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プロローグ
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ストックホルム・アーランダ空港、ターミナル5。
そのターンテーブルの前でヒカリは自分の旅行鞄が出てくるのを待っていた。周りにも同じように荷物待ちの人々が立ち並ぶが、男も女も皆ヒカリより遥かに背が高い。そしてその多くは金髪碧眼。そんな彼らの口から発される言語は何だかとてもリズミカル。
(スウェーデン語ってかわいい響き……)
思えば随分と遠くに来たものだ。成田空港を出たのは十五時間ほど前。途中でデンマーク・コペンハーゲンで乗り換え、先程やっとここストックホルムに到着した。ビジネスクラスのシートは快適ではあったけど、それでもなかなかに遠い道のりだった。
荷物は無事にターンテーブルを流れてきた。それを拾い上げ、出口を探す。デンマークを経由してきているから、シェンゲン協定のおかげで入国審査は不要である。
難なく頭上の案内板に英語表記のEXITという文字を見つけ、そちらへ歩みを進める。EXITの上にUtgångという綴りがあるが、それが出口を意味するスウェーデン語なのだろうか。
(それにしてもおしゃれな空港……)
床はわざわざ木目調だし、至る所に設置されている絨毯や椅子などのインテリアは洗練されている。「世界一おしゃれな空港」というその呼び声にも納得である。シンプルで無駄のない美しさと、テキスタイルの持つ温かみ――そんな北欧デザインを体現したかのような空間なのだ。
そんなことを考えながら歩いていると、到着ロビーに出た。
到着ゲートの周りでは、出迎えの人達が目当ての人物を探してこちらに目を凝らしている。家族や恋人など身内を待っている様子の者もいれば、ボードを掲げた旅行業者風の者もいる。
(わたしの迎えは……っと)
ヒカリにストックホルム行きのチケットを手配してくれた彼は、迎えを寄越すと言っていた。だからきっとタクシーの運転手か誰かが名前を書いた紙を胸元に掲げてヒカリのことを探してくれているはず。「HIKARI」の文字を探して居並ぶ出迎えの人達の胸元に目を凝らしていると――
「兼子さん」
突然日本語で呼びかけられ、ヒカリは文字通り飛び上がった。周りを見回すと、声の主は出迎えの人垣より一歩下がったところにいた。スウェーデン人に負けないくらいの長身のスラリとした体躯に、極めて端正な顔立ちの青年である。肩程までに右手を上げてこちらへ合図を送っている。
「一之瀬先輩!」
「ようこそ、スウェーデンへ」
想定外の人物が現れ、ヒカリは驚きで彼をまじまじと見てしまう。
「まさか先輩が直々に来て下さるとは思いませんでした」
その男――一之瀬隼はふわりと柔和な笑みを浮かべた。
「今日の便で日本から奥さんが来るって言ったら、『会社なんか休んで迎えに行け』ってみんなうるさくてさ」
「ああ、なるほど」
「奥さん」という言葉にヒカリは苦笑してしまう。
確かについ先日ヒカリは一之瀬と結婚した。デンマークの入国審査で提出したパスポートには「Hikari Ichinose」 と記載されている。だからヒカリが彼の奥さんであることは紛れもない事実ではある。――事実ではあるのだけれど、この結婚は普通の結婚ではない。
この結婚は、一之瀬とヒカリその双方の利益が一致したことに端を発する半年間限定の契約的な結婚なのだ。
そのターンテーブルの前でヒカリは自分の旅行鞄が出てくるのを待っていた。周りにも同じように荷物待ちの人々が立ち並ぶが、男も女も皆ヒカリより遥かに背が高い。そしてその多くは金髪碧眼。そんな彼らの口から発される言語は何だかとてもリズミカル。
(スウェーデン語ってかわいい響き……)
思えば随分と遠くに来たものだ。成田空港を出たのは十五時間ほど前。途中でデンマーク・コペンハーゲンで乗り換え、先程やっとここストックホルムに到着した。ビジネスクラスのシートは快適ではあったけど、それでもなかなかに遠い道のりだった。
荷物は無事にターンテーブルを流れてきた。それを拾い上げ、出口を探す。デンマークを経由してきているから、シェンゲン協定のおかげで入国審査は不要である。
難なく頭上の案内板に英語表記のEXITという文字を見つけ、そちらへ歩みを進める。EXITの上にUtgångという綴りがあるが、それが出口を意味するスウェーデン語なのだろうか。
(それにしてもおしゃれな空港……)
床はわざわざ木目調だし、至る所に設置されている絨毯や椅子などのインテリアは洗練されている。「世界一おしゃれな空港」というその呼び声にも納得である。シンプルで無駄のない美しさと、テキスタイルの持つ温かみ――そんな北欧デザインを体現したかのような空間なのだ。
そんなことを考えながら歩いていると、到着ロビーに出た。
到着ゲートの周りでは、出迎えの人達が目当ての人物を探してこちらに目を凝らしている。家族や恋人など身内を待っている様子の者もいれば、ボードを掲げた旅行業者風の者もいる。
(わたしの迎えは……っと)
ヒカリにストックホルム行きのチケットを手配してくれた彼は、迎えを寄越すと言っていた。だからきっとタクシーの運転手か誰かが名前を書いた紙を胸元に掲げてヒカリのことを探してくれているはず。「HIKARI」の文字を探して居並ぶ出迎えの人達の胸元に目を凝らしていると――
「兼子さん」
突然日本語で呼びかけられ、ヒカリは文字通り飛び上がった。周りを見回すと、声の主は出迎えの人垣より一歩下がったところにいた。スウェーデン人に負けないくらいの長身のスラリとした体躯に、極めて端正な顔立ちの青年である。肩程までに右手を上げてこちらへ合図を送っている。
「一之瀬先輩!」
「ようこそ、スウェーデンへ」
想定外の人物が現れ、ヒカリは驚きで彼をまじまじと見てしまう。
「まさか先輩が直々に来て下さるとは思いませんでした」
その男――一之瀬隼はふわりと柔和な笑みを浮かべた。
「今日の便で日本から奥さんが来るって言ったら、『会社なんか休んで迎えに行け』ってみんなうるさくてさ」
「ああ、なるほど」
「奥さん」という言葉にヒカリは苦笑してしまう。
確かについ先日ヒカリは一之瀬と結婚した。デンマークの入国審査で提出したパスポートには「Hikari Ichinose」 と記載されている。だからヒカリが彼の奥さんであることは紛れもない事実ではある。――事実ではあるのだけれど、この結婚は普通の結婚ではない。
この結婚は、一之瀬とヒカリその双方の利益が一致したことに端を発する半年間限定の契約的な結婚なのだ。
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