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乙女ゲームの主人公が悪役令嬢に狙われているぞ!
しおりを挟むマズイ気がする。
「あーん、ですわ」
「いや、その、自分で食べられるから、そのね……」
口元に差し出される銀スプーン。
子供ではないのだからと躊躇する私。
同時に、対面でエプロン姿の美人が鋭い眼光を光らせる。
「あら? 未だにソララ様は上級貴族のおつもりで? クスクス。
サリスバリ家はとっくに没落されましたのよ?
侯爵貴族のハディウス家に逆らえるとでも思いまして?」
「くっ! それを言われたら逆らえない!」
とても痛い部分を突かれて、私は心の中でひっそりと泣く。
同い年の白銀髪美人は、録画のように動作と表情を繰り返し。
「あーん、ですわ」
もう、覚悟を決めるしかなかった。
「……あーん。もぐもぐ……このお肉と芋! 口の中で溶ける!?
うまっ! すっごく美味しいよ! リナリス!」
「ふふっ、恐悦至極ですわ。あーん、ですの」
「あーん」
この肉じゃが絶品過ぎる……!
リナリスの手から食べさせてもらっている恥ずかしさも忘れ、
私は口に運ばれるままに夢中で肉じゃがを味わい続けた。
「ふふ。ソララ様、多少でも満足していただけましたか?」
「多少なんてとんでもない! 大満足よ!」
気付けば目の前の皿は空になっている。
味が濃く染みた具材の柔らかさが本当絶品で、しかもである。
「こっちで肉じゃがを食べられるなんて夢みたい……。
それと、相変わらずリナリスの料理の腕は達人級だね!」
「うふふ……光栄ではありますが、ワタクシの才など平凡ですわ。
もちろん料理にはソララ様への愛をたっぷり込めましたけれど」
──はっ!? そうだった!
このままではマズイ気がするんだったよ!
「り、リナリス? 前にも言ったけどね、私はノーマルだから!
ドが付くほどのノーマルだからね!」
「あらあら。またソララ様にフラれてしまいましたわ」
セーフ! ぎりセーフ!
リナリスの顔が微笑を浮かべたままなのは気になるけど、
ひとまず分かってもらえたようなのでセーフ。
……まぁね、冗談で言われているのは分かっているんだけど、
同性でもドキッとしてしまう瞳を毎回向けられるとやっぱりね。
どうしても勘のようなものがマズイと警告してしまうわけで、
今みたいに必至な否定をその都度してしまうわけである。
「それではソララ様。ワタクシは洗いものをいたしますので、
先に湯浴みをなさっていて下さいませ」
お皿を片付けながらリナリスがサラッと言っているけど。
「あ、それくらい私がやるからお風呂はリナリスが先に入りなよ」
食器を渡してもらおうと手を伸ばしたところで。
「あら? ソララ様はまだ上級貴族の気分が抜けませんのね。
ハディウス家令嬢のワタクシに逆らえるとでも思いまして?」
「くっ! それを言われると逆らえない!」
西欧風の世界観で貴族の階級は絶対なのだ。
特に、最近没落してほぼ平民化したサリスバリ家にとっては、
ハディウス家の名はあまりに重く、天と地ほどの階級差がある。
私は大人しくバスルームへと向かうことにした。
**( ・ㅂ・)و**
「……ふぅ」
広い湯船にポチャンとつかり、昨今の数奇な運命について思う。
──ここは乙女ゲームの世界で、私は主人公のソララであった。
サリスバリ家没落の日、思い出したのは前世の記憶。
前世の私は日本に住むありふれた女子高生で、趣味は乙女ゲーム。
ちょいオタは入っているけど、一般庶民で間違いないはずである。
なのに、何故だか今世では乙女ゲー『フォーリングライク』の
主人公なんて務めている始末。
どうしてこうなった!
というか、前世を思い出して乙女ゲーの世界どうこうの定番なら、
ライバルの悪役令嬢に転生しているものなんじゃないの?
何ゆえ、恐れ多くも主人公のソララになっているのよ?
初めて鏡で自分の顔を見た時のあの衝撃ったらない。
普通に美少女過ぎて正直引いたわ。
乙女ゲーのお決まりとは言え、この容姿で平凡とかないわ……。
せめてなぁ、悪役令嬢の容姿なら受け入れ……あ、駄目だ。
目つきは悪いけど、リナリスも滅茶苦茶美人でした。
「……リナリス、かぁ……」
ブクブクと浴槽のお湯を泡立てながら、同居人のことを考える。
侯爵令嬢リナリス・ハディウス。
フォーリングライクのメイン格グラウスルートで登場する生粋の
悪役令嬢。
グラウスに恋するリナリスは、恋敵である没落した令嬢ソララを
徹底的にイジメてくる悪女──のはずだったんだけどなぁ……。
フォーリングライクの序章は割と壮絶で、主人公リナリスは即行
一家離散を経験し、何とテキストの三行目辺りでホームレスとなる。
テンポが良すぎて流してしまいがちだったが、よく考えなくても
トンデモ設定だよね、これ……。
ただ、どんなトンデモ設定であっても、私は一応ソララ本人。
原作通り攻略対象を早期選択して脱ホームレスの必要があった。
せっかくなので憧れのグラウスを学内で探していたんだけど──
『はぁ……はぁ! そ、ソララ様……やっと見つけましたわ!』
『り、リナリス!?』
序盤で悪役令嬢とエンカウントの展開は原作になかったんだよね。
『サリスバリ家が没落されたとお聞きしましたわ。
加えて、ソララ様は住まう場所さえ無くされたそうですわね?』
『う、うん……そうだけど……』
『ふふふっ、みじめですわ!』
リナリスは嫌味の後にこう続けた。
『ですが! あまりにも可愛そうですので!
