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リチルと願い
しおりを挟む「がーん! おねえさんショック! 今の若い子って『めんご』も『キサム城なう』も使わないの!?」
お城──キサム城というらしい──の入り口から場所を移動して、一階左手側の小部屋。
小部屋と言ってもラウンジ比較の話であって、広さは生徒会室の倍以上はある。
ラウンジ同様にアンティーク調の上等な内装だった。
ちなみに入って早々、うるし塗りの立派なテーブル席を勧められたが、リチルさんが座る気配を見せないので、やんわりお断りをしている。
「後者は聞いたことがありますが、とりあえず前者が今の流行りでないことだけは確かです」
ちなみに、めんごとはゴメンという意味らしい。
言われてみればボンヤリ分からなくもないが、確か死語扱いだった記憶がある。
「おねえさんの中に入っているデータ的には、流行の最先端だったんだけどなぁ……ぐっすん」
リチルさんの緑の羽耳がヘタリと下がる。
ノールさん違って表情もションボリしていたので、相まって感情がとても分かりやすい。
少し前までの凛とした雰囲気とのギャップも凄かった。……考えてみれば、アランも似たようなギャップの持ち主だったか。
「リチルさんには色々お訊ねしたいことがありますが、ひとまずは、今述べられました『データ』についてお聞きしたほうが良さそうですね」
未だに客人扱いしてくれているリチルさんゆえに、ある程度の事情は察しているものとして話を進めていく。
口調はフランクだが、洞察力が極めて高い人だと数度の会話で判断していた。
「およよ? イチタくんがおねえさんを慰めてくれないよ~悲しいわん……という冗談は一旦置いておきましょう。データについてでございますね?」
目前の羽耳メイドさんは、茶目っ気ある朗らかな女性の雰囲気から、凛とした雰囲気の側仕え長へと再度の変貌を遂げていた。
「……何と言うか、いきなり口調が変わると二回目でもビックリしますね」
「あ、やっぱりこっちのおねえさんのほうがイケてる? メッチャイケてる系?」
快活さのオンオフは自由自在らしい。
「どちらの口調のリチルさんも素敵だと思いますよ。データの話に戻りますが、トラネ公国とはもしかして、日本の未来軸に存在する世界なのでしょうか?」
過去に流行していた日本の言葉をリチルさんは知っていた。
思い当たる可能性としては三つ。
偶然か、後天か、先天──現代日本が過去である世界に住んでいるか、である。
ファンタジーだと思っていたF世界がSFの世界観だった、というパターンは意外に多いのだ。
俺の問い掛けに、リチルさんは口角を上げ。
「サラリと褒めるとはやるねーイチタくん! 若干社交辞令っぽかったけどおねえさん、それでも嬉しいわん。でも、後半はちょっとだけハズレだよん。──トラネ公国は中世西欧の外観に、魔法という概念の加わった地球とは別の世界とお考えくださいませ。イチタ様が今ご想像されましたように、西暦二二〇〇年の世界からトラネ公国へ転移を果たした魔導人形が私でございます」
俺の顔色から思考を読まれた感じかな?
