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第一章『世界に生まれた最後の子』
【3】若い鏡子
しおりを挟む「つまり二十年後の未来からやって来た、須藤さんの娘さんというわけですか?」
「端的にまとめるとそうなりますね」
バーカウンターの丸椅子に並び腰かけ、半眼の鏡子に、この世界に到着してからのあらましを説明する。
冷静となった今、注視して見れば、鏡子の肌に化粧品の類が使われていないことは、明白とまでは言わないが分かる。
容姿はともかく、私の知る鏡子は年相応にファンデーションを塗っていたので肌トーンが僅かに違った。
そして、その些細な違いが重要なのだろう。
いつだったか『化粧をしなくても鏡子は美人ですよ』と心の母に伝えた折、曖昧な笑みで返されたことがある。
回答されなかった理由を今になって理解できたのかもしれない。
要するに、私は今も昔もデリカシーに欠けていたのだ。
「はぁ……三十点。お話になりません。その作り話、設定からやり直してきてください」
「鏡子が辛口です。三十点だと赤点になってしまいます」
当然ではあるが、作り話扱いされてしまった。
仕方のないことではある。
私であっても、初対面で知己を名乗るの謎の人物から『未来からやって来ました。あなたの友人の娘です!』と言われたなら困惑しか覚えないだろう。
きっかけは肌年齢だったけれど、今の台詞や私に向けられる感情から、隣席の彼女は私の知る鏡子と別人である、と私はひとまず受け入れていた。ひと時でも受け入れてしまえば動揺はすぐに収まる。
幸いにして彼女の服装は、黄色ニットカーディガンにひざ下丈のスカートといった装いで、私の知る鏡子よりもファンシー傾倒だった。そのため、シルエットだけでも二人の鏡子の脳内区別はし易いのである。
「当然です。赤点にしましたから」
そして、得意げに胸を張るこの仕草も、記憶の中の鏡子には存在していない身振りの一つだった。
ある種の完成形を見続けてきた私だからこそ感じてしまうギャップであるが、動作の残り香に元の世界の鏡子を感じる場面もあり、二人は決して無関係な存在でもないことを示している。
結局のところ、私の知らない若い鏡子がここに居る理由を求めれば、この世界に元から存在している鏡子だと思うのが一番手っ取り早い。ちょうど二十年前であれば鏡子は私と同い年のはずであった。
相対世界の定義からすれば同一人物が居たとしてもおかしくない。
これらが成り立つ状況に直面し、私はようやく、二十年も昔の時代に居るのだと噛み砕くことができていた。新聞という動かぬ証拠があったとしても、自分自身ずっと納得に至れていなかったのだ。
「零点じゃない辺り、辛口なんだか甘口なんだか分かったもんじゃねえな」
カウンターの向こうでドッシリ座し、楽し気に私たちを眺めている白髪の男性──もとい、三和スミスさん。
私の興奮が収まった時分において軽く自己紹介をいただいていた。
瞳の色が青に近いとは思っていたが、海外の血が入っているとのこと。鏡子のくすんだ金髪のルーツは血脈にあったらしい。濃い金色が鈍く輝く、髪色が私は大好きだった。
そんな大好きな鏡子の祖父であるスミス氏だが、今のように穏やかにしていると、ホッホッと笑っているサンタクロースそっくりである。髭の長さが足りていないのと、和風な着流しとエプロンの衣装でイメージが崩れてしまうのはご愛嬌。
「何か言いましたか、おじいちゃん?」
「いや、なんでもねえよ」
鏡子の笑っていない笑顔をサラッと流した辺り、彼の胆力は素晴らしいものがある。
私だったら、その笑顔を浮かべられた段階で『ごめんなさい!』と謝ってしまっていたことだろう。
幼い頃からの刷り込みというものは恐ろしい。
「まったく、ウチのおじいちゃんはすぐに人の話を信じてしまうのでダメダメです。もう少し警戒心を持たないと世の中やっていけませんよ?」
「ははっ、中学生未満に説教されてらぁ」
「なんで他人事!? おじいちゃんに言ったんですよ! あと中学生未満って何ですか!?」
……正直な話をしてしまうと、私以外に親愛を見せている鏡子の姿は初めてで、モヤッとしたものを胸に抱いてしまう。
情の全てを注いでもらっていたと言っても過言でないくらいに、私自身、心の母から愛されていた自覚があった。
だから、これは大人になりきれていない私の、ほのかな嫉妬。
