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あなたに自信を授けましょう
しおりを挟む「あなたに自信を授けましょう」
何もない白い空間に一柱、女神様の綺麗な声が響く。
「日加賀壱多。あなたの信じ続ける心、私に届いていましたよ」
何もなかったはずの空間に、僕の記憶が幼い頃から順に流れていく。
走馬燈のようなその光景の全てで、僕は手を合わせ、神棚に祈っていた。
お婆ちゃんは教えてくれたのだ。
祈り続ければ、神様はいつか願いを叶えてくれると。
「『家族が幸せでありますように』それが日加賀壱多の願いでしたね。ですが、私の力及ばずあなたの願いを叶えることはできませんでした。これは、その補てん、その代わりだと捉えてもらって構いません」
僕は女神様に訊ねようとした。
けれど、女神様と走馬燈しか存在しない世界なので、声を出すことすらできない。
「そして、可能であれば私の授ける自信をもって、これからの物語に抗ってください。……ああ、もう時間はありませんね。──物語を司る神フレラルートが日加賀壱多に、己を信ずる心を授けます」
女神様がほのかに光ったかと思うと、同時に心が熱くなった。
何もない空間で僕は視覚しか存在しないはずなのに、あたたかく、熱く感じている。
「さぁ、お行きなさい。あなたに授けた力が、あなたの真となる日を私は願っていますよ」
──ここまでが、俺の覚えている泡沫の夢の全てだった。
◇◇◇◇◇
「教頭先生。生徒会の権限を上げることはできませんか?」
「ほう? 日加賀君は生徒会に強大な権力を求めているのかね?」
机上で教頭の右目がギラリと光る。
校長室で年中不在の校長先生の代わりを務めているのが、この小太りのおじさんだ。
こうして一対一で話すのは初めてだが、視線のプレッシャーを感じて直立背筋を正す。
「強大な権力とまでは言いませんよ。ご存知のように、鷹泉高校はF世界の生徒の受け入れを行っています。しかし、既存の校則はF世界の生徒に適したものでは決してありません。せめて、先日のトラネ公国侯爵令嬢の一件程度には対応できる自治権を、生徒会に与えて欲しいのです」
「ふむ。権力ある生徒会はロマンだからねぇ……君の気持ちはよく分かっているつもりだよ。うんうん!」
両手を口の前で組んだポーズから、いきなりの破顔一笑。
……さっきまでのシリアス顔は何だったのだろうか?
思わず膝から力が抜けてしまいそうになったが耐える。
「話の論点がズレている気もしますが、つまり、ご賛同いただけると考えてよろしいのですか?」
「そうだねえ……私の果たせなかった夢を日加賀君、君に託そうじゃないか! 校長との連名で生徒会に強大な権力を与えよう!」
「ですから強大な権力とまでは……いえ、生徒会の権限を上げていただけるならそれで構いません。では、生徒会の要望の詳細となりますが──」
生徒会会議でまとめた内容を伝える。
「うむ? その程度で良いのかね? 生徒会の要望は全て通すつもりであるが……まさか!? そういうことなのかね日加賀君! 生徒会だけが突出していては風紀委員や新聞部の存在感がなくなってしまう! それを危惧して最低限としたのだね!?」
「そんな危惧は一切抱いておりません」
即答する。が、教頭の勢いは衰えず、むしろ熱量が増したまであると思う。
「うむうむ! みなまで言わずもがな分かっているとも。学園ものの定番である他の委員会や部活動のきらめきも生徒会には必須だからね! 君のその知略に私も乗らせてもらおう。いやー実に面白いよ日加賀君! 君のおかげで私の若い頃からの夢が大いにたぎってくるねぇー! これから忙しくなりそうで腕がなる──!」
一人盛り上がっている教頭を校長室に残して、会釈と共に俺は退室する。
──この学校は大丈夫なのだろうか?
