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第53話
しおりを挟む魔族たちによる人間の回収が終わった。
回収された人間たちが連れて行かれたのは、憤怒の魔王ゾルドラが治める魔王城だ。
豪華な城の謁見の間に集められた人たちがいたのだが、その絢爛さとは真逆の空気が場を支配していた。
集められた人間たちは恐怖ゆえに体を震わせていた。
彼らを見下ろせる位置にある玉座に座るのは、全長三メートルほどの巨体を持つ魔王ゾルドラ。
膨れ上がった筋肉を揺らしながら、禍々しい玉座に腰掛け、片手に持ったワイングラスを揺らして集められた人間たちを見ていた。
石の床に響く魔族の足音が部屋の静寂を切り裂く。人間たちは目の前の巨大な存在を見上げ、その圧倒的な威圧感に押しつぶされている。
息を呑む音さえも聞こえそうなほど、緊張が張り詰めている中、魔族の声が響き、ゾルドラは問いを投げた。
「ブリューナスが戻ってこない?」
「……は、はい」
魔族の声はかすかに震えていた。ゾルドラはその報告を聞いて、ケラケラと笑い出す。
その笑い声は、部屋全体に響き渡り、人間たちの恐怖をさらに煽った。
「……ふむ……ああ、死んだみたいだな」
彼の無邪気な笑い声に、人間たちは冷や汗をかき、足元が震える。
ゾルドラがあっけらかんといった言葉に、魔族は驚いたように叫ぶ。
「し、死んだ!? に、人間たちに、やられたということでしょうか?」
「そうかもしれないな」
「ま、まさかブリューナス様が……調査をするために魔族を派遣しましょうか……?」
「いや、無駄に魔族を派遣してもブリューナスをやったやつにやられる可能性がある。別に、ブリューナスが死んだくらい、どうだっていい。あいつが、その程度だったってことだ」
「……わ、分かりました」
魔族はぺこりと頭を下げたが、ゾルドラはその様子を見届けてから、突然拳を振り抜いた。
魔族が吹き飛び、壁に叩きつけられ、即座に絶命した。その瞬間、部屋の空気が凍りつくように冷たくなった。
「その死体回収しておけ」
「は、はい……っ」
ゾルドラは、言葉の通じない冷酷な魔王だ。彼は人間たちに残虐さを見せつけるために、あえて部下を殺すことがある。
彼にとっては造作もないことだったが、集められた人間たちは恐怖を生み出し、より濃厚な負のエネルギーを生み出す。
ゾルドラはその人間の恐怖を味わうように、笑みを浮かべる。
ボロボロの服を着たままの人間たちを前に、ゾルドラはニヤリと笑みを浮かべた。彼の視線を受けて、ガタガタと震えていた人間たちの中から、一番近くにいた男を呼びつける。
「まずは、お前だ。名前は?」
「……ふぉ、フォーフォーと、申します」
「……ああ、お前が例の冒険者か」
フォーフォーはつい先日、Aランク冒険者に昇格したばかりの者だった。彼の目覚ましい成長が魔族の目に留まったのだ。
肘をつきながらのゾルドラは、足を組んで彼を見下ろす。
フォーフォーは顔をさらに青くしていく。
「貴様の能力次第では、魔王軍に迎えることも考えなくはないな」
「ほ、本当……でしょうか?」
ゾルドラは、フォーフォーの感情の動きを的確に見抜いていく。
死ぬよりはましだ。フォーフォーには希望が浮かんでいると、ゾルドラは判断していた。
そういった人間の扱いはたやすい。
フォーフォーが何とかして生き延びる道を探そうと必死なことも分かり、ゾルドラはくすくすと笑う。
「ああ。そうだ。だから、よくアピールしろ。お前の冒険者としての自慢はなんだ?」
「……わ、私は剣で戦うのが得意です!」
「ほぉ……そうか。おい、剣を貸してやれ」
ゾルドラが命じると、そばにいた魔族の一人が剣を渡した。フォーフォーの手に剣が渡される。彼はがたがたと剣先を揺らしながら、剣をじっと見ていた。