鏡子の親族にそんな感情を抱くこと自体おかしいし、恩人に向けるには見苦しさが過ぎることは自覚している。だから、会話を聞きながら黙って私は思考を巡らせた。
穏便に二人の間へ入り込むことのできそうな話題が幸い見つかる。
「それにしても、まさか鏡子のおじい様だったとは想像もしていませんでした」
「その呼び方だと流石にくすぐったいな。できれば、じいさんかおやじ、店主あたりで呼んでもらえると助かる。本名で呼ぶ奴はあまりいないが、まあ何だったらスミスでもいいぜ?」
郷に入れば郷に従え。
消極的な提案の後者は候補に入れないとしても、無難かつ私が呼びやすい彼の名を選ぶとしたら一択だろう。
今更過ぎる確信だが、ここはお店で、彼は経営者兼従業員で間違いないようだ。
「では、店主さんとお呼びしますね。……あの、もしかして、鏡子のおじい様なら私のおじい様も同然なのではないでしょうか? やはりおじい様とお呼びいたしましょうか?」
冗談めかした口調で「それはやめてくれ」と拒否する店主さんとは対照的に、呆れた口調で鏡子がため息を吐く。
「まだその設定を引っ張るんですか? あんまりおじいちゃんを詐欺らないでくださいよ」
詐欺を行うつもりは一切ないけれど、鏡子から向けられる視線がずっと半眼のままで、設定だと言われ続けるのも中々に切ないものがある。中二病という言葉が一般に浸透し過ぎた影響だと思うのだが、設定という単語にはイコール羞恥の偏見があった。
「詐欺って、鏡子お前さんなぁ。……てか、いい加減話が進まねえな。なあ、嬢ちゃん、この頑固なチビ助にさっきの携帯電話を見せてやってくれないか? こいつを納得させねえとチャチャが延々入るから、あの携帯で証拠を示してやってくれや」
なるほど、と思う。
良くも悪くも私の知る鏡子の一言一句は会話の流れを作り上げてしまう。こちらの鏡子も同様の気質なのだろう。
一時的にでも私に対する不信を取り除かない限り、店主さんとゆっくり会話をすることは叶わなそうだ。
彼に私の事情を説明すると約束したのだから、私は果たさなければならない。
店主さんの提案通りケータイを鏡子に見せようとして、テーブル上にはないことに気付く。
個人情報の塊は基本身に着けておく常識から、習慣でいつの間にか仕舞っていたらしい。慣れた動作で、手のひらサイズのスマホをスカートポケットから取り出した。
服もだが、このケータイも元の世界の鏡子が機能性第一主義の私に合わせて見繕ってくれたものなのだ。
若いほうの鏡子に、現行機からは少しだけ古い端末の画面を提示する。
「鏡、ですか? コンパクトなんて女の子なら誰でも……って! 何ですかコレ!? すっごくキレイな……画面……?」
スリープモードを解除すると、時計は十六時を回っていた。
店主さんと同じ反応だった辺り、やはり二人は血縁なのだと思う。
技術の格差からか、目前の長方形は一目でディスプレイだと認識し辛い様子である。
「液晶画面で正解です。これは私の居た世界の、未来の携帯電話になります。こちらの写真を見てもらえますか? 鏡子とのツーショットです」
スッスッとスマホを操作して、画像ビューアで一番古い写真を表示する。
私が五歳当時のもので、庭先で撮ってもらった写真のはずだ。
満面笑顔の幼い私と、頭一つ高い鏡子が微笑んで写っている。鏡子がまだ私よりも背の高い時代だった。
「え、写真!? なんでコレに!? というかここに写っているのって……あたしじゃないですか!? ……そっくりさん、とか?」
スマートフォン自体に驚愕していた鏡子は、せわしなく、自身の写った画像にも困惑を見せる。
先の店主さんの反応から知っていたけれど、鏡子の反応で、このケータイが”今”の技術ではありえない品なのだと改めて確認できた。
そして、充電器を肌身離さず身に着けていた旅立ち前の私の『念入り』に感謝する。多分、この世界には互換性に優れたマイクロな接続端子すらまだ存在していない。
「確かに鏡子だが……随分と落ち着きがあるように見えるな、こっちの写真は」
しげしげとバーカウンター越しから覗き込んでくる店主さん。
比較的小さい画面のはずなのだが問題なく視認できているようなので、噂に聞く老眼とは無縁なのかもしれない。
彼の瞳が輝いているように見えるのは、やはり未来の技術に興味があるからだろう。あと、自身の孫娘の姿にも、だろうか?
