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学校生活編1

第十二話『ラブレター騒動9』

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 ツミビトライクで言うところのファンタジー世界は、日本にも負けないくらい文化的な統一国家である。
 見た目こそ中世西欧風を装っているものの、中身の生活水準等は現代と比較しても過不足ない。
 もし、私たちの住む世界との差異を挙げるとするなら、科学を捨てて魔法特化で進んだ歴史、それだけになってしまうのだろう。

 まぁ、それだけと言っても、それこそが最も大きなギャップなわけで、かの国の人々は当然のように魔法を使うことが出来るのである。

 例えるなら……ケータイ、テレビ、電子レンジ、掃除機等の科学由来のものが全て魔法に代替された感覚かな?
 いや、その辺はあっちの世界でも魔道具があるから、正しくない気もするけど、元居た日本のケータイ普及率程度には魔法が浸透しているってことでここは一つ納得してもらいたい。

 さて。
 黒ローブと対峙している割と緊迫した場面で、ツミビの世界観設定をこうしてのんびり思い出しているのには理由があって。

 一言で言えば、場が膠着こうちゃくしていた。

 私たちが近づこうとすると、黒ローブは結界ギリギリまで後退してしまい、その後も左右方向に逃げてしまうものだから、付かず離れずが繰り返される。
 魔灰の首飾りを見せつけるように掲げているからなのか、あっちから攻撃を仕掛けてくる気配もないし。

 そんなわけで、ここで話は冒頭へと戻る。

 カムイ様とガルガの元居た世界の生活水準は現代日本と同等である。よって、人々のモラルもそこに準じていた。

 要するに、魔法剣とナックルダスターと言う武器を今身に着けていても、それはあくまでも自衛の意味合いが強く、カムイ様とガルガから先んじるような攻撃は決して発せられていない。

 何を甘いことを、と一部のツミビユーザーなら言うのだろうが……考えてみて欲しい。
 現代日本の学生が、自分から進んで他者に暴力を振るう難易度の高さを。
 色々ぶっ飛んだ人なら、あるいは出来るのかもしれないが、ああ見えてカムイ様とガルガは高校生の年頃。内面に抱える常識は普通以上に持ち合わせているのだ。
 何もされていないのに攻撃を振るう行為は、常識人にとって、ただの犯罪でしかない。

 ただ、一点だけ忘れてはいけない特記事項として。
 カムイ様は統一国家の次期後継者であり、ガルガも国家貴族に属していた。
 日本、あるいは地球規模で一握りしか居ない雲の上の権力者に、ファンタジー世界の彼らは相当する。

 漫画みたいな話に聞こえるかもしれないが、当たり前のように命を狙われることはあるし、権力を妬む者から想像を絶する嫌がらせだって受けることもある。
 そう言った"場慣れ"から、戦闘慣れしている風格をかもし出しているが、それは正当防衛の果てに存在した悲しい習慣でしかないのだ。
 あと、ある魔道具災害から生じた魔物との戦闘訓練も加味されているのかもしれない。

 ──と、こうして長々とつらねてしまう程度には、時間は流れており。

「ラチがあかねえなあ、おい!」

 ガルガのぼやきはここに居る三人の代弁だったのだろう。

「おそらく魔灰の首飾りの効果が想定以上に、相手に効いているのでしょう。……七十五に二十九の長方形範囲のようですね」

 七十五に二十九?
 カムイ様がポツリと付け加えた言葉の意味が一瞬分からなかったが、すぐにこの結界の面積で、単位はメートルだと気付いた。

 言われてみれば、そのくらいの距離はあるのか。
 見た目だけは学校によくある校舎裏だったけど、その周囲は透明の壁に覆われていて、一定範囲以上は決して進むことが出来ずにいる。
 昨日の段階で承知済みではあったが、こうして具体的な長さを出されると、心なしか分かりやすかった。

