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第52話

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「……くっ……!」

 体が重い。動かない。けれど、そんなことはどうでもいい。俺はよろよろと立ち上がった。
 ボスも同じように、血の滲むような目で俺を睨みながら立ち上がる。

 立って、くるか。

「お前は……もう逃げられないぞ」

 ボスは一瞬の間をおいて、何かを口に含んだかのように、その体が膨張する。
 俺は警戒し、身構える。

「喰らえ……!」

 次の瞬間、ボスが大きく口を開け、巨大な魔力のエネルギー弾を放ってきた。
 波動が、一気に俺に向かって押し寄せる。

「ぐああああっ……!」

 俺はその強烈な攻撃に吹き飛ばされ、地面に激突した。全身が砕けそうなほどの衝撃を受け、意識が遠のく。
 意識が朦朧としている。血にまみれた体を引きずりながら、俺はゆっくりと立ち上がる。ボスが驚いた顔をしているのが、遠く感じる。

「お前は……なぜ、立ち上がる……?」

 そんな声が……聞こえたように感じた。
 もう、何を言われているのかも分からない。
 だが、拳を握る力だけはまだ残っていた。
 何も考えずに、俺はボスに向かって突き進む。もはや意識はほぼ無い。
 体が勝手に動いていた。

「貴様ァァァ!」
「うおおおおおッ!!」

 最後の力を振り絞り、俺はボスの攻撃を掻い潜り、拳を叩き込む。一撃、二撃、三撃……それでも倒れないボスへ、執拗に拳を連打する。
 剥がれた鱗の部位を狙い、そこにがむしゃらに拳を振り抜く。
 魔力はすでにない。気合いと根性だけで放った俺の拳が何度も何度も殴りつけていく。

「……これで……終わりだッ!!」

 ボスが声にならない悲鳴を上げる中、俺は最後の一撃を放つ。
 ボスの体がゆっくりと崩れ落ち、動かなくなった。

「はぁ……はぁ……」

 全身が痛い。だが、俺は勝ったんだ。
 その場で倒れた俺の元に、声が届く。

「あいつを、殺せ……!」
「今すぐに、奴を殺せ!」

 残っていた虚獣たちの悲鳴まじりの命令。
 さすがにそれらに抵抗する余裕はもうない。
 俺は目を閉じ、やってくる死を待ち構えていたときだった。
 周囲に柔らかな魔力が包み込み、同時に虚獣たちの悲鳴が聞こえた。

「滝川……!」

 俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
 霧崎、か。
 意識が薄れかけている中で、ゆっくりと目を開けると俺を抱き抱える霧崎がいた。

「……私のせいで……ごめんなさい……滝川……! 私がもっと早く来ていれば、こんなことには……!」

 彼女の声はいつもの冷静なものではなく、痛みと後悔に満ちている。俺の体を支えながら、涙をこらえるような様子が伝わってきた。滅多に感情を表に出さない霧崎が、こうして俺のために……。

 ……そんな顔、するなよ。いや、させてんのは俺か……。

 心の中でそうつぶやく。だが、声に出すことができない。身体の痛みと疲労で、まるで世界が遠のいていくようだった。

「……滝川……お願いだから、目を開けて……!」

 霧崎の声が震えている。彼女の手が俺の頬に触れ、温かさが伝わってくる。必死に俺を呼び戻そうとしているその感触は、切実な願いそのものだった。

 ……大丈夫だ、霧崎……俺は、まだ……。

 そう思ったが、体が重く、意識がどんどん遠ざかる。霧崎の顔を最後にぼんやりと見つめ、俺の視界はついに暗闇に包まれていった。

 これで……終わりか……。

 でもまあ、全ては俺の責任だ。
 ――俺の意識はそこで完全に途絶えた。
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