「失礼な! あたしはいつも落ち着きがありますよ!」
残念ながら、こちらの鏡子は今の台詞のイメージで定着してきているのだが、発言内容自体は賛同である。
「そうですね。私の知っている鏡子も写真の雰囲気そのままで、常に落ち着き払っていました。もっとも、三十代という年齢を考えれば年相応なのかもしれません。この写真自体は二十代後半のものですが」
「……は? 三十代?」
「ちょっと待ってください。だ、誰が三十代ですって!?」
あれ? おかしなことを言ってしまっただろうか?
と、一瞬思ったが、考えてみれば鏡子の容姿で三十代は元の世界でも七不思議に数えられそうな神秘である。
慣れ過ぎていたけれど、ケータイの中で笑んでいる彼女はどう曲解しても十代の少女の姿だ。
「か、仮にこれがアタシだとしたら……全く成長していないじゃないですか!?」
嫌ですよー! と鏡子が涙目になったので、すかさずフォローへ回る。
「いえ、肌年齢が大分違っていましたから成長しているはずです」
「嬉しくない! それただの老化ですから!」
褒めたつもりだったのだが、女心はとても難しい。
私の実母も同性の気質に明るい人ではなかったので、おそらく遺伝だ。そういうことにしてある。
正直、他に遺伝させてもらいたかったことはたくさんあるのに、どうしてこんな部分だけが……と、しみじみ思わなくもない。
「妖怪にでもなっちまったんじゃねえのかウチの鏡子は? で、他に写真はあるのかい?」
お孫さんの見知らぬ写真をもっと見たかったのか、店主さんの声が期待に弾む。
何となく心情を察することができて、鏡子を愛でる会に所属する私は、嫉妬なんて投げ捨てて、彼の賛同者と化した。
要するに、私も店主さんも鏡子のことが大好きなのだ。好きの方向性が店主さんも同一ならば私たちは同士だ! 一方的に解釈した。
ご機嫌となった私は、張り切って写真をスライドしていく。
「はい、このように色々ありますよ」
スワイプでサクサク写真を切り替え見せていった。
日付け順で並んでいるため、少しずつ成長している私の姿も見て取れる。
反面、鏡子はいつでも若い。可愛い。──変わらず美人ですよ鏡子!
