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December
19. 「少し話をしてもいい?」
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結局二十二時になっても天候は回復せず、その場は解散となった。
ヒカリはコテージへ向けて歩き出したのだが、不思議なことにその後ろを一之瀬がピタリと付いてくる。怪訝に思いながらも歩みを進めた結果、二人はヒカリの宿泊コテージの前までたどり着いてしまった。
「ここはわたしの部屋ですよ? 先輩は先輩のお部屋へどうぞ」
「――え?」
怪訝な顔をする一之瀬に、ヒカリは困惑した。
「え? 二部屋取ったんですよね?」
「違うよ。ファミリータイプの寝室が二つある部屋を取ったんだ。夫婦二組で旅行していて俺達だけ二部屋取るなんてさすがに不審過ぎるでしょう」
「あっなるほど」
ヒカリは目を瞬く。ホテルの部屋に寝室が複数付いている部屋なんか泊まったことがない。そんな部屋があるなんて思いも寄らず、先入観から一之瀬の話を聞き違えてしまったようだ。
しかし「寝室が二つある」とはどういうことだろうか。この部屋に二つも寝室があっただろうか――ヒカリは首を傾げながら扉を開け、部屋に入る。
続いて一之瀬も入ってきたが、彼はすぐに戸惑いの声を上げた。
「――え? これってファミリータイプ?」
部屋に入るとすぐにベッドとソファが目に入る。割と分かりやすくワンルームの部屋である。バスルームへ続く扉はあるが、第二の寝室へ続く扉などやはり見当たらない。
「……違いますよね。ホテル側の手違いでしょうか。わたし勘違いしてたからこの部屋に何の疑問も抱かなかったんですけど……」
「……だろうね」
一之瀬はため息をつくと、ライティングデスクの上に据え置かれた電話から受話器を取って通話を始めた。ホテルのフロントと思われる相手と流暢な英語で交渉をしているが、始終渋い顔をしている。
彼は会話を終えると、受話器を置いてヒカリに向き直った。
「今夜はファミリータイプは全て満室だと。ここと同じタイプの他の部屋も空きはないそうだ」
「そうですか……。チェックイン時に気付けばまだ対処のしようもあったかもしれなかったのに、気付かなくてごめんなさい」
「いや、きちんと伝わるように説明しなかった俺が悪いよ。今夜はそのソファで寝るから大丈夫」
ヒカリはソファへと目を向ける。決して小さくはないが、長身の一之瀬が寝ると足がはみ出るくらいのサイズだろう。
「いえ、そこはわたしが! 身長的にわたしがソファで寝た方が絶対良いですよ!」
「却下。それはない」
「じゃあベッドで一緒に寝ます?」
「は?」
一之瀬はしばし絶句した後、鋭い視線を投げかけてきた。そして押し殺したような声でヒカリに問う。
「それって誘ってる?」
瞳の中を覗き込まれ、ヒカリはその言葉の意味を考えてみる。
そりゃ、狭いソファで寝るのなんかやめてベッドを使ってはどうですかと誘っている。
でも多分彼の質問の意図するところはそういうことじゃない。これは何かこうもっと際どいところへ話が流れてしまうような類の質問だ。
ヒカリは自身の迂闊さを呪いながら慌てて首をぶんぶんと横に振った。すると彼はやれやれとでも言わんばかりに大きく息を吐いた。
「それならそういうこと言わないで。普通に襲うよ」
「へっ!?」
唖然とするヒカリを尻目に彼はシャワーを浴びにスタスタと行ってしまった。
ヒカリがシャワーを浴びて寝室に戻ってきた時、一之瀬はソファで足を伸ばして英字で書かれた新聞を読んでいた。もしかしたら飛行機に搭乗した際に手に入れたものかもしれない。
黒いTシャツに黒いスウェットパンツの彼は、いつもより大分くつろいでいるように見える。ストックホルムのフラットのリビングで一緒に過ごす時間は増えたが、こういう就寝前の時間に一緒にいることは滅多にない。彼のプライベートに踏み込んだ気がしてしまい、ヒカリは妙に落ち着かない気分になった。
大体、ヨーロッパの部屋にありがちなのだが、部屋の電気が間接照明だけというのが良くない。程よく薄暗い中、オレンジ色のぼんやりとした明かりが室内に妙な親密さを漂わせてしまうのだ。
一之瀬はヒカリにちらりと目を遣ると、再び新聞に視線を戻した。
今ヒカリが着ているのは白いライブTシャツに短パンで、完全に風呂上りの部屋着である。セントラルヒーティングがよく効いていて薄着でも快適な室温ではあるのだが、この状況でこの薄着は落ち着かない。かといって外着として持ってきた防寒用の厚手のズボンを履くのも暑いから嫌だ。
ああもう何で勘違いしてたかな、と心の中で自分を罵っていた時――
「俺の顔好きなんだ?」
突然声を掛けられて、ヒカリは文字通り飛び上がった。そのタイミングにしても内容にしても、心臓に悪いことこの上ない。
(何でこの状況でそれ蒸し返すかな!?)
