悪魔につけこまれたお姫様の話

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侍女と狼

9 手当

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 爪を出して、エプロンごと襟元を引き裂くと、黒い首輪が覗いた。
 「服を脱ぐ」という命令はとりあえず前を破いたことで達成と判定されたのか、エマは短く息をついている。

 ジークはポケットから血止めの軟膏を出して見せた。

「あと、自分で脱げる?」

 エマは唇を噛んで、エプロンの腰紐を解いた。

「破かないで。そんなに着替え持ってないんだから」
「うん」

 真っ白な、毛皮のない肌に、血の滲む引っ掻き傷と噛み跡が無数に散っている。
 強がっていても本当は弱いエマに、ひどいことをした、かわいそうだ、怖がられて嫌われて当然だと、わかるのに。
 全部、この雌と番った印だと思うと、嬉しくてたまらない。

 自分はやっぱり、エマのいうところの悪魔の手下らしい。

 爪を出さないように気をつけて、傷のひとつひとつに軟膏を塗っていく。

「これよく効くんだよ」

 エマは顔を背けて返事をしてくれない。首輪に締められて赤黒くなった首筋に、ジークは鼻先を寄せた。

「やっ……あ」

 肌に舌を這わせると、意地っ張りの唇から耐えきれずに悲鳴が漏れる。切羽詰まった響きに、ジークの首筋の毛がふわりと逆立った。

「エマ、かわいい」
「やめて、手当てなら終わったでしょ」
「わかってる、交尾しない。でも、まだ塗れてないとこあるから。脚、開いて」
「いやっ、く、ぅ」

 腿を掴んで、開かせる。エマの大切な部分に、たっぷりと軟膏をとった指を当てる。

「ごめんね、ちゃんと全部する。動かないで。痛くなっちゃうよ」

 つぷ、と柔らかいあわいに指を沈める。狭くてきつくて、ここで繋がったなんて信じられないくらいだ。口の中みたいに温かい。
 今すぐしたいのを我慢して、内側に軟膏を塗ってすぐ抜き取った。

「おしまい。服、着ていいよ」

 ジークが許すと、エマは無言で身支度を整えなおし、破れた胸元をかき合わせて出ていった。
 ジークはしばらく、反省室にいた。
 首輪は行動は縛れても、心の中までは支配できないのは、よく知っていた。

 人狼の雌なら、強引にされても番って匂いを嗅ぎあった相手のことは認めてくれるのだ。
 でも、やっぱり鼻の弱い人間のエマには通じなかった。

「わかってたけどさ。……こうでもしなきゃ、絶対、一生、させてくれなかったよね……」

 尾を垂らして呟くと、足音が近づいてくるのが聞こえた。ドアを開ける前からわかる匂いで、尾が現金にそわそわと揺れ始める。

「エマ!」

 新しいエプロンに着替えた彼女の手には、黒い革の首輪があった。今、彼女の首にかかっているのとは別の、見た目は似ているが何の仕掛けもない、猟犬用の首輪だ。

「これ、つけてなさい。首輪をしていないのが知られると、捕まえられるから」
「俺の心配してくれてるの? そんならする!」
「ジークの世話は、わたしの仕事なの。ジークのすることには、責任があるの」

 自身に言い聞かせるように答えたエマに対して、ジークはいそいそと新しい首輪を巻いて、甘えた声で言った。

「ねえ、これやって」

 エマが近寄ってきて、細い白い手で首輪の金具をとめる。
 ジークはエマに世話を焼かれるのが大好きだ。

「おそろい」

 さっきまでの反省をあっさり棚に上げて調子よく言う彼に、エマはため息をついた。

「ジーク、わたしが好き?」
「大好き!」
「だったら、これまでどおりお仕事して。シェリル様にも、ギルフォード様にも、他の誰にも、悪魔のことも首輪のことも、昨日したことも言ってはだめ」
「わかった! 俺、首輪なくたってエマを困らせないよ! がんばる!」
「そうして」
「あ、でも、あのさ」

 ジークはつい言う。

「怪我治ったら交尾しようね? 今度は気を付ける、痛くしない!」

 エマは氷のように冷たくジークを一瞥した。

「あなた、もう少し反省していきなさい」
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