私のテンションが更に上がる。
店主さんも同じ心地のようで、感銘に似たため息が洩れた。
「ほう……大体嬢ちゃんと鏡子が写っているな」
私のスマホの内部フォルダは基本鏡子写真集である。
そもそも、諸事情があって、気軽に撮影できる相手が鏡子しか居なかった。終末世界も大変なのである。
「何でメイド服!? アタシに似た人にいったい何が起きたんですか!?」
「私の世界の鏡子はメイドっぽい仕事もしていましたよ?」
写っているのは、コスプレでなく、暗色服に白エプロンの昔ながらのメイドさん姿である。ちなみに私も同じデザインのものを所有している。
この辺りから続く写真は鏡子の仕事姿を写したものだった。
脚立に上って窓を磨き上げている画像にちょうど触れる。
高い脚立にあの小さな身体がスイスイ登っていく光景は、素人目にも熟練を感じさせたものだ。
「メイドっぽいってところが何となく鏡子らしいな。……で、どうだ鏡子? ちょっとは嬢ちゃんの話を信じる気にはなったかい?」
「……アタシのそっくりさんで通る話じゃないですか」
「はぁ、頑固だねぇ」
そっぽを向いてしまった鏡子に、店主さんが肩をすくめる。
私としては未来から来たことを、絶対に、鏡子に信じてもらう必要があるわけではない。しかしながら、別の世界の鏡子であっても、彼女には私の近しい人で居て欲しいという願いがあった。
ビューアを閉じて、別のアプリを立ち上げる。
「動画もありますが、見ますか?」
「ほぅ、その携帯電話は動画も撮れんのかい。流石は未来だな」
店主さんがしきりに感心している。鏡子はそっぽを向いたままだ。
彼女の目線がこちらに向いていないことは分かっていたけれど、画面をタッチしてさっさと動画を再生する。
『きょーこ! きょーこ! いぬさん、いぬさんがいるよー!』
『首輪をしていますね。どこからか逃げてきたのかもしれません』
『わたしねー、いぬさんに今名前をつけたの。ぽち! ぽちがいいなー!』
『ふふっ、親子ですね。せんぱいと同じ名づけ方をしていますよ、お嬢様?』
一分程度のショートムービーはやわらかに笑う鏡子の姿で幕を閉じる。
どうやらこちらの鏡子も興味は抱いてくれたようで、音声が流れた辺りから視線は私の手に釘付けとなっていた。視覚と聴覚で自分と同じ容姿の人物を認識するのはそれなりに衝撃だったらしく、ポカーンと小さな口をあけている。
「保存している動画の中では一番古いものになります」
「最新のビデオカメラよりも画質が良いじゃねえか。こんなにちっこいのにほんと大した技術だよ」
私と店主さんの反応は写真の時とさほど変わらない。
けれども、鏡子だけは唖然の表情から、明らかに困惑を深めていて、やがて動揺に転じた。
私に掴みかかる勢いで、彼女にしては──心の母のほうの鏡子基準では、珍しく声を荒げる。
「も、もしかしてとは思いましたけど! あなた……! せ、せんぱいの子供なんですか!?」
流石に掴みかかってくるような真似を鏡子はしない。
代わりに椅子から飛び降りて、右手で私をビシリと指差した。人差し指が小刻みに揺れていたので、動揺は見て取れる。
やはり『せんぱい』が効いたのだろう。効果的だということはよく知っていた。よく知っているとも。
「はい、そうですよ」
「あっさり認めましたし!?」
元から隠すつもりなどない。第一、事実である。
更に具体的に述べてしまおう。
「私は須藤紅と名無しの権兵衛の娘ですよ。一応」
「やっぱり須藤さんとせんぱいの……って、あれ? ななしのごんべえ?」
「その辺りはあまり気にしないでください」
名前など、どうでも良い。必要なのは個別認識できる名称のみ。そこに関心は不要だ。
「せんぱい? え? ななしのごんべえって誰?」と首を揺らしている鏡子の目はグルグルだ。
オーバーヒート気味に見える。
気遣いの意味で、放置が最善だろう。
未来とか友人の娘とか、SF染みた事柄を一気に聞かされたのだ、頭もパンクしてしまって当然である。そう考えると、店主さんの順応性は一種の才能に思えてくる。
「とりあえず鏡子はこれで納得したことにするとして……静かにもなったことだし、こっちはこっちで話を進めるかい?」