内心憤慨しながらもヒカリは必死で取り繕う。
「あ、あんなのその場しのぎです」
「へえ?」
「先輩だってわたしが明るいとかなんとか」
「あれね、その場しのぎでもなければ冗談でもないよ。本心」
彼は新聞を折りたたむとゆっくりと身を起こした。そして静かに口を開く。
「少し話をしてもいい?」
いったい彼が何を言おうとしているのか見当もつかないが、ヒカリは恐る恐る頷いた。
「十月頃、夕食を連続して作ってくれたことがあっただろ。きみは俺に炊飯器を買わせたかっただけなんだろうけど、でも俺はすごく嬉しかった」
一之瀬はそこで言葉を切ると、思い出したように小さく笑った。
「慣れない環境でそれなりに気を張って仕事をしている中、どんどん日が短くなってきて少し気が滅入っていた頃だったんだ。そんな時帰ってきて玄関の扉を開けたら電気がついていて、おかえりなさいって屈託のない笑顔に迎えてもらえて――俺がその瞬間にどれほど癒されたか分かる?」
ヒカリは言葉が出てこなかった。この話がどこへ転がって行ってしまうのか、見当もつかない。
「一緒に過ごす時間が心地が良くて、もっと一緒にいたいって思うようになった。顔を合わせる時間が増えていくにつれて、どんどん好きになっていったよ」
ほの明るい部屋の中、ソファに座った彼は静かにヒカリを見つめる。
ヒカリは訳も分からず呆然とその瞳を見つめ返すことしかできない。彼の言葉の意味を考えるが、いまいち内容が頭に入ってこない。
(好き? 今好きって言った?)
彼は口を開かない。会話のボールは投げたから、次はヒカリが打ち返せ、ということなんだろうか。
「ええと、空耳が……」
「きみのことが好きだって言ったんだ」
聞き間違いではなかったらしい。きみのことが好き――。驚愕やら困惑やら気恥ずかしさやらとにかく色んな感情が一度に押し寄せてきて、ヒカリはへなへなと情けない声を上げた。
「な、なんでそういうこと言うんですか……」
「兼子さんにも俺のこと好きになってもらいたいと思ったから」
真っ直ぐ見つめられ、ヒカリは息を呑む。ドキドキと心臓が早鐘のように打つのを感じた。たぶん顔も耳まで赤くなっていると思う。思わず顔を逸らすと、一之瀬が小さく笑った。
「俺の思い違いでなければ、兼子さんも俺のことちょっと意識し始めているでしょ」
「……!」
ズバリと言い当てられ、ヒカリは言葉を失った。
してる。それがいつからだったのかは分からないけど、確かに意識してる。つきまといから助けてもらった日からかもしれないし、キャンドルの前でキスされた日からかもしれない。とにかくめちゃくちゃ意識してる。彼の顔を見るたび胸がざわめき、ふとした瞬間に頬が赤くなるのである。
だけどそれがどうしてなのか追求してはいけないとヒカリは心に決めている。なぜなら彼はヒカリには決して手に入らない人だから。彼が結婚相手に求める利とやらをヒカリは与えてあげることができない。だからこの関係は期間限定で、ヒカリは二月には籍を抜いて日本に帰ると決まっているのだ。
そんなことは彼自身が一番良く分かっているだろうに。いったいどうして彼は突然こんなことを言い始めたのか。
もしかしたらこの国の暗くて長くて寒い冬が彼をおかしくしてしまったのかもしれない。心寂しくなって軽く恋愛でもしてみようかみたいな気分になった頃、手近にいたのがヒカリだったとか。
だけど生憎ながらヒカリは恋愛事に不慣れで、期間限定の恋を楽しめるような器用な性質ではない。深入りすればそれだけ傷付くのは目に見えている。
ヒカリは乱れた心を断ち切るようにぶんぶんと首を振り、口を開いた。
「い、いい加減にしてください!」
