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学校生活編1

第二話『穏やかな日』

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 一時間目が終わり、休み時間。
 教室後方扉の席にそれなりの数のクラスメイトたちが集まっている。
 私の席とはちょうど対角線上の位置に、カムイ様とミナの席は用意されていた。

「とは言っても、漫画のように山盛りの人だかりが、ってわけじゃないけどね」

「漫画ですか? 日本の漫画面白いですよね」

 クラスメイトたちの興味がカムイ様たちに集中しているおかげか、サヤは平静を取り戻していた。
 記憶にはないけど昨日転校してきたばかりの私とサヤもあんな感じで好奇の対象だったのだろう。
 新たな転校生たちにその役目は譲り、今は遠目に同居人たちの姿を眺めて自席で駄弁だべっている私たちである。

「サヤって意外と男の子向けのバトル漫画好きだよね?」

「はい、とても参考になります!」

 何の参考になるかは知っているけど……それで良いのかい? 我らが主人公さん?

「あら? 平民の娘がお姉様と口を聞いていますわ。今すぐにでもい付けてあげましょうかしら?」

 あ、ミナが級友たちの質問攻撃から抜け出して、そそくさとサヤに絡んできた。

「ごめんなさいごめんなさい! ミナ様、どうかお許しください……」

 原作よろしく条件反射で謝る前席の人。
 この人、乙女ゲームの主人公です。

「こら! またサヤをいじめないの!」

 私も条件反射でミナを叱る、というか注意した。
 割とこういう場面は昨日から多い。

「だ、だって……お姉様……」

「だっても何もないからね?」

「……はい、ですの」

 まったく、ほんとこの子は……もう。

 改めて言うまでもないだろうが、この失礼な金髪ツーテールこそがツミビトライクの悪役令嬢にして私の妹のミナ・リルレイラートである。

 原作時からしてサヤをいじめる役であった悪役令嬢なので、こうして隙を見てはサヤをいびっている様子。
 見かけたら注意はしているものの、ミナの本能か何かが働いているのか、今のところ改善するきざしはなかった。

「あ、ありがとうございますライラ様。私のような下賤げせんな身に度重なる優しいお言葉を──」

 お礼を言われるのは嬉しいけど……。

「サヤもそんな卑屈ひくつになってちゃ駄目だからね?」

「は、はい。ごめんなさい……」

 うーん、サヤはサヤで先が長そうである。
 過去から続く間柄というのは根が深いのだ。
 それはとりあえず今後の課題にするとして。

「ミナったらあっちを抜けてしまって大丈夫だったの? 一応話題の主役でしょ。カムイ様は未だに質問の受け答えとかしているようだけど?」

 あちらを見ると、同調圧力の……失礼。ゆるふわ女子である河野橋こうのばしさんを始めとした学内カースト上位陣が、カムイ様を囲んで会話を重ねているところだった。
 優し気な笑顔を常に周りに振りまいているカムイ様の王子様っぷりよ!

「お姉様以外のことは全て些事さじですの。興味がありませんでしたので、お姉様のところに来ましてよ」

「……私も人のこと言えないけどさ、学校生活が危ぶまれる発言この上無いね」

「お気持ちお察しします。……私も人と接するのがとても苦手で──」

「平民の娘には何も聞いておりませんの」

「ごめんなさいごめんなさい!」

 はぁ……また始まった。
 仮にも乙女ゲームの主要人物が二人も揃っているのにコレだよ?
 コミュ障の主人公と悪役令嬢ってほんと何なのよ……?

 ツミビの人物設定における致命的欠点に疑問を抱いた頃合いで、次の授業のチャイムが鳴るのだった。






*****

「高校生のお昼と言ったら学食よね!」

「わー、ぱちぱち」

「お姉様の仰る通りですわ!」

「僕も学食には興味があります」

 金髪三人に囲まれた唯一の黒髪であるところの私は、ガッツポーズを取って熱弁をふるっていた。
 実を言うと私の高校時代はオールお弁当。
 流石に大学では経験があったけど、高校の学食は人生で初めてになる。

 転校初日(私の主観も含む)の昼食はこうして学食で摂ることになっていた。
 原作ツミビで言ういつものメンバーが揃っているのは、それこそ初日だから。
 明日からはそれぞれ誘われているグループもあるため、今日くらいは皆で食べたいよねという流れを汲んでいる。

 そんなわけで転校したばかりの私たちは学食に居た。
 ツミビの背景画像でも描かれていたけど、人だかりはそこそこで、空いているテーブルはあまり残っていない様子。
 ラーメンとかの良い匂いが香る中で席が空くまで待つのはちょっと勘弁してもらいたいんだけど……むっ!
  そこの席空いてた!

