚に、シェリルは声を上げた。苦しみではなかった。

「や、あっ、ヴィネ」
「ここに」

 ヴィネは涼しい顔のまま、シェリルの寝台に上がっている。
 ぞくぞく、波のように新たな感覚はシェリルを襲う。

「違うわ、変よ……あ……エマに、何をしたの」
「身体が睦めば絆されていく、地界の生き物とは単純なもの。まあ、あれらは元々憎みあう間柄でもございませんし」

 くすくす忍び笑って、彼はペンダントを取り上げた。
 初めての快楽に息を乱すシェリルの姿は、最高のご馳走だ。
 けれど焦るつもりはない。もどかしいほど少しずつ、やがてシェリルから求めはじめるように。

「力は十分でございますね。今宵はこれで。どうぞゆるりとお休みくださいませ」
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