その宝石の名前はフレラルート

kio

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立候補者

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 五月の三週目。

 生徒会立候補期間、中間試験と続いた忙しい週も気付けばもう金曜日。

 五科目の試験を終えた開放感から、このまま帰宅したい気分だったけど、今日だけはそういうわけにもいかない。

 俺にとっての最重要イベント、生徒会選挙立候補者名簿の掲示がこれから行われる。いや、もうされているのか。

「ククク……我が友と争うことになる愚者の名を見に行くのもまた一興か」

「あら? 珍しく意見が合いましたわね? 愚かにも日加賀さんと争われるようなお人には、わたくしも大変興味がありましてよ?」

「ククッ、よもや小娘と意気投合する日が来ようとはな」

「ええ、わたくしも夢にも思っておりませんでしたわ、骸骨がいこつ騎士さん」

 普通に二年一組の教室に居るアランとラトファ嬢。
 最早つっこみを入れるのもヤボだろう。

 ──と言うか、君たち。実は仲良いよね?

 一階玄関前まで今すぐにでも走っていきそうな気配を二人から感じて、俺はあたたかい目で見守っておいた。

「おい、壱多教の教祖様。信者二人のギラギラした視線が怖いんだが」

「俺はいつ教祖なんかになったんだよ……」

 すばる揶揄やゆに肩をすくめる。

 教祖はともかく、「我が友、早くせよ!」とか「日加賀さん、お早くですわ!」と急かされていたことは事実なので、椅子を引き、腰を上げる。

「それじゃあ、対立候補の名前を見てくることにするよ」

「そうか。なら、下駄箱から人が居なくなったら是非とも教えてくれ。オレはそのタイミングで帰る」

「……昴なら、そう言うと思ったよ」

 興味なさ気な準幼馴染を教室に残して、死霊の王と侯爵令嬢と共に下の階へと向かう。

「日加賀壱多。こちらの階段は混雑していますので、奥の階段を使用することをお勧めしましょう」

 しれっと隣を歩いているのは偽の幼馴染こと日乃フレラ。
 さっきまで確かに居なかったはずなのに、気付けば普通に居た。

 アランの神出鬼没さとは質の違う、最初からそこに存在していたような違和感のなさが、逆に俺の中の違和感を強める。

「女神様のお導きなら従おうかな」

 ワザとらしい台詞を彼女に告げてみた。

 すると、

「め、女神とは何のことでしょうか日加賀壱多!? わ、私の名前はフレラルートでは決してなく、日乃フレラという名の地味な印象しかない女ですよ!?」

 ──いや……何と言うか……それ、自白だよね?

 アタフタと慌てている金髪の美少女。
 常の神秘的な雰囲気とは正反対の様子に、俺も反応に困り、曖昧な笑みを浮かべてしまう。

「なるほど、のう……」

「まさか……日乃さんもわたくしと同じ──」

 そして、意味深な台詞を呟く先導組のお二人。

「もしかして二人とも日乃の正体を知っていたりする──」

「正体とは何のことでしょうか? 日加賀壱多」

 日乃は涼しい顔で言葉を挿入してくる。
 俺の台詞に言葉を被せてきた辺り、まだ冷静ではないのかもしれない。

 そして、この場に居るのは、聡明なる王と演技達者なご令嬢だ。
 誤魔化したかっただろう日乃には残念だろうが、会話は続いてしまう。

「否。我が日乃フレラについて知っていることなど我が友には大きく劣る。……にしても、幼馴染とは実に甘美な響きよのう」

 あ、そうだった。
 アランは学園ものが大好きなイケメンだった。

 憂いた顔でホウとため息をつく金髪美丈夫は絵になるけど、考えていることは多分アニメのこととかだと思う。

「……日加賀さん。こういう時に人の正体を探りますと、悪いフラグが立ちますのよ。経験上、お勧めはいたしませんわ」 

 妙に実感こもった口調でラトファ嬢が俺を諭してくる。

 ……やっぱり、今回もこういう展開になるわけか。

 日乃がボロを出そうとも、今回のように会話を上手く誘導しようとも、日乃の正体が明かされることは決してない。今までもそうだった。

 ……いや、さっきの自白でほぼ確定のような気もするけど、本人は素知らぬ顔をしているので何を言ったところで否定されるのがオチだろう。

 例の『本当の名前』を見つけない以上、女神様が何故俺の幼馴染を語っているのか、その事情を知ることはできないのかもしれない。

 コクンと日乃が頷いたように見えて、今回も彼女の手のひらの上であることを実感させられた。

 そんな微妙な心理戦を繰り広げているうちに階段は下りきって、一階へと辿り着く。

「騒がしいですわね?」

「ククク……今回ばかりは皆気になるのだろうよ。何しろ、我らも同じ野次馬根性でここに居るわけだからのう」

 保健室を通り過ぎ、昇降口の広い踊り場に出ると──人の山だった。

「まるで漫画で見るようなお昼休みの購買ですわね」

 鷹泉の購買もお昼休みには賑わうが、漫画やアニメで見るほどの混み具合ではない。
 言われてみれば、今の混雑ぶりはフィクションの中で見る購買や学食のそれを連想させる。

