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学校生活編1
第八話『ガルガとハイド』
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「はあ? てめえがハイドだと? 冗談も休み休み言いやがれ!」
カムイ様、ミナ、サヤ、私のいわゆるファンタジー組が居候している『雑貨屋ハイド』に、ガルガを加えて帰ってきたのが先ほどの話になる。
運転手を務めてくれた良司さんは、他に用事が残っているとのことで、店内に入らずサクッと去ってしまった。
忙しい合間をわざわざ縫って来てくれて、本当にありがとうございます。
心の中でお礼を述べてから現実に目を向けると、店内では、ガルガとオヤジさんが対峙している場面に移り変わっていた。
……そうだよね、ガルガが登場したのなら、この人とのイベントになるよね。
時期は多少違うが、ツミビの共通ルートでも同じ絵面が描かれていた。
ガルガの吐き捨てるような先ほどの台詞に、オヤジさんは頭をかいて、
「覚悟はしちゃいたが……やっぱ、ガルガ兄相手だとやり辛いもんだな……。……今回も論より証拠が大正解かもな。──"コード・クラウド"」
オヤジさんが達観したような諦観したような口調で、力ある言葉を唱える。
即座に、半透明の霧のような白がうっすらと宙を漂った。
白い霧はガルガだけに触れると、溶けるようにあっさりと存在を消す。
発動は成ったようだ。
「まさか! 知識共有魔法か!?」
ガルガは呆気にとられた顔で、自身に入り込んだ霧の残滓を見ている。
当然ガルガもこの魔法についてはよく知っていた。
『知識共有魔法』とは、術者の知識を辞典のような概念として、対象の頭の中に置く魔法である。
それこそ、ネット関連で言うクラウドサービスに近いもので、魔法をかけられた者はいつでも術者の知識から用語等を検索して引き出すことが可能となる。
平たく言えば、頭の中に電子辞書が常にある感覚だろうか?
この賢人魔法があるからこそ、ファンタジー世界の住人であるカムイ様たちが学校に通えるし、現代日本社会にもこうして適応出来ているのだ。
知識に実際の経験等が含まれない弱点はあるものの、ツミビ最重要魔法と言って過言はない。
そして、知識共有魔法を使えるのは、今代ではたった一人の人間のみであり──
「……この魔法は、知恵の賢人であるハイドの野郎にしか使えねえ魔法だ。……おい、てめえは本当に……ハイド、なのか?」
ガルガの瞳は戸惑いと疑惑に満ちている。
けれど、決して理解力の低くない彼だから、言葉は口調と裏腹に冷静である。
倣ったのか、オヤジさんも静かに返答した。
「……ああ、そうさ。オレの名前はハイド・マイソディエル。アケイノカムイ・マイソディエルの弟である、あのハイドさ。……見ての通り、こんなオヤジになっちまったがなぁ」
最後はしみじみとした響きだった。
ラーメン屋台でも引いていそうな風貌のオヤジさんだけど、その正体は正真正銘カムイ様の実弟である。ちなみにだが、昔はシャタ系の美少年であったらしい。
ツミビユーザーにとっては基本設定の一つで当たり前の事実であったが、ハイドという少年と歳を重ねてきたガルガにとっては、受け入れ難いものになっているのだと思う。
それでも、赤髪の青年は無理やり自分を納得させたのか、
「チッ……確かに目はハイドの野郎か……。信じられねえが、てめえはハイドってわけなのかよ……」
物分かりが結構良いガルガだけあって、発していた台詞中にも確かな理解の色を宿らせていく。
言っていた通り、オヤジさんの瞳に彼の知っているハイドが重なって見えてしまったのだろう。
「……オレが言うのもなんだが、ガルガ兄は意外と人の言うことを信じてくれるよな? いや、オレとしては助かる話なんだがよ」
「おい! 俺をお人好し扱いするんじゃねえよ!」
え? 違うの?