その声は深夜の静かな部屋の中に思いの外大きく響いた。慌てて声を落とし、早口で言い募る。
「先輩は今夜はそこのソファから動いちゃ駄目です。あと明日は絶対に部屋をファミリータイプに変更してください」
「随分警戒してくれているけど、俺が同意してない女の子に無体を働くような節操なしに見える?」
肩を竦めながらそう言う彼をまじまじと見てしまう。品の良さの際立つ穏やかな顔立ちの彼――その見た目通り、いつだって彼は優しくて紳士的な人だった。ヒカリとてそこはものすごく信用している。彼は決して同意なしに無体を働くようなロクデナシではない。
結局のところ、一番信用ならないのは今現在ぐらぐらに動揺している自分自身の心なのである。どこまで本気か知らないがヒカリを好きだと言う一之瀬――これ以上彼に何か言われたら、うっかりよろめいて流されてしまうかもしれない。そんな取り返しのつかない愚行は決してするまい。
ヒカリは首を横に振りながら答える。
「確かに先輩は節操なしではありませんね。だけど、ソファから動かないのと部屋の変更は絶対です。くれぐれもそこは抜かりのないよう、よろしくお願いします」
人差し指をピンと上げて強く主張するヒカリを前に、彼は肩を竦めて苦笑するのであった。
ヒカリはコテージへ向けて歩き出したのだが、不思議なことにその後ろを一之瀬がピタリと付いてくる。怪訝に思いながらも歩みを進めた結果、二人はヒカリの宿泊コテージの前までたどり着いてしまった。
「ここはわたしの部屋ですよ? 先輩は先輩のお部屋へどうぞ」
「――え?」
怪訝な顔をする一之瀬に、ヒカリは困惑した。
「え? 二部屋取ったんですよね?」
「違うよ。ファミリータイプの寝室が二つある部屋を取ったんだ。夫婦二組で旅行していて俺達だけ二部屋取るなんてさすがに不審過ぎるでしょう」
「あっなるほど」
ヒカリは目を瞬く。ホテルの部屋に寝室が複数付いている部屋なんか泊まったことがない。そんな部屋があるなんて思いも寄らず、先入観から一之瀬の話を聞き違えてしまったようだ。
しかし「寝室が二つある」とはどういうことだろうか。この部屋に二つも寝室があっただろうか――ヒカリは首を傾げながら扉を開け、部屋に入る。
続いて一之瀬も入ってきたが、彼はすぐに戸惑いの声を上げた。
「――え? これってファミリータイプ?」
部屋に入るとすぐにベッドとソファが目に入る。割と分かりやすくワンルームの部屋である。バスルームへ続く扉はあるが、第二の寝室へ続く扉などやはり見当たらない。
「……違いますよね。ホテル側の手違いでしょうか。わたし勘違いしてたからこの部屋に何の疑問も抱かなかったんですけど……」
「……だろうね」
一之瀬はため息をつくと、ライティングデスクの上に据え置かれた電話から受話器を取って通話を始めた。ホテルのフロントと思われる相手と流暢な英語で交渉をしているが、始終渋い顔をしている。
彼は会話を終えると、受話器を置いてヒカリに向き直った。
「今夜はファミリータイプは全て満室だと。ここと同じタイプの他の部屋も空きはないそうだ」
「そうですか……。チェックイン時に気付けばまだ対処のしようもあったかもしれなかったのに、気付かなくてごめんなさい」
「いや、きちんと伝わるように説明しなかった俺が悪いよ。今夜はそのソファで寝るから大丈夫」
ヒカリはソファへと目を向ける。決して小さくはないが、長身の一之瀬が寝ると足がはみ出るくらいのサイズだろう。
「いえ、そこはわたしが! 身長的にわたしがソファで寝た方が絶対良いですよ!」
「却下。それはない」
「じゃあベッドで一緒に寝ます?」
「は?」
