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第2話
しおりを挟む街に戻り、見張りの騎士に冒険者たちを救助するよう伝えてから、俺はギルドへと戻った。
無事、戻ってきた俺を見て、ボルドルがニヤニヤと笑ってくる。
「おいおい、ショウ。今日も大きい方か? 相変わらず長ぇなぁ……やっぱ、異世界のギルドで活動するには能力不足なんじゃないか?」
「別にそういうわけじゃないんだが……」
「そうか? オレみたいな、輝かしい冒険者歴がないと、やっぱきついんじゃないか?」
誰のせいで、こんなことになったと思っているんだ。
苛立ちながらも、正体隠しているしで、俺は何も言えなかった。
……昔はこんな嫌味なことを言うやつじゃなかったんだけどな。
俺と同じ時期にデビューした冒険者のボルドルは、バカで、遅刻癖あって、約束忘れて、口が軽くて、酒癖悪くて、女癖悪かったけど……でも、悪いやつではなかった。
少なくとも、一緒に冒険者として切磋琢磨していく分には悪くなかった。
それが、八年ぶりくらいに再開した、こうなっていた。なんか、異常に敵意剥き出しで突っかかってくるのだから、こちらとしても疲れるものだ。
ため息を吐きながらも、まあ毎度のことだ。
いつものようにギルド職員の作業へと戻ると、しばらくしてアイフィたちが戻ってきた。
傷自体は回復しているようだが、ダメージが残っているようで騎士たちに担がれるようにしてやってきた。
ただまあ、皆息はあるようだな。
アイフィ、ルーナ、モール、レン。
新人冒険者、合計四名。彼らを見て、先輩職員含めて驚いたように職員たちが声をあげる。
「ど、どうしたんですか!?」
「……ゴブリンイーターに襲われたんです」
アイフィがそういうと、ギルドリーダーが慌てた様子で声を張り上げた。
「ゴブリンイーターだと!? 今ゴブリンイーターの目撃情報があるからと森には近づくなって言っていたでしょ!? それがどうして、そんな危険な場所に行ったのよ!?」
ギルドリーダーが叫ぶと、ボルドルは顔を青ざめていた。
……依頼を発注したのは彼だからだ。
基本馬鹿なボルドルだが、さすがに自分がした仕事は覚えていたようだ。
ボルドルは恐らく、裏の会議室のホワイトボードにあった連絡事項を読んでいなかったのだろう。
ホワイトボードには、ゴブリンイーターに関しての情報があり、『ランクの低い冒険者に森近くでの依頼を受けさせないようにしてください』、と書かれていたんだよな。
ちゃんと、連絡事項は見ておいてくれってマジで……。
ギルドリーダーがすぐに声をあげたので、俺はノートパソコンを操作し、ギルドリーダーに声をかける。
再発防止のためにも、ギルドリーダーにはしっかりと注意してもらわないといけないからな。
「ギルドリーダー。今朝の、アイフィたちの依頼に関してですが、ボルドルが依頼の許可を出していますよ」
いつも色々言われている仕返し、という意味もある。
俺の言葉に、ボルドルが「言うんじゃねぇ!」という感じで反応し、ギルドリーダーもまた目をひん剥いてこちらを見てくる。
「ショウ! 見せてみろ!」
「はい、こちらです」
ギルドリーダーが、すぐに俺が差し出したノートパソコンを覗き込んでくる。
そして、彼女の双眸がボルドルへと向けられる。
「ボルドルー! 今朝の朝礼で、ゴブリンの依頼を新人冒険者に出すんじゃないって話していたのを聞いていなかったのか!? ああん!?」
俺は今日は遅番だったので、朝礼自体には参加していなかった。
ただ、引き継ぎ事項はすべて裏の会議室にあったので、それを見ていたから知っていたというわけだ。
……ボルドルは朝礼にも参加しているわけで、それで聞いていませんでしたでは話にならないだろう。
ボルドルはびくりと肩を跳ね上げ、それから視線を伏せた。
「す、すみません……っ」
「まったく! 今回は何もなかったから良かったが、リアンナ家のご令嬢もいるんだぞ!? 何かあったら、私とおまえだけのクビでは済まないかもしれないんだぞ!?」
叫ぶギルドリーダーに、ボルドルはようやく状況の深刻さを理解したようで、顔を青ざめさせたまま頷いていた。
苛立った様子でこちらを睨んできているのは、俺が先ほど申告したからだろうか?