リチルさんが地球と発言した辺りでピンとくるものがあったのだ。
……当たり前のように異世界転移体験談が挟まれていた気もするが、日本に数千の異世界が出現している現状を考えれば些細な話かもしれない。
「流石に西暦二二〇〇年は想定していませんでしたよ。ただ、お二人の外見の一致性から薄々察している部分もありました。リチルさんは魔導人形世界のF世界……うちの高校のルチ・ノールさんと同郷の方だったのですね?」
有能メイドの表情で彼女は静かに頷く。
「同モデルの魔導人形であれば容姿は同一となります。魔導人形RLモデルは意図的に人と差別化された容姿規格のため、他生命体と偶然一致の可能性は極小でございます。したがって、九割以上の確率において、私とルチ・ノールは同郷のモノでございましょう」
ほぼ肯定されたものと考えて良いだろう。
そもそもの話、ノールさんも自身のことを魔導人形だと称していたのだ。
二人は同じ世界か似通った世界の出身で間違いない。
前提は満たされたので、この会話の発端となった単語に話題を戻す。
「納得しました。つまり、リチルさんが仰っていたデータという単語は俺の把握している意味と同じであり、リチルさんの人工知能……で適切かは分かりませんが記憶領域に当たるものの中には、過去の日本のデータがインプットされていた──という解釈で合っていますか?」
二百年前のデータから参照しているのだから、流行の最先端にズレがあるのも当然のこと。実際の世でも流行語は一年ズレるだけで死語になりうる。
そんな日本の過去のデータがリチルさんの中に埋め込まれている、という解釈だ。
「ご名答でございます。魔導人形を称しておりましても、私は科学技術によって全てを作成されております。製作者は科学技術の結晶を、人の英知を、魔導と呼び魔導人形と名付けたのです。……しかしながら、皮肉なことでございますが、私は後天的に本物の魔導をこの機械に宿してしまいました」
なるほど、話が繋がってきた感触がある。
……繋がり過ぎて気味が悪いくらいだった。
「リチルさんは魔導、魔力を身体に宿してしまったゆえに、トラネ公国から離れることが叶わなくなってしまったのですね?」
貴族の、しかも侯爵の令嬢であるなら、ボディーガードの一人や二人をF生徒に紛れ込ませていてもおかしくない。
しかし実際には、トラネ公国からのF生徒はラトファ嬢一人のみである。これに関してだけは調査済みだ。
そこにやむを得ない理由が存在しているのは明白だった。
「左様でございます。魔導人形は身体を環境に適応させる特性を持っております。そして、私の身体は魔法存在するトラネ公国に最適化されました。結果、電力が不要の機械となりましたが、代替として、土地の魔力が動作上必須となってしまったのです」
だからこそ、リチルさんはラトファ嬢と一緒に鷹泉高校へ通うことが叶わなかった。
側仕えと呼ばれる従者が当たり前に存在している世界の侯爵令嬢が、学校でも側仕え、リチルさんを求めてしまうのは自然な流れだろう。
通常であればリチルさんの代理をトラネ公国の者から出すのだろうが、おそらくは──。
背景が見えてくれば、ノールさんへの辛辣な態度にも説明はつく。
リチルさんという理想を間近で目にしているからこそ、彼女と同じ外見で中身の全く違うノールさんに、彼女は苛立ちを覚え、出来損ないの魔導人形と称したのだ。
それらの推測を一通り、リチルさんに伝えてみた。
「……うん、多分イチタくんの想像で合っていると思う。……お嬢様……そこまでお気に病まれて……いえ、それでも過ちに変わりはありません」
深刻な表情で、リチルさんは独り言のように呟く。
やがて何かを決意したのか、真剣を宿した瞳が俺を真っすぐに見つめてくる。
「出会って間もないイチタくんにこんなことを頼むのは、筋違いだっておねえさんも思うのだけど、それでも──それでも、どうかお願いいたします。イチタ様、お嬢様をどうかお救いくださいませ……!」
最敬礼よりも更に深く彼女は頭を下げた。
言葉と動作は願い乞うもので、リチルさんは自身の主をどこまでも想っている。
伝わってきた懇願が、必至さが、いい加減な返答を俺に許さなかった。
──心は最初から決まっていたさ。ラトファ嬢の事情を知るために俺はここに居るのだから。
「安請け合いはできませんが、俺はノールさんを守ると誓い、ラトファ嬢の事情も知りたいと願いここに来ました。何より、ラトファ嬢は鷹泉の生徒ですからね……俺の手の届く範囲であるなら、喜んで協力させてもらいますよ」
理想論ではあるのだろうが、手の届く範囲の人は可能な限り助けたい。
それが日加賀壱多の信念。
「……ありがとう、ございます、イチタ様……。……ようやく……ようやく……現れてくださったのですね……」