ワタクシがソララ様引き取って差し上げますわ!』
『……へ?』
そして、あれよという間に、リナリスが私を引き取ったんだよね。
それが大体一ヶ月前の話である。
前世の記憶だと犬猿の極みにあるソララとリナリスではあるけど、
実際考えてみればこっちのソララとは昔から交流を持っていた。
子供の頃、ままごとで夫婦をやっていた記憶もあるくらいだし。
……ん? 夫婦?
妙に引っ掛かりを覚えた辺りで、ガララと浴室の扉が開く。
「ソララ様! お背中流しますわ!」
「毎回洗いものありがとね。でも、仁王立ちはどうかと思うよ」
お礼を告げながら、苦言も加える。
だってリナリスったら、タオルで前を隠すことなく生まれたまま
の姿をドーンと晒しているのだから。
どこがとは言わないが、バイーンという感じで立派ではあるけど
名家の令嬢としてはどうなんでしょうか?
「仁王立ちはひとまず存じませんが、ソララ様に肌を見られますと、
その……とても恥ずかしくはありますのよ?」
モジモジしている。
可愛いけどさ──
「恥ずかしいなら多少でもタオルとかで隠そうよ!?」
そのでっかい胸とかキュッとしたお尻とか丸見えなっているよ!
同性だから別に良いけど、あなたハディウス家の令嬢だよね?
「それはですわ、将来の伴侶にワタクシを見て欲しくもありますの。
……乙女心は複雑ですのよ」
「えっと、その乙女心はよく分からないかな……」
というか、伴侶とか言わなかった? 私の気のせい?
疑問を浮かべる間で、リナリスは身体を流して湯船に入ってくる。
女二人が入れるくらいには広いお風呂なので狭さは一切ない。
「ところで、ソララ様は何か考え事をしておりましたの?」
お湯でブクブクしている姿を見られていたのだろう、訊ねられる。
乙女ゲームのことは言えないけど、明かせる範囲での返答なら。
「リナリスとこうして一緒に住むことになった日のことをね、
少し思い出したりしていたんだよ」
「まあ! 偶然ですわね! ワタクシもソララ様のことをいつも
考えていましてよ!」
「テンションやっぱり高くない? 血圧上がって倒れちゃうよ?」
そして、悪役令嬢がライバルのことをいつも考えているとか──。
何それ、怖っ!
「ソララ様がワタクシのことを心配されて……!
これは最早相思相愛と言っても過言ではありませんわ!」
「いやいや、過言だからね?」
でも、お風呂でリナリスのテンションが高いのは常でもあるので、
あまり細かいことは気にしない。
あ、やっぱ、駄目だ。なんかマズイと直感が告げている気がする。
思い切って今まで微かに思っていたことを聞いてしまおうかな。
「ええとさ……もしかして、リナリスってさ……えーと、
私のことその……好き、だったりするの?」
自意識過剰な台詞なので、これまで聞けなかったことでもある。
そんなことは万が一にもありえないだろうけど、同居してから
もしかして……? と思う場面もあったりしたわけで。
いやいや、やっぱりないよね、そんなこと。やっぱ無しで──
「お慕いしておりますわ」
……うん?
耳の調子がとても悪いかもしれない。
「友達として?」
「将来の伴侶として」
あ、これ聞き間違えじゃないわ。
将来の伴侶ってはっきり言っていたわ、絶対。
「……冗談?」
「本気ですわよ」
……うん、目がマジだ。
目つきは変わらず悪いけど、物凄く真摯な視線が私を見ていた。
本当は私もある程度気付いていたからの質問だったのだと思う。
……誤魔化すようなことはやめないといけないね。
私も真摯でリナリスに答えないと。
「ごめ──」
発声の最中、スッとリナリスの人差し指が挟まれる。
しっとりとした彼女の指が、私の唇を塞いでいた。
「そのようなお答えは要りませんの。然るべき時にソララ様には
振り向いてもらいますので、お返事はその時にいただきますわ」
くっ……!
美人なのにお茶目なウインクとか反則じゃない?