「ケッ、んなことは俺だって把握しているんだよ。──それより、どうするんだこの状況?」

 ガルガはカムイ様だけでなく、私にも意見を求めているようだったので、とりあえず思いついたことを言ってみる。

「昨日みたいに私とガルガで突進して行って、それで倒せれば一番楽だとは思うけど……」

 そう告げると左前方で赤毛の巨体は振り返り『ハァ?』という表情をわざわざ浮かべてくれた。
 こっちを見ているようで、黒ローブの様子も把握している様子なのが、ちょっとだけ意地が悪い。

「何寝ぼけたこと言ってやがる? そんな間もなく昨日は逃げられちまっただろうがよ!」

 ……あ!
 さっきの私の体験談は、前回の世界での話だった。
 昨日の夜行われた話し合いの場でも、魔灰の首飾りを出した後の突進前に、黒ローブに結界を解除して逃げられたと、ガルガは述べていたのだ。
 でも、そうなってくると──

「何で黒ローブは付かず離れずで居るのだろう……?」

 昨日即逃げしたのなら、今日だってそうすれば良いのに。
 と言うか、私が魔灰の首飾りを持っていることは、今回の世界でも敵は知っているのだから対策の一つや二つ立てていて当然だよね?
 それなのに無策でこうして逃げまくっている。
 辻褄つじつまが合っていない行動のように思えて、謎の存在である黒ローブが更によく分からなくなってしまった。

「……初見からずっと違和感はありました。ライラのご指摘のように、こうして相手は距離を保ち続け、それでいて結界から決して出ようとしない。そうであるかと思えば、昨日は即座に撤退したと聞きます。客観的に見ても、意図の掴めない行動としか言いようがありません」

 カムイ様は目を細めて、黒ローブを見ている。
 その聡明な頭の中では何らかの答えが既に出ているのだろう、最初にあった戸惑いは完全に影を潜めて、いつものカムイ様が右前方隣に立っていた。

「てめえは一々前置きが長いって言ってんだろうがよ! で、結局何が言いたいんだ?」

 また一歩私たちが歩を進めると、黒ローブは一歩後退してしまう。
 ……見えない長方形の周辺を私たちは何度廻ったことだろうか?
 一向に変わらない状況の中、カムイ様は結論を述べた。

「"アレ"に意思は一切ありません。おそらくは──"ドール"かと」

 ドール……ああ! こっちの世界で言うところのロボットとか操り人形のことか。
 ルウレテイアー姉弟ルートで人形ドール遣いって言うのが出てきたので一応は知っていた。

「ドール、か……。延々と繰り返す動き辺りが、まあドールではあるかもな。なら、遠慮なくぶっ潰しても問題ないな?」

 一応こちらからは手を出さないようにカムイ様から事前に言われていたガルガだけど、性格を考えればどの道今のように様子を見ていたことは間違いない。
 前述もしたけど、彼はこれでいて相当の常識人なのだ。
 その証拠に、こうしてカムイ様に今も伺いを立てているわけだし。

「ガルガ。あなたもご存知でしょうが、ドールは魔道具型と生物型があります。この場合、後者の生物型である可能性は排しきれず、最悪、中身が人間であるかもしれません。ここは日本でありますが、僕たちが唐突に現れてここに存在している以上、ゼロ以外の可能性は全てあり得るのです」

 後半が物凄い説得力な気がする。
 原作知識を掘り起こしてカムイ様の台詞を補足すると、魔道具型は言葉の通り、ドール型の魔道具で、それこそロボットと同じものとして考えて良い。
 対して生物型は……良くても死体、大抵は生きた生物を使っており、時には人間さえも、人形遣いはドールとして己の意のままに操ると言う。

 ……そう、原作でも一歩間違えれば、ドール化した攻略対象を主人公は殺害しかけたのだ。

 数あるバッドエンドに通じる道の一本のため記憶には薄いが、人によってはトラウマに近い感情を残すシナリオなのがくだんのドール遣いのお話。

「そして、ドールへの対処の仕方は昔から一つと決まっています。……とても簡単な話です。ドールではなく、操っている人形遣いさえ倒してしまえば良いのです」

 ガルガに答え、カムイ様は私にも目を向けてくれた。
 その瞳は真剣そのものである。
 相変わらずカッコいいけど……何だろう、この鬼気迫る感じは……?

