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第37話
しおりを挟む内心で俺が突っ込んでいると、セラフが微笑を浮かべた。
「よかったです。無理しないで頑張ってくださいね」
「うん。あんまり無茶するんじゃないわよ」
セラフとルミナスの温かい言葉に頷きながら、俺たちは食堂へと入っていった。
食堂、といっても一般的な家庭のリビング程度の大きさだ。
俺たちが食堂に着くと、すぐに芳子さんがキッチンへと向かって料理の準備を始めてくれる。俺たちもそれを手分けして行い、全員の食事が用意できたところで席についた。
芳子さんが用意してくれた料理は、昔ながらの日本家庭料理のようなもので、どれも懐かしい雰囲気を感じさせるものだった。
炊き立ての白ご飯、塩焼きにされた魚、出汁がたっぷり染み込んだ煮物、そしてお味噌汁。さらには漬物と厚焼き卵が添えられている。
シンプルだが、どこか心が温まるような料理たちだ。
「……相変わらず、芳子さんのは美味しそう」
霧崎が涎をたらしそうな勢いで料理を見ている。芳子さんが、笑顔を浮かべる。
「おかわりはいくらでもありますからね。どうぞ、たくさん召し上がってください」
俺たちは早速、箸を手に取って料理に手を伸ばしていく。
一口食べてみると、白ご飯はふっくらしていて、程よい塩加減の塩焼き魚が口の中でほどけていく。出汁がしっかり効いた煮物も、噛むたびに優しい味わいが広がり、体に染み込むような感覚だ。
美味い……!
経験値アップのために散々飯は食べていたのだが、それでも箸は進んでいく。
俺は思わず感動の声を上げた。芳子さんの料理は、派手さこそないものの、丁寧に作り込まれた美味しさが感じられる。
「この厚焼き卵、絶妙で美味しいわね……っ。これは参考になるわね」
「こっちの煮物も、味がしっかりしていますよ」
ルミナスは自分も料理をするからか、どこか研究でもするかのような様子で食事を楽しんでいる。
その時だった。
霧崎は黙々と食べていっていたのだが、途中で手が止まった。
「……霧崎、どうした?」
俺が声をかけると、霧崎が困ったように顔をしかめていた。彼女の箸が止まったのは、一つの料理の前だった。煮物の中に入っていたナスだ。
彼女はそれをしばらく睨んでいたのだが、不意に俺へと顔を向けてきた。
そして、
「……滝川。あーんして」
「えっ? ちょ、霧崎?」
まさかの展開に、俺の脳が一瞬停止する。
ゲーム本編を思い出せば、霧崎とこういったイベントもある。
だが、それらは好感度が高く、なおかつ付き合っている状態になってからだ。
……まさか、霧崎の好感度もなぜか高い? ……まさか、戦闘で引き分けたせいでか?
じっとナスを差し出す霧崎の姿が、まるで神のごとく神々しい。
――これは……完全に、俺にとっての奇跡……ッ!
モブであることを忘れ、この瞬間を楽しみたい気持ちで溢れだす。
口をゆっくりと開ける。
この先、二度とこんなことはないかもしれないので全力で霧崎との間接キスを堪能してやろう。
そんなことを思った次の瞬間、何やら威圧的なものを感じた。
……セラフとルミナス? そちらもそうなのだが、その奥。
芳子さんだ。
「美月ちゃん? 好き嫌いはダメですよ?」
「……ひっ」
霧崎がびくっと肩を跳ね上げる。
……そういえば、そうだったな。
霧崎は結構苦手な食べ物が多く、野菜は基本嫌いだ。
なるほど、だから俺に食べさせようとしたわけか。
「……ダメ?」
「はい。苦手なものでも、少しずつ慣れていかないと。今日は一口だけでも食べてみましょうか?」
「……うん」
まるで、子どもを諭すかのような口調の芳子さんに、霧崎はしゅんとなりながら食べ始める。
眉間を寄せ、苦しそうな様子でナスを食べ始めた霧崎は、恨めしそうに俺を見てくる。
「……俺関係ないだろうが」
「……」
食べてくれなかった、と目で訴えかけてくる彼女から視線を外す。
「芳子さんは、霧崎とは知り合いなんですよね」
「まあね。そんなに大きな街じゃないから皆、美月ちゃんのことは知っているんですよ」
「うん。皆、家族みたいなもの」
……なるほどな。
霧崎が嬉しそうに話す姿に、俺は胸がちくりと痛んだ。
霧崎のキャラ付け程度にこの静穂市が破滅する設定を考えてしまったんだよなぁ。
少しだけもやもやとしたものを抱えながら、俺は食事をしていった。
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