「カムイ様、申し訳ありませんがここで席取りをお願いできますか?」

 隣に立つカムイ様を見上げて一つご提案。
 相変わらず高い背丈で、確か百八十中盤くらいはあるんだったかな?
 ちなみにサヤは女性としては高めの百七十近く、ミナは百四十台、私はサヤ寄りの身長だったりとバラエティは豊富な感じのパーティーとなっておりまする。

「席取り……こちらで四人分の席を確保すれば良いのですね? 僕はきつねそばというものを食べたいと考えていました」

 流石カムイ様話が早いです!

「ではお願いします。きつねそばは私たちで間違いなく買ってきますのでお任せください!」

 本物の王子様に席取りというのも恐れ多いけど、それは適材適所。
 カムイ様に任せ、私はミナサヤを連れて食券販売機へ。
 二人を一緒に連れていくのが一番面倒がないと判断したわけである。

「平民の娘はその機械の使い方を知っていまして?」

「え、あ……申し訳ありません! ……分かりません」

 食券待ちの列でサヤとミナが相変わらずのやりとりを繰り広げていた。

「そうだと思いましてよ! さぁお姉様! そこの無知にお姉様の英知を見せつけて下さいまし!」

「そこはミナが使い方を教える流れじゃないの? というか、前の人が使っているのを見れば何となく察しはついているでしょうに、二人とも。──で、何が食べたいの?」

「わたくし冷やしきつねうどんが良いですの!」

「え、ええと……私は三色おいなりさんを……」

 やたらと油揚げ系統がファンタジー世界の人に大人気であった。

 スムーズに順番は回ってきて目の前には食券販売機。
 私は王道のカレーを選び、食券ボタンをポン、ポポン、ポンと四度押す。
 我ながらノリノリのまま、三種類四つの食券を取り、二人に渡す。

「はい。この食券をそこのおばちゃんのところに持っていけば良いからね。あ、お盆を持つのも忘れずに」

 三者三様、一応の常識は身に着けているため、それ以降はスムーズに昼食を受け取ることが出来ていた。

 カムイ様が堅守していたテーブルへと戻ってくる。

「なるほど、これがきつねそばですか。何とも食欲のそそられる香りですね」

 多分カレーの匂いも混ざっていると思いますよ、それ?
 カムイ様の開口一番に心の中で一応突っ込んでおいた。

「そう言えば関西にはきつねそばってないらしいですね」

 お盆を置いて、女三人席に着く。
 ついででカムイ様の触れた話題について豆知識を披露してみたのだが、

「そちらの地域ではたぬきそばと呼ばれていると聞きます。トッピングの具材が多少異なるようですので、厳密には違う料理という説もあるそうですね」

 ……あの、ですね。

「……カムイ様ってこっち来てまだ一ヶ月なんですよね? 下手をするとこっちの人よりも詳しくないですか?」

 ドヤ顔で言ってしまった自分が恥ずかしくなってくる。

「たまたま目を通した文献に載っていただけです。未だ不勉強ですよ」

「そうかなぁ……」

「それよりも折角温かい食事をご用意していただいているのです。冷めないうちに頂きましょう」

 その意見には満場一致となり、共同生活を送っている私たち四人は自然と声を揃え『いただきます』と言ってから、それぞれの料理を口に運ぶ。

 うん、この懐かし味! 如何にも学食って感じでほんと大好き!