「確かに道理だな。だがよ、その人形遣いはどこに居やがる? まさか結界の外でのんびりお茶をしています、なんて言わねえよな?」

 カムイ様は間を置かず否定する。

「その仮定は成り立ちませんよ。ただの結界ならともかく、この結界は異空間結界……もしくはそれ以上のものに少なくとも分類されています。単なる結界なら魔法さえ使用できればヒビくらいは出来上がりますし、ね。空間を隔てて維持出来る魔法が存在しないからこそ、異空間結界は賢人けんじんの扱う特別な魔法なのです」

 魔法で出来た水流剣の少しだけ振って、カムイ様は不可視の壁を叩いたようだが、何も目に見える変化はない。
 ツミビでは、ミナの使用した結界は、魔法剣で正面衝突を起こした車のガラスみたいになっていた記憶がある。

「……人形遣いはこの結界内に居るっつーことか? それにしては、隠匿いんとく魔法でもここまで完璧に姿は隠せねえだろが」

「そう、ですね……。姿が隠されていないからこそ、厄介でした。それも……解が導き出せた今となっては納得のいくところですが」

 カムイ様はどうしてか、気だるげそうに一度だけ目線を下に下げた。
 それを見て、こちらもどうしてなのか、ガルガが叫び気味で発した。

「だから何が言いたいんだ! てめえ!」

 緊張感がカムイ様とガルガの間に広がっている。

 ……何、この雰囲気は?

 すっかり黒ローブなんて蚊帳かやの外になってしまっており、二人の話だけで進んでいた。
 私も口が出せない空気を感じて、一歩引いて見ているだけになってしまう。
 いつも口調の荒いガルガではあるのだけど、何故カムイ様に怒鳴っているのだろうか?

 カムイ様はガルガの質問に答えるように、だけど、視線だけは別の方向を向いて、口を開いた。

 そして、



「つまりは──こういうことです」



 ヒュンと言う音がして、すぐにガキンと言う昨日何度か聞いた金属音が聞こえた。

 視界が一気にブレる。
 目まぐるしく変わってしまった光景の先で、二人のやりとりは継続していた。



「──ふざけてやがるのかッ! てめえ!!」



 それは、真に迫る心の底からの怒声だった。
 赤毛の大男の背中が目の前に見える。
 私は彼に無理やり押し出されて、大きく下がって、尻もちをついていた。

 ……なんで……?

 私の瞳はまばたきすら出来ずに、目の前を見ている。
 水流の魔法剣は、大きな拳と激突を果たしており、その姿形を音もなくすでに消失させていた。

「……やはり僕の魔法は、未だ実用には達していませんね」

 いつもの冷静な顔でカムイ様は独り言を呟く。
 あくまでもその姿は平常の彼だった。

 ──だからこそ、広がる光景は異常にしか見えてこない。



 ……なんで、なの……?



「俺の質問に答えろよ!! 自分が何やってやがるのか! 分かってんのかッ!!」

 怒声は先ほどよりも更に色を増している。
 ガルガの表情は見えなくても、何よりも激しい感情をそこに浮かべているのが分かった。

 彼とカムイ様は、目前で対峙して、両者の得物が金属音を奏でたばかりである。
 金属音を出せるようには思えない、魔法で作られた水流剣が……貫いていた場所は……私が……さっきまで、居た場所、で……。

 ……何故、なの……?

 ……何故、カムイ様は──



 私を、!?



「当然分かっていますよ。だから──」


 返答は変わらず平静の彼から述べられていて、『”其はつるぎなり”』と詠唱する声もまた同じ音で発せられた。
 その文言は、彼がたったの一度だけ使用出来る切り札の魔法であることを、私は知っている。

 ──サクリと形容すれば良いのだろうか、やたらと軽い音が耳に届いた。



「こうして人形遣いを、この手で倒したまでです」



 彼の切り札である聖水剣は、ガルガの巨体さえ素通りする速さで、うに放たれていて──






 その透明な刃は、狂いなく──私の身体を貫いていた。






 ……どう、して……なの……カムイ、さま……?






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 次回、学校生活編1 第十三話『罪人ライク』






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