頭は深々と下げられていて、リチルさんの表情を窺うことはできない。
けれど、こぼれ落ちる水滴が彼女の本心を物語っているように思えた。
◇◇◇◇◇
リチルさんにはクスリと笑われてしまったが、あの後、俺は彼女から側仕えとしての最低限の作法を教えてもらっていた。
トラネ公国を訪れた建前が、ラトファ嬢の奴隷だったり側仕えになるためなので俺にとっては必須なことである。
それに、明日、リチルさんの願いに応えるため、キサム城の主でありラトファ嬢の実父であるキサム侯爵との面会予定になっている。
隣接する鷹泉町の住人として、鷹泉高校の代表として、無作法を晒すわけにはいかないのだ。
一通りの作法を何とか覚えた俺は、夕食を済ませ、与えられた客室で入浴を済ませたばかりだった。ラトファ嬢とあれから顔を合わせることはなかった。
髪をドライヤーで乾かし、身支度を整え、手前側のダブルベッドに腰かける。
──日本との国交自体は上手くいっているようではあるんだよな……。
浴室は日本式だったし、ドライヤーも日本製、この二つ設置されているベッドだって同様だろう。
おそらくは日本からの来客のために、客室の備品はトラネ公国のものを極力控え目にしているのだろう。少しでもリラックスできるようにという配慮を感じさせる。
その結果、高級ビジネスホテルのような一室となっているのがこの客室だった。
──リチルさんは最初から協力的で、明日にはラトファ嬢の問題の肝だろう侯爵との面会も叶う、か……。
改めて今日一日の出来事を整理していく。
どう考えても出来過ぎな流れが、後半、トラネ公国内の出来事に偏っていた。
これほどの順調さに違和を覚えないほど俺はお気楽な性格をしていない。
だから。
「このトントン拍子は物語の神様の助力かな?」
「──何のことでしょうか? 日加賀壱多?」
当たり前のように、ベッドの横には日乃が腰かけていた。
一瞬前までは存在していなかった少女が、確かな温もりを帯びて隣に存在している。
これでただの幼馴染だと主張するのは流石に無理がないだろうか?
思えば、トラネ公国に入ってからだ。
あの女神様、物語の神フレラルートの名前を思い出したのは。
常日頃、有耶無耶に、曖昧にされてきたことが、この場所を訪れてからはっきりとした輪郭を描いている。
それは、ここが始まりの場所だったからか、それとも女神様の力が制限される場所なのか。
理由は分からないが、隣の輝く金髪美少女に訊ねればその瞬間、全てが曖昧になってしまうという予感があった。確信と言っても良い。
藪を突けば、この美少女は黒髪のどこにでも居そうな少女に化けてしまうだろう。
多分、これは神の気まぐれで、今だけ許された絶好の機会。
したがって、『これくらいは許されるだろうか?』の範囲で俺は独り言を言った。
「これは独り言だけど……真実を知りたい場合はどうすれば良いのか、たまに悩むことがあってね」
互いに視線は合わさず、目の前の白い壁を眺める。
沈黙。
沈黙だけが静かに続いた。
やはり答えは返ってこないか、と諦めかけたその時。
「──望むのなら、本当の名前を見つけることです」
穏やかな美声が、ささやきに関わらず、はっきりと聞こえた。
「本当の名前?」
「何か言いましたか? 日加賀壱多?」
あからさまに聞こえないフリをした様子から、ヒントはここまでらしい。
そして、彼女と視線が合った瞬間、幼馴染は地味な黒髪少女へと姿を変えていた。
……さて、この記憶もどこまで覚えていられるものか。
それでも、幼馴染の気まぐれには感謝しないといけないだろう。
「いや、何でもない。……それと、ありがとう」
「……よく分かりませんが、どういたしまして、と返しておきましょうか。日加賀壱多」
用件は済んだとばかりに、黒髪の幼馴染の気配が徐々に薄くなっていく。
こうして目に映っているというのに奇妙な感覚だ。
ならば、彼女が消える前に。
「なぁ、日乃。生徒会長が居ない間のフォローを、副会長にお願いしたいのだけどお願いできるだろうか?」
「それが生徒会副会長の役割だというのであれば、引き受けましょう」
「ありがとう、助かるよ」
「どういたしまして、日加賀壱多。──では、良い夜を」
スッと、瞬きする間もなく幼馴染は姿を消した。
跡形も温もりもなくなっていて、まるで夢の出来事のように思えてくる。
けれど、俺は実際に彼女と会話したことを未だ覚えていて、大きな指針も得ていた。
本当の名前の意味するところを探しに早速動き出したいところだったが、まずは目の前の問題を片づけてからだ。
──さぁ、明日は忙しくなる。
明日に備えて、俺は少し早めの眠りにつくのだった。
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