「おあげ? が甘くて美味しいですね」

「文化の違いは、やはり食によく表れているようです。実に興味深い」

「リルレイラート家のシェフに比べると格段に落ちますが、まぁまぁ食べられなくはありませんわ」

「皆の口に合ったようで良かったけど……ミナさぁ……二百円もしないうどんにどこまでのものを求めているのよ?」

「お姉様のお口に合う完璧な料理ですわ!」

「そんな大層な舌じゃないんだけどなぁ……」

 食事の合間にも相変わらずのやり取りは挟まれ、それぞれの箸(私はスプーンだけど)と共に、お昼休みは和やかに過ぎていった。






*****

「ただいまー」

「おう、おかえり」

 体感での転校初日の一日を何とか終え、私は今の我が家へと帰って来る。
 雑貨屋兼軽食屋の店内カウンターで、保護者代わりのオヤジさんが出迎えてくれた。

「ん? ちっこい嬢ちゃんたちはどうした?」

「ミナが駄菓子屋で十円ガムを見つけて、どっちが先に当たりを引くかサヤと競い合っています。……自分でも何言っているんだろうなぁなんですけど、そんな感じで足止めされているって伝えに、私だけ先に帰ってきました」

「……ほんと何やってんだ、ミナの奴は……。小学生のガキかよ」

 店の飾り扉をゆっくりと閉め、オヤジさんの居るカウンターまで寄って行く。
 今日も店内はオヤジさん以外誰も居ないようでいつものように暇をしているご様子だった。
 ちなみにこちらのオヤジさんは、割とおしゃれなお店を経営しているわりに、屋台でも引いていそうなそれこそオヤジさんな風貌ふうぼうをしている。

「涙目で私に訴えかけてくるサヤの顔がそれはもう可哀相で可哀相で……でも結局、カムイ様に任せてきちゃいましたけど」

「兄さまも付き合いがいいこって。まぁ、たまには嬢ちゃん抜きで二人交流すんのも良いことだろうさ」

「ミナは口が悪いですが、そこまでサヤのことを嫌ってはいないようですからこれが良い機会になってくれると嬉しいんですがね……」

 お昼のやり取り辺りからもうかがえる部分だった。

「オレの記憶からすると、そこんとこにズレがあるんだが……とりあえず仲良きことは良きことかなってな」

「仲良くしてれれば良いんだけど、これに関してはほんとミナに手を焼かされっぱなしですよ、もう」

「すっかり嬢ちゃんも保護者だねぇ……。ま、とりあえず手洗いうがいを済ませて来な。おやつを用意してあるからよ」

「わーい、オヤジさん大好きー! ──って、これこそ子供の反応ですよね?」

「高校生なんざオレからしたらまだまだガキさ。……だが、オレも年をとったからな、そんなガキの話でも新鮮に映るお年頃ってやつさ」

 オヤジさんの言い方に含みを感じて、意味を察してみる。
 ええと、つまりは……

「それなりにふつーでしたけど、聞きますか学校での今日の話?」

「……まぁそれも一興だな。レモンパイの駄賃替わりにでも話してくれるかい?」

「はい。今日はアルバイトも必要ないようなので、このくらいのことはしますよ」

 別室の扉を開けて、とりあえず持っていた鞄を置いておく。

「ははっ、違いねぇ。……この年ごろの娘っ子が素直に話をするなんざ、世の父親たちからしたら、うらやむことなのかもしれねぇな……」

「? 何か言いましたか?」

 洗面場に移り、手洗いうがいをしていたので、よく聞こえなかった。
 そのまま再び店内カウンターへと戻る。

「いやなんでもねぇよ。……ほらよ、レモンパイだ。紅茶もある」

 オヤジさん手作りのパイと新鮮な紅茶が奥の軽食の出来るテーブル席に並べられた。
 駄菓子屋での様子を見るに、ミナたちが帰って来るのは夕食時近くになるだろう。
 なら、先にこの甘味をいただいてしまっても文句は言われないよね?

 私が席に着くと、オヤジさんはやや芝居がかった口調で、



「さぁ、嬢ちゃん。今日はどんなことがあったんだい?」

「今日はですね──」



 静かな時間。
 私はオヤジさんと穏やかな会話を重ねていく。



 一ヶ月もの失われた記憶、だけど私の身体と心はその間の記憶を僅かに覚えていて、これが今の私の日常だと教えてくれていた。






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