二人だけの会話の雰囲気中に、突っ込むことはいくら何でもしない。
心の中で留めていると、ガルガは平常に落ち着いた声音に変えて、
「……で、どうしてそうなった? 純朴少年のハイドくんが成長するにしても変貌し過ぎだろ、てめえ」
と、オヤジさんに投げかけた。……ホッとするような優しさを感じてしまうのは、原作既読だからだろうか。
「純朴少年のハイドくんは、ほんと勘弁してくれ……。相変わらず昔のことが、オレの心を的確に抉ってきやがるな……。それは置いておくとして、オレの事情だったな? なに、簡単な事情さ。オレがこの世界を訪れたのが、約四十年前。ただそれだけの話ってだけだ」
ガルガは腕組みをしてから少し思案し、やがてこめかみに右拳を当てた。
得心がいった時に、稀に見られる彼の癖である。
「なるほどな、理解はしたぜ。さっきの動く箱……ああ、自動車ってやつか、あれだけでもここが異世界なのはクソなくらいには実感したんだ……そんなことがあった後なら、てめえがオッサンになっていても何ら不思議じゃねえよ。……で、だ。それを俺に理解させるために、真っ先に知識共有魔法を使いやがったわけか?」
ガルガの言葉の裏には、自動車以外のことも含まれているのだろう。
言外にこの世界と元の世界の違いを認めていた。
「ああ、ご名答だ。……そしてひとまずは、色々説明するにあたっての、最大難所はこれでクリアしたことになるのかねぇ」
ガルガの指摘を認めつつ、後半は独り言のようにオヤジさんは呟く。
ただ、ワイルド貴族は疑問を残していたようで会話自体は続いた。
「おい、もう一つ聞かせろや」
「あー……察するところは正直あるんだが……一応聞いておくさ」
ガルガは、肩をすくめるオヤジさんに鋭い視線を向けると、
「てめえのその話し方、オレの真似か?」
あー……。
オヤジさんと同じ台詞を思わず心の中で発してしまう。
それくらいには他所から見てもクリティカルな一言であるのだ。
案の定、オヤジさんは特大の間を作り、口ごもらせながらも心中を吐露していく。
「…………まいったな。本人に言われると、なかなか別格にくるものがあるもんだな……。……ご指摘の通りだよ」
「ハッ!」
何故だかガルガは鼻で笑っている。しかもカムイ様を見ながら。
「どうだカムイ? オレはハイドからリスペクトってやつをされているぜ? つまりだ、ハイドの兄のてめえよりも、オレのほうが敬われているっつー何よりの証拠だな!」
早速知識共有魔法を活用しているガルガ。
さっきの動く箱の時から十分使っていたような気もするが、それはそれ。
こんな感じでファンタジー世界の人が知り得ない言葉も、当然のように使えるのが件の魔法の効果だった。
店内はガルガとオヤジさんの会話で終始占められていたため、傍観に徹していたカムイ様が声を形作るのは久方ぶりとなる。
「……そうですね。昔からハイドは、僕よりもガルガに懐いていました。個人的には自明の理と言える事実です」
さり気なく悲しいことを告げているような気配があるカムイ様。
変なところで客観的でドライな王子様である。
この合理的な部分が彼らしさで、魅力だったりするわけなのだが。
「チッ、だからてめえのそう言うところが気に食わねえんだよ! まあ、今更だから流しておくがな。──それよりもハイド! これからも俺様のことを精々リスペクトしな!」
「……頷きづき辛ぇな、その台詞は……。だがまぁ、ありがたく許可だけは頂戴しておくぜガルガ兄」
許可と言っても、散々ガルガと同じ口調を使っているオヤジさん。
肝の据わっているところが愛嬌なのかもしれない。
ちなみに、似た口調でもガルガはちょっと荒々しくて、オヤジさんはちょっと柔らかいイメージで話しているらしい。
ツミビのボイス再生で音としても確認出来るし、設定資料集にも書かれていた事実でもある。
「おうよ! ……なかなか悪くねえ気分だな」
かなりの年上になっても慕ってくれている弟分が可愛いのだろう、ガルガは上機嫌だった。
光景的には、若い大男と屋台のオヤジさんの組み合わせなので、奇妙と言えば奇妙なのだが、ツミビファンしてはしっくりくる場面だ。
会話が落ち着いたところで、ガルガは近くの椅子にドンと座った。
お馴染みとなっている軽食コーナーのテーブル席である。
律儀にそれを見届けて、カムイ様とサヤも同じく椅子に腰かける。
……実を言うと、この三人以外は冒頭からちゃっかり座っていたのだ。素の性格の違いが分かる一幕で……その、何かすみません。あ、オヤジさんだけはカウンター席から話に参加しているけど、これもいつも通りなので、言うまでもなかったかな。
オヤジさん入れてくれたテーブル上の紅茶はすっかり冷めているが、それぞれ舌を濡らして、ある種の本題に移る流れが自然と作られた。
ガルガとオヤジさんの再会が果たされたのなら、残る早急の話題は──私とガルガが遭遇した黒ローブに関することのみ。
正確に言えば、私たちの転移とかの説明も残っているのだが、ガルガは何となく察している雰囲気なので最優先ではなくなっている。
「ええと、次はこちらが説明する番ですよね? ……私が、四時間近くも行方をくらまして、皆に探してもらうことになった発端の話なのですが──」
そう口火を切り、私は黒ローブに襲われた経緯を皆に説明していく。
所々でガルガの補足が入ったので、割とスムーズに進んでいくかと思っていたところ……