「ラトファ嬢も漫画とか読むんだね?」

「れ、令嬢のたしなみですわよ!」

 なるほど。

 最近の日本文化でまず挙がるのがアニメや漫画だから、日本を学ぶ上で避けては通れない文化なのだろう。
 日本語を学ぶことができて娯楽も兼ねるので適切にさえ思える。
 案外アランの学園もの好きも、案外似たような経緯かもしれない。

「やあ、マイフレンド! どうやら生徒会選挙はボクとキミとの一騎打ちになるようだね」

 人混みの中でも目立つ金刺繍の白コートが俺の前にやって来る。
 そばかす茶髪こと、アルデヒ王子だった。

「ほう? 小物、貴様程度が生徒会選挙に立候補をしたのか?」

「ひぃっ!? あ、ああっ、アラントインンンンンッ!?」

 ブルブル震えて、サッと俺の身体を盾代わりに使うアルデヒ王子。
 あのエネルギー弾騒動はすっかり彼のトラウマになってしまっているようだった。

 死霊の王の姿も視界に入っていただろうに……視野狭窄きょうさくぶりは残念ながら健在のようだ。

 ただ、例の一件以来、鷹泉の校風に歩み寄ろうという努力は窺えるし、俺のことを友人と呼んでくれたりするので、憎めない後輩でもあった。

「こらこらアラン。威圧しない威圧しない」

 俺はドウドウと、怖い目をしたアランをなだめる。

 友人は鼻息を一つ。

「……ふん。我が友に免じて貴様程度の小物は、地面に転がる小石とでも思っておくことにしようぞ」

 中々ヒドイことを言ってはいたが、アルデヒ王子にとっては都合が良かったようで、俺の身体からいそいそと離れる。身の安全が確認できたらしい。

 そして、ビシッと俺に右人差し指を向けてくる。

「マイフレンドにはまた借りができたが、それとこれとはまた別の話さ! 今回の選挙で生徒会長の座はこのボク、アセド・アルデヒがとらせてもらう! マイフレンド相手でも手加減はしないからそのつもりでいてくれよ?」

 宣戦布告をされたっぽいが、今の今まで俺を盾にしていたので今一つ締まらないそばかす王子。

「……ん? 俺との一騎打ち? と言うことはもしかして、生徒会長の立候補者はアルデヒ王子だけ?」

「おいおいおいおい、マイフレンド! しっかりしてくれよー。今回の立候補者さえ把握していないのかい? どうやら今回の勝負はボクの勝ちで決まりのようだね!」

 茶髪をフサッとかきあげ、陶酔するように目を閉じる白コートの対立候補。

「いや、それを見に来たところなんだけどね」

 立候補者二人が揃ったからか、アルデヒ王子が騒いだからか、人混みは俺たちの周辺だけ綺麗に掃けていた。
 掲示板前に空きが出来たのでちょうど良いと言えばちょうど良い。

 興味津々のアランとラトファ嬢が、すかさず掲示板前までスススと進み、ラトファ嬢の動きがピタリと止まる。

 対照的にアランは「ほう」と感嘆していた。

 ……嫌な予感しかしないな。

「アルデヒ王子。立候補者って俺たち二人だけじゃないよね?」

「あと二人居るようだったけど、ボクとキミ以外はショセンロボウの石さ! ボクたちの一騎打ちで決まりだろう!」

 路傍の石には、道端に転がっている石という意味もあるけど、暗喩もあるわけで……。

 恐る恐る、俺はアランとラトファ嬢の間に顔を出した瞬間、息を呑む。

「……マジかよ……」と思わず呟いてしまったほどだ。

 掲示板には計四名の生徒会長立候補者の名前。

 一年一組アセド・アルデヒ。

 二年一組日加賀壱多。

 三年一組ロイド・ロングステ。

 そして──



「三年二組……佐久山、咲理」



 俺の知る限り最強の対立候補の名が、そこにはかかげられていた。






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