いやいや、そもそも俺が言わなくてもいくらでも調べることはできるからな。
時間の問題である。
ギルドリーダーがため息をついてから、改めて冒険者たちへ視線を向ける。
「それにしても、ゴブリンイーターに襲われて無事とは……今年の新人冒険者たちは運が良いな」
ギルドリーダーが嬉しそうにそう言ったが、それに対して新人冒険者の一人が首を横に振った。
「そ、それがファントムさんに助けられたらしいんですよ。ね、アイフィさん」
新人冒険者のルーナがそう声をかける。
だが、声をかけられたアイフィはというと、俺の方を見たまま固まっていた。
何? なんか俺のこと、めっちゃ見てるじゃん……。
「アイフィさん?」
「え? あ、はい。……そうです。ファントムさんが助けてくれました」
アイフィの視線が、俺にずっと注がれていた。
どうしたのだろうか?
先ほどの俺の申告に何か、思うところがあったのだろうか?
まあ、告げ口みたいなものだし、小さい男、とか思われたのかもな。
うん、きっとそうだ。
まっさか、ファントムと俺が同一人物だとバレたわけないだろう。
……う、うん。きっと大丈夫だ。
ギルドリーダーが、ファントムという名前を聞いて口元を緩めた。
「また、ファントムか……。まあ、彼のおかげで冒険者が依頼で死ぬようなことがなくなったのは確かだな」
ギルドリーダーがそういうと、新人冒険者たちがウキウキとした声をあげる。
「やっぱり、そうなんですよね!? 私、ファントムさんがこの街にいるって聞いたから、ここのギルドで冒険者デビューしようって思ってたんですよ!」
「わ、私もです! 私もファントムさんの大ファンだったので! 会いたかったなぁ……」
ルーナとアイフィ以外の新人冒険者たちは笑顔とともに声をあげる。
……新人冒険者は、女性が多い。というか、冒険者自体が女性九割、男性一割と言う世界だ。
というのも、冒険者としての才能を持っているのが基本的に女性ばかりだからだ。
そんな若い女性の間でファントムはどうも大人気のようである。
やめてくれ……。
中の人はただの冴えないおっさんなんだからな……。
今年二十五歳。近所の少女に、おじちゃん、と呼ばれショックを受けたのはつい最近の出来事。
ギルドリーダー含め、なんだかファントムの話題で盛り上がり、陰鬱としていた空気はとりあえずなくなった。
「ボルドル。あとで、ギルドリーダーの部屋に来るように」
「……はい」
「おまえらも! 改めていうが、連絡事項はちゃんと確認するように! もうゴブリンイーターは討伐されたからいいが、依頼を出すときには慎重にな!」
ギルドリーダーはそれだけを言い残し、去っていった。
ボルドルは不服そうにこちらを睨んでから、顔を背ける。
……完全に、俺のせいで怒られた、とでも考えているのだろう。
ボルドルは何かあってもすぐ人のせいにする。彼の、悪い癖だ。
……まあ、とりあえず新人冒険者たちのトラウマになっていないのなら良かったな。
俺も適当に愛想笑いを浮かべながら、その場を切り抜け、いつもの業務へと戻っていった。
……新人冒険者たちはひとまず今日は家に戻ってもらうということでギルドの外に出て行ったのだが、去り際もアイフィはこちらを見てきていた。
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