「おい、ライラ。何言ってやがる? あの黒野郎には結局勝ち逃げされちまったんだよ! クソが! 思い出してもはらわたが煮えくり返ってくるぜっ!」
……どうにも私とガルガの記憶に先ほどから差異があった。
推測だが、ガルガの左手に怪我がない現状と同様に、世界が巻き戻った際、直近あたりの過去が変わってしまったのではないだろうか。
今までのループでは私の記憶が曖昧なこともあって、気付くことさえなかったが、もしかしたら毎回こんな感じで変化はあったのかもしれない。
私の主観で、カムイ様が遅れて現れた理由もそれで説明出来るので、もはや結論になるのだろう。
そんなわけで、大人しくガルガの話に、素知らぬ顔で乗ることにした。
「そ、そうだったね! 私、相当パニくっていたから記憶が少し混乱しているのかも。間違っていたら今のようにガルガが補足してくれると助かるかな?」
似合わないのは分かっていたけど、軽くウインクを投げかけてみる。
これが効いたわけではないのだろうが、ガルガは。
「……ふん。あのクソ黒野郎の話なんてさっさと終わらせるぞ、ライラ」
「ありがとねガルガ」
「いいからさっさと続けやがれ!」
「……もう」
ツンデレっぽい反応の中に原作ガルガを見つけてしまい、思わずそう返してしまった。
もちろん目の前のガルガも原作ガルガと同じ人なのだけど、こうして現実で接していると何だか自分の中で線引きがされてしまうのだ。
結局、黒ローブとの顛末は、私が早期に魔灰の首飾りをかざしたことで決め手となり、戦闘をほとんど行う間もなく敵は撤退してしまったとのこと。
一応これで、カムイ様の登場が遅れたしまったことに納得出来るのだが、前回から結構変わっている部分が多く、想定の外の心地を抱いてしまうの気持ちは止められない。
でも、前回の記憶を保持すると言うことは、こういうことなんだと自分に言い聞かせて、私は話を更に進めた。
時間軸はもっと戻ることになり、そもそもの原因であるラブレターの存在に辿り着く。
……そんなわけで観念して、私は鞄の中から便箋を取り出していた。
ミナ宛であるのでとても気まずいのだが、話さないわけにもいかないだろう。
「らぶれたー? ラブレターですの!?」
ラブレターという単語を知らなかったのか、感情で意味を思いつかなかったのか、ミナは知識共有魔法でラブレターを検索したらしい。
途端、彼女は身を乗り出して私に詰めかかる。
……出会った頃から愛の重い妹なのだ。
「ミナ、落ち着いて」
「これが落ち着いていられますか、ですの! お姉様を狙う不届き者はわたくしが排除──」
ミナの瞳のハイライトが薄くなる。
ライラになった初日以来の反応で懐かしくはあるが。
「あ、違う違う。これ、ミナ宛だから」
手紙を裏返し、例の宛名を妹に示す。
「お姉様ではなくてわたくしですの!? ……見る目のない人ですわ、やはりわたくしの粛清が必要ですの!」
どっちに転んでも結局はそれなの!?
「内容はともかく……手書きですので筆跡鑑定さえ出来れば、その黒外套の者の正体に近づけそうではありますね」
カムイ様はその長く細い指で、手紙の字を追いながら自論を述べた。
男性陣はミナの過激さに慣れているのか、全く気にせず手紙のことを話し合っている。
もしかして、私が過剰反応し過ぎなの、かな?
「良司に回すか? いや、あいつは今別件が入っているから、当分は無理かもな」
「……チッ。まどろっこしい手を使いやがって。ますます気に食わねえな」
ガルガの中で黒ローブの印象はドンドン悪くなっているようだ。
私も命を狙われたわけで、少なくとも良い印象は抱いていない。
でも……ううん、気のせいだよね。
自分の中で短く否定して納得していると、サヤと視線が合った。
合ったと言うよりはサヤが私を見ていたのだろう。
彼女は小さな口を開き、
「……ら、ライラ様には、その……差出人に心辺りはお有りなのでしょうか?」
帰ってきてから多分初の台詞を告げるサヤ。
その頬は赤く染まっている。
「こ、こいぶみ、ですか……」とか呟いて、一人で照れていた少し前のサヤの反応を、私は見逃していないよ?
主人公さんはノベルゲームの主人公だけあって初心なのである。
それはともかく、質問に答えるとしたら、
「んー、多分だけど有るかな……?」
ちょっとだけ迷ったけど、サラッと言ってしまった。
「この不届き者に覚えがありますの!? お姉様!?」
正直黒ローブと結びつく人ではないのだけど、原作のイベントを見た関係で、ツミビでラブレターの差出人と言えば一人しか思い浮かばなかった。
イベント時期が全然違うので別人の可能性もあって、あくまでも重要参考人に留まる程度ではあるのだが。
「伺ってもよろしいですか? ライラ」
カムイ様の真剣な声に、私も、どこか浮ついていた襟元を正して頷く。
「絶対にその人って確信があるわけではないんです。でも、その筆跡に……実は覚えがありまして……」
筆跡云々は方便だ。
まさか原作知識で知っていましたなんて言えるはずもない。
私はミナのラブレターイベントを思い出し、その人の名前を告げた。
「確か……柊陽彩さん、です。──同じクラスの、私の真後ろの席に座っている、女子生徒になります」
……そう、このラブレターは女性から送られたものの可能性がある。つゆ知らず、私は朝にあれだけの痴態を、一人で晒してしまっていたのだ……。
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