一之瀬はしばし絶句した後、鋭い視線を投げかけてきた。そして押し殺したような声でヒカリに問う。
「それって誘ってる?」
瞳の中を覗き込まれ、ヒカリはその言葉の意味を考えてみる。
そりゃ、狭いソファで寝るのなんかやめてベッドを使ってはどうですかと誘っている。
でも多分彼の質問の意図するところはそういうことじゃない。これは何かこうもっと際どいところへ話が流れてしまうような類の質問だ。
ヒカリは自身の迂闊さを呪いながら慌てて首をぶんぶんと横に振った。すると彼はやれやれとでも言わんばかりに大きく息を吐いた。
「それならそういうこと言わないで。普通に襲うよ」
「へっ!?」
唖然とするヒカリを尻目に彼はシャワーを浴びにスタスタと行ってしまった。
ヒカリがシャワーを浴びて寝室に戻ってきた時、一之瀬はソファで足を伸ばして英字で書かれた新聞を読んでいた。もしかしたら飛行機に搭乗した際に手に入れたものかもしれない。
黒いTシャツに黒いスウェットパンツの彼は、いつもより大分くつろいでいるように見える。ストックホルムのフラットのリビングで一緒に過ごす時間は増えたが、こういう就寝前の時間に一緒にいることは滅多にない。彼のプライベートに踏み込んだ気がしてしまい、ヒカリは妙に落ち着かない気分になった。
大体、ヨーロッパの部屋にありがちなのだが、部屋の電気が間接照明だけというのが良くない。程よく薄暗い中、オレンジ色のぼんやりとした明かりが室内に妙な親密さを漂わせてしまうのだ。
一之瀬はヒカリにちらりと目を遣ると、再び新聞に視線を戻した。
今ヒカリが着ているのは白いライブTシャツに短パンで、完全に風呂上りの部屋着である。セントラルヒーティングがよく効いていて薄着でも快適な室温ではあるのだが、この状況でこの薄着は落ち着かない。かといって外着として持ってきた防寒用の厚手のズボンを履くのも暑いから嫌だ。
ああもう何で勘違いしてたかな、と心の中で自分を罵っていた時――
「俺の顔好きなんだ?」
突然声を掛けられて、ヒカリは文字通り飛び上がった。そのタイミングにしても内容にしても、心臓に悪いことこの上ない。
(何でこの状況でそれ蒸し返すかな!?)
内心憤慨しながらもヒカリは必死で取り繕う。
「あ、あんなのその場しのぎです」
「へえ?」
「先輩だってわたしが明るいとかなんとか」
「あれね、その場しのぎでもなければ冗談でもないよ。本心」
彼は新聞を折りたたむとゆっくりと身を起こした。そして静かに口を開く。
「少し話をしてもいい?」
いったい彼が何を言おうとしているのか見当もつかないが、ヒカリは恐る恐る頷いた。
「十月頃、夕食を連続して作ってくれたことがあっただろ。きみは俺に炊飯器を買わせたかっただけなんだろうけど、でも俺はすごく嬉しかった」
一之瀬はそこで言葉を切ると、思い出したように小さく笑った。
「慣れない環境でそれなりに気を張って仕事をしている中、どんどん日が短くなってきて少し気が滅入っていた頃だったんだ。そんな時帰ってきて玄関の扉を開けたら電気がついていて、おかえりなさいって屈託のない笑顔に迎えてもらえて――俺がその瞬間にどれほど癒されたか分かる?」
ヒカリは言葉が出てこなかった。この話がどこへ転がって行ってしまうのか、見当もつかない。
「一緒に過ごす時間が心地が良くて、もっと一緒にいたいって思うようになった。顔を合わせる時間が増えていくにつれて、どんどん好きになっていったよ」
ほの明るい部屋の中、ソファに座った彼は静かにヒカリを見つめる。
ヒカリは訳も分からず呆然とその瞳を見つめ返すことしかできない。彼の言葉の意味を考えるが、いまいち内容が頭に入ってこない。
(好き? 今好きって言った?)