「振ってみろ」
「は、はい……っ!」
フォーフォーはまだ体を震わせていたが、その場で何度か剣を振った。初めは緊張からか動きがぎこちなかったが、次第にAランク冒険者としての実力を発揮し始めた。
彼の剣捌きは見る者を魅了するほどのものではあったが、やはり振りの端々に恐怖ゆえの動きの固さが残る。
ゾルドラはそれに対して、パチパチと拍手をして、満面の笑みをこぼしてやった。
「確かに、いい振りをしているな。どうだ、本気で魔王軍に入る気はあるのか?」
「は、はい……! もちろんです!」
「そうか。それなら、よし。認めてやろう。ところで、お前は仲間も一緒に来ていたんだったな?」
ゾルドラは問いかけ、一人の女性へと視線を向けた。彼の冷たい視線にさらされた女性は、恐怖で青ざめていた。
「……は、はい! 彼女もかなりの魔法使いなんです……!」
「そうか。男女ペアか。仲も良さそうだな。男女の関係はあるのか?」
「そ、それは――」
「あろうがなかろうが、魔王軍への登用は気にしない。嘘さえつかなければな」
「あ、あります。結婚を前提に……共に活動しています!」
「そうか、そうか! それはめでたいな」
ゾルドラはパチパチと拍手をしながら、笑顔で拍手を続けた。そして、その笑みを一層強め、
「なら、斬れ」
「……え?」
希望に満ちていたフォーフォーの表情が、一瞬で困惑に変わる。その困惑が確信に変えてやるため、ゾルドラは笑顔とともに言葉を続ける。
「殺せ。魔王軍に入るのなら、人間を殺すことも必要だ。恋人のような大切な存在を斬れるのなら、魔王軍に忠誠を誓ったと認めてやろう」
「そ、それは……」
「オレも、鬼じゃない。片腕を切断するくらいで、認めてやろうじゃないか。安心しろ、うちの回復魔法使いは優秀だ。気絶することはあっても、死ぬことはないだろうさ」
「……っ」
「二つ選択肢を用意してやる。ここで、オレに殺されるか、恋人の片腕を切断するか」
ゾルドラはその人間が苦悩に悩み、選び抜いた瞬間のエネルギーを好んだ。
期待と愉悦とともにゾルドラは、フォーフォーの反応を楽しんでいた。
フォーフォーは苦悩した様子を見せてから、荒々しい息を吐き、女性へと近づく。
「う、嘘……や、やめてフォーフォー」
「お、オレだって……! 死にたくないんだ……! 片腕だ……ッ、片腕で、いいんだ……ッ!」
逃げようとした女性を、魔族が押さえつける。フォーフォーは鬼気迫る表情で、剣を振り上げた。
彼の目には涙が浮かんでいた。
その様子を見ながら、ゾルドラは笑みを濃くしていく。
そして……剣が振り下ろされた。女性の悲鳴が上がり、フォーフォーは荒い呼吸をしながら、涙を流していた。
彼の胸中には、自分の行為に対する自己嫌悪と、愛する人を守るために仕方がなかったという自己弁護が交錯しているだろう。
ゾルドラはそれを想像し、溢れんばかりの負のエネルギーを楽しんでいた。
「見事な覚悟だった。その覚悟、認めてやろう。こっちに来い。魔王軍の証を渡してやる」
「……は、い……ッ」
フォーフォーは絶望的な表情を浮かべ、震える体をよろよろと動かしながらゾルドラの前にきた。
ゾルドラは作り出したネックレスをフォーフォーに差し出そうとしたところで、その右腕を掴んだ。
ゾルドラは笑顔とともに力を籠め、フォーフォーの体が強張っていく。
「な、何をするんだ!?」
「いやぁ、見事な負のエネルギーだった。自分の愛した人間の片腕を切り落とす気分はどうなんだ?」
「……ッ」
「そう、反抗的な目を向けてくるな。オレは優しいからな」
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