思わず同性なのにクラッときてしまう。
こういう仕草が本当に良い女のソレで困りものだ。
けれど、私は普通に前世からグラウスが好きで、異性愛者で。
ジッとリナリスを見つめ、瞳で脈はないことを伝えてみる。
「あら? ソララ様はまだ上級貴族の気分が抜けておりませんのね。
ハディウス家令嬢へ訴えかけるなど生意気が過ぎましてよ?」
流石に気付いていた。
毎度のこの台詞、リナリスの本音隠しなんだよね。
人差し指とお湯越しにリナリスの身体の震えが伝わってくる。
なんでこんなに健気で愛くるしいんだろう、この悪役令嬢は……。
やんわり、リナリスの指を唇から寄せて、
「……同性とかそういうのはとりあえず置いておくとしてもね、
私のどこが良いの? 自分で言うもアレだけど私平凡だよ?
リナリスなら良い人なんて選り取り見取りなんだから──」
「ワタクシの一目惚れ、ですわ」
目の前に瞳を潤ませた裸美人が居る。
その上目遣いに、思わず私でさえもグッと来てしまう。
上気した頬が色っぽくて、この子、本当に反則な仕草が多すぎる。
「瞳にソララ様が初めて映ったその瞬間、恋焦がれましたの」
だから……真っすぐにそういうこと言われると、弱いんだよぉ。
「そして、気が付けば即購入しておりましたの。ですのに……
まさかソララ様が主人公で、攻略することが叶わないなど
予想もしておりませんでしたわ……」
分かる! ちょー分かる!
非攻略対象のほうが攻略したいことってゲームだとよくあ──
「って! ちょっと待った!」
「どうかなさいましたか?」
恋する少女の表情が途端にキョトンとしたものとなっている。
私が突っ込みを入れた意味を全く理解していないようだ。
実は私の聞き間違いとか?
「もしかして、リナリスも前世の記憶があったりする?」
控え目に聞いてみた。
前世の記憶辺りは若干濁したので、最悪誤魔化しはきくだろう。
「ええ、ありますわよ。ソララ様とお揃いで密かな自慢ですの」
「あっさり認めたし!? というか、私のこともバレてる!?」
え? そんなものなの?
前世の記憶とか皆普通に持っているものなの?
「想い人ですもの、没落された日にすぐ気付きましたわよ。
しかしながら、前世の一目惚れはきっかけにしか過ぎませんわ。
ワタクシはしっかり今世のソララ様に恋をしたのですから」
クラクラする。
リナリスも前世を覚えていて、今の私を好きだと言ってくれて。
それが普通のことなのか、普通じゃないのか分からなくて。
頭が熱くて、頭が混乱していて。
目の前がグラグラ揺れていて──
「ソララ様!? ソララ様しっかりしてくださいまし!」
うぅ……もう駄目……。
私の意識は急速にブラックアウトしていく。
……そういえば、随分長いこと湯船につかっていたような──。
**( ・ㅂ・)و**
『私たち結婚しました~』
『結婚しましたのー!』
──はっ!?
「ソララ様! 目を覚まされましたの!?」
「うぅ……なんだか幸せな悪夢を見ていた気が……」
「アイラブユーですわ」
「夢じゃなかった!」
「もう、ワタクシ心配しましたのよ?」
リナリスが言うには、私は湯あたりでのぼせてしまったらしい。
だから、氷枕をされて寝室に横なっているわけか。納得。
「ですが、妻のワタクシの不徳でもありますの。これからはもっと
念入りにソララ様の機微を窺っていきませんと」
今でも頻繁に視線を感じるので正直勘弁……というか。
「私、夫にされてる!? もしかして直前に見たアレも現実!?」
「まあ! ソララ様ったらあと二年ほどお気持ちが早いですわ」
「二年後私たちが結婚することは確定なの!?」
「その予定ですわ。人生設計は完璧ですの」
私了承してないよ!?
不確定要素しかなくない? その人生設計?
「ふふふっ。そうですの、人生設計は完璧ですのよ」
仰向けの私の視界の先で、リナリスの鋭い目つきが優しく映る。
美人な悪役令嬢は、私と居る時にいつも温かい表情をしてくれる。
……原作では決して見せなかった彼女のその顔が、実は好きだ。
「今ワタクシのことを一つ好きになってくれましたでしょう?」
「怖っ! やっぱりこの悪役令嬢怖いよ!」
心読まれた!?
あ、私が分かりやすいだけなのか。
「ふふ。ワタクシは怖い悪役令嬢ですのよ」
彼女は真っすぐから整った顔を向けてきて、私たちは見つめ合う。
「そして──」
真っ赤に光沢を放つ、リナリスの唇から何故だか目が逸らせない。
「あなた様に好きになってもらうため、日々女を磨いていますの。
ですから、絶対に好きになってもらいますわよ?」
「──覚悟していてくださいましね、ソララ様?」
穏やかに微笑む悪役令嬢は、見たこともないくらい美しくて。
私は遠くない日、彼女に墜ちると、そう確信してしまうのだ──。
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