悪役令嬢と神父

トハ

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処刑

第十一話

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「こっちだ」
 俺は彼女の手を引き、地下の調剤室へ立てこもる。
 彼女は動転していて、話を聞ける様子じゃなかった。
「どうして、どうして!? ――どうしてあなたまで追われているの!?」
「そりゃ、ナターシャに毒を盛ったのは私ですから」
「何ですって!?」
「落ち着いて。何も殺すつもりだったわけではありません。渡された林檎に何か仕込まれているのは分かりましたが、彼女には神力がある。ほとんどの毒は無効ですよ」
「でも、食べさせたのは事実なのでしょう? そんなはずはないわ、だって、フラグは全て立てたはずなのに…」
「フラグ?」
「だって――看病したでしょう? ナターシャを!」
「ああ、しましたね」
「それから――階段からつき落とされて――ナターシャを受け止めたわよね!?」
「ありましたね、そんなことが」
「イベントをこなしたんだから、神官ルートに入ったんじゃないの!? なのに、なぜこんな…」
 彼女の話をまとめると、どうやら俺がナターシャ――どうやら、彼女は女王に殺された前国王の娘、つまりお姫様だったらしい――に毒を盛って処刑されるのはお決まりのパターンだが、俺とナターシャが恋仲になっている場合だけは別らしい。――その場合は俺は仕事を断り、仕方なくアフルが老婆に化け、ナターシャに林檎を渡すと言うのだが、だったら最初からそうしろよと思わないでもない――俺とナターシャを恋人にするには仲を深めるのが一番と、アデリアはわざと俺の前に彼女を突き落としたと言うのだ。それは、アデリアがナターシャとして生きていたときにも、新女王の娘としてのアデリアがやっていた事らしい。
「突き落とすとどうして仲が深まるんでしょうか」
「手当てとか致しますでしょう? 私という共通の敵を持つことで、仲間意識が芽生えるし…」
「そういうもんですかね」
「そういうもんですわ!」
 待てよ。と言うことは、彼女は自分の意思で、貴族を捨て、魔女になったのだ。貴族としての生活を捨ててまで、鏡を女王の手から隠し、ナターシャを――いや、わざわざ、ナターシャと俺を守ろうとしたと言う事なのか?
「何で、そこまでして私を…」
「あなたが好きだからですわ…神父様…絶対に死んで欲しくなかった…だから…」
 アデリアのまっすぐな瞳から、大粒の涙が伝う。
「こんな事なら、あなたをひと目見るためだけに、ケソアッソーリに来なければよかった。鏡を持って、遠くに逃げれば良かったのよ。私はバカだわ」
「――ああ、あんたはバカだ。大バカだよ」
 俺の暴言に、アデリアがはっとした顔で俺を見た。
 ああ、もう、まったく。そんな顔をするなよ。俺がバカみたいじゃないか。
「俺なんかのためにそんな事をするなんて、とんだ間抜けだ。俺は自分の事しか考えてないクソ野郎だ。愛だの恋だの、ばかばかしい。そもそも、薬を飲まされたんだか知らないが、あの野郎といい雰囲気だったじゃないか。口が乾かぬうちに、今度は俺に鞍替えか」
 言っていて、自分でもこれは嫉妬だと分かった。分かっても、口から出てきてしまった。彼女の気持ちに触れ、俺の隠していた気持ちまで、掘り返される気分だった。
「違います! あのとき――奴は、あ…あなたの姿で現れたから…油断したのです」
 俺は口をつぐむ。頬を染めながらそう言うアデリアを見て、俺は安堵した。そんな気持ちを悟られぬようかぶりを振る。
 深い意味はない。断じてこの感情に深い意味はない。
 俺はそう言い聞かせ、はずむ鼓動と息を整えた。
「――この場所が見つかるのは、時間の問題だ」
「神父様。どうか、私を殺してください」
「は?」
「あなたは、私に脅されたと証言するのです。私の首があれば、酌量があるに違いありません。私は、処刑されるくらいなら――あなたの手で死にたい」
 アデリアの冷たい手が、俺の手を握る。
 俺はどうしたものかと迷ったが、ふうと息を吐き、その手を握り返した。
「そんなに死にたいなら、消えてしまえばいい」
 冷たい俺の声に、彼女はさあっと青くなった。
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