「そうですね。元々は店主さんに私の境遇と言いますか、事情を説明するお約束でここに置いてもらうことになっていたはずです。随分と話が脇に逸れてしまい、そして説明責任も果たさず長居をしてしまい、誠に申し訳ございません」
頭を下げて、動作の終わりで店主さんに目線を向ける。
彼は『参ったなあ』とでもいうように白髪の側頭部に右手を当てていた。
「そんなに畏まられてもこっちが困るさ。大体、ウチのチビ助が迷走させてしまったんだ、こっちこそすまなかったな。……ただ、おかげで嬢ちゃんの事情も何となく分かってきた部分もあるから、結果オーライなのかもしれねえが」
「そうかもしれません。私も若い鏡子に会えて精神的に落ち着くことができましたので、結果オーライ、それ以上です」
「まぁ、嬢ちゃんの最初は落ち着くどころの話じゃなかったがな」
「うっ……面目ありません」
店主さんのまなじりを下げた苦笑を受けて、カァッと私の頬が熱くなった。
鏡子登場時の自身の暴走っぷりを思い出してしまったのだ。
絶対にありえないと思っていた出会いに、いくら喜んでいたとしていても、礼節を欠いていた自身は恥でしかない。
『結果オーライ、それ以上です』とか言っていた一瞬前の私に手刀でも入れたい心地だった。
──うぅ、穴があったら入りたい心理とは、こういう状況をいうのですね……。
そんな我が身の錆びに恐縮していたところ、真後ろの扉が鈴の音と共にギィーと鈍い音を鳴らす。
つられて左方側から振り向くと、デジャヴを思わせる人影が店内に入ってくる。
しかしながら、鏡子とは正反対の長身で、男性の肉付きである。
来客のようだった。
「おっ、今日は鏡子ちゃんが居るな……っと!? マジか! まさかのお客さんだと!?」
グレーのカジュアル服に黒ジーンズ姿の男性が、銀縁眼鏡の向こうで瞳をギョッとさせ、口をあんぐりと開けている。
精悍な顔つきに見えるのに、何となく残念な第一印象だった。
「おい、良司。入ってきて早々、随分な物言いだな?」
「いや、オッサンの店に客が居ること自体珍しいだろうが。大抵は身内しか居ない店だろ? ここは」
店主さんが来客に追われたため、またも私の事情説明は始まる前に黙殺される。
無念ではあるけれど、見ず知らずの人に聞かせられる内容でもないので、口をつぐむしかない。
「あ、良司さんじゃないですか? いつもこの時間に来ますね? 暇なんですか?」
「いくら何でも俺だっていつもは来ていないさ。たまたま鏡子ちゃんが居る時に当たっているだけだって」
鏡子が我を取り戻したようで、お客さんと話をしている。
親しそうなやり取りから、男性客が常連であると推測された。
風貌は社会人か大学生くらいの青年なので、飲食スペース側の常連客と見た。
男子大学生が頻繁に雑貨屋へ通うはずはない、という私の勝手なイメージだ。
そんな風に観察することしかできない、一人取り残されている私だったので、隅の席に移動して気配を消しているべきか考えていたところ。
「なあ嬢ちゃん。こいつにも話を聞かせてやってくれないかい? これからのことを考えると、こいつ──良司っていうんだが、良司にも嬢ちゃんの事情を知っていてもらいたいとオレは思っている」
一瞬、目をぱちくりさせてしまった。予想外の提案だ。
良司という男性客は店主さんに余程信頼を置かれている人のようだ。
幾度も好々爺の姿を見せていた鏡子の祖父であるが、極めて理知的な人であることは既に察している。
そんな彼が、わざわざ事情を知ってもらったほうが良いと告げるのだ、もちろん私に反論はなかった。
もともと私は、店主さんからの義理を受けて、ここに留まることを許されている存在である。
鏡子との縁やここまで会話の積み重ねによって、場に馴染んでしまった錯覚を覚えてしまうが、その大前提を忘れてはならない。
「うげ……。オッサン……まさか厄介ごとかよ?」
「まあな」
男性客は苦い顔で辟易しているようだったが、店主さんは「お前さんが来てくれて手間が省けたぜ」とご機嫌の様子。
何となく二人の関係性が透けて見える会話である。
そして、店主さんは、ニヤリと私に笑むと。
「なあ、嬢ちゃん。嬢ちゃんの『戸籍』は当然必要だよな?」
と、極めて現実的かつ切実な話題へと移るのだった。
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