彼は口を開かない。会話のボールは投げたから、次はヒカリが打ち返せ、ということなんだろうか。
「ええと、空耳が……」
「きみのことが好きだって言ったんだ」
聞き間違いではなかったらしい。きみのことが好き――。驚愕やら困惑やら気恥ずかしさやらとにかく色んな感情が一度に押し寄せてきて、ヒカリはへなへなと情けない声を上げた。
「な、なんでそういうこと言うんですか……」
「兼子さんにも俺のこと好きになってもらいたいと思ったから」
真っ直ぐ見つめられ、ヒカリは息を呑む。ドキドキと心臓が早鐘のように打つのを感じた。たぶん顔も耳まで赤くなっていると思う。思わず顔を逸らすと、一之瀬が小さく笑った。
「俺の思い違いでなければ、兼子さんも俺のことちょっと意識し始めているでしょ」
「……!」
ズバリと言い当てられ、ヒカリは言葉を失った。
してる。それがいつからだったのかは分からないけど、確かに意識してる。つきまといから助けてもらった日からかもしれないし、キャンドルの前でキスされた日からかもしれない。とにかくめちゃくちゃ意識してる。彼の顔を見るたび胸がざわめき、ふとした瞬間に頬が赤くなるのである。
だけどそれがどうしてなのか追求してはいけないとヒカリは心に決めている。なぜなら彼はヒカリには決して手に入らない人だから。彼が結婚相手に求める利とやらをヒカリは与えてあげることができない。だからこの関係は期間限定で、ヒカリは二月には籍を抜いて日本に帰ると決まっているのだ。
そんなことは彼自身が一番良く分かっているだろうに。いったいどうして彼は突然こんなことを言い始めたのか。
もしかしたらこの国の暗くて長くて寒い冬が彼をおかしくしてしまったのかもしれない。心寂しくなって軽く恋愛でもしてみようかみたいな気分になった頃、手近にいたのがヒカリだったとか。
だけど生憎ながらヒカリは恋愛事に不慣れで、期間限定の恋を楽しめるような器用な性質ではない。深入りすればそれだけ傷付くのは目に見えている。
ヒカリは乱れた心を断ち切るようにぶんぶんと首を振り、口を開いた。
「い、いい加減にしてください!」
その声は深夜の静かな部屋の中に思いの外大きく響いた。慌てて声を落とし、早口で言い募る。
「先輩は今夜はそこのソファから動いちゃ駄目です。あと明日は絶対に部屋をファミリータイプに変更してください」
「随分警戒してくれているけど、俺が同意してない女の子に無体を働くような節操なしに見える?」
肩を竦めながらそう言う彼をまじまじと見てしまう。品の良さの際立つ穏やかな顔立ちの彼――その見た目通り、いつだって彼は優しくて紳士的な人だった。ヒカリとてそこはものすごく信用している。彼は決して同意なしに無体を働くようなロクデナシではない。
結局のところ、一番信用ならないのは今現在ぐらぐらに動揺している自分自身の心なのである。どこまで本気か知らないがヒカリを好きだと言う一之瀬――これ以上彼に何か言われたら、うっかりよろめいて流されてしまうかもしれない。そんな取り返しのつかない愚行は決してするまい。
ヒカリは首を横に振りながら答える。
「確かに先輩は節操なしではありませんね。だけど、ソファから動かないのと部屋の変更は絶対です。くれぐれもそこは抜かりのないよう、よろしくお願いします」
人差し指をピンと上げて強く主張するヒカリを前に、彼は肩を竦めて苦笑するのであった。
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