いや……と二階廊下を歩きながら思い直す。
突飛なトップだったからこそ、F世界の生徒受け入れという極めてリスク高いテストケースに名乗り出ることができたのだろう。
F世界──異世界の生徒の受け入れは全国で例が無く、鷹泉も今年が初年度。
正直な話、受け入れからまだひと月ほどしか経っていないのに、日々問題が頻出しているのが現状だった。先ほどの直談判の理由である。
思い返してみれば……あの日から全てが始まったのだ。
──五年前、数千を超える異世界が、突如として日本国内に出現した。
『日本の無人島と廃村全てがF世界と入れ替わった』と言い換えても良い。
F世界のFとはファンタジー、不思議、フィクションなどの頭文字。
一つ一つの土地面積は然程広くないが、『そういった異世界』が普通に点在しているのが現在の日本だった。
実際、廃村だった隣町も、トラネ公国と呼ばれる貴族制の西洋ファンタジー世界に変貌を遂げている。
入れ替わった瞬間のあの光景は、今でも俺の目に焼き付いて放れない。
あんなことがあった直後なので当然と言えば当然のことだろう。
そんな風に当時のことを振り返りながら歩いていると、
──ふわり、リンゴに似たカモミールの香りがした。
噂をすれば影。
「日加賀さん、ごきげんようですわ」
「ああ、ラトファ嬢か。お疲れ様」
生徒会室の手前廊下で侯爵令嬢と鉢合わせになる。
腰まで届く白銀ロングヘアは相変わらず手入れが行き届いており、女子高生としては極めて珍しい足首まで隠している青スカートも、他のF世界の生徒よろしくオーダーメイド。歴史ある西洋貴族のシンプルなドレスを思わせる。
まさに絵に描いたようなファンタジー世界の令嬢が目前に存在していた。
「あら? わたくしの御髪を賞賛されてもよろしくてよ?」
一瞬向けただけの視線の先に、どうやら気付かれていたようだ。
爵位ある貴族の娘に生まれれば、その注意力も長けてしまうものらしい。
「相変わらず手入れが行き届いた綺麗な髪だと思ったよ。これでは賞賛にならないかな?」
「貴族として最低限の身だしなみを褒められてもあまり嬉しくありませんわね。……ですが、まあよろしくてよ」
口調は不満げだが、表情は明るい。
ツリ目も僅かに下がっているので、満更でもなさそうだ。
「それはそれは恐悦至極に存じます、お嬢様。……冗談はともかくラトファ嬢、今日はもちろん悪いことなんてしていないよな?」
「……まったく、意地悪ですわね。わたくしも反省しましたのよ?」
器用にも上品の範囲内で頬を膨らませるご令嬢。
「それは失礼。初対面が初対面だったからね、俺の中ではどうしてもあなたに悪役のイメージがまだついてまわるらしい」
「日加賀さんは正直過ぎてわたくしの耳が痛いですわね。ですが、いずれ払拭して見せますわよ、そのような印象など」
ふふーん、とラトファ嬢が胸を張る。
自信あふれたその姿勢は、素直に好感が持てた。
「期待しているよ」
「ええ、そうしてくださいな。では、ごきげんようですわ」
「ああ、また明日。そうそう、車にひかれないように気を付けてな」
F世界出身者は妙に交通事故に遭いやすいという統計がある。
親切心だったのだが、彼女は違う意味で受け取ってしまったようで。
「わたくしは子供ではありませんのよ! ……もう、日加賀さんは本当に意地悪ですわね」
再度頬を膨らませて、それでも優雅な足取りで侯爵令嬢は去って行く。
出会った当初はあれだけ険悪だったのに随分と仲良くなったものだ、と我ながら思う。
──これも、女神様から授かった自信のおかげなんだろうな。
生徒会長になれたことも、教頭に直訴できたことも、令嬢相手に仲裁叶ったことも、全て昔の自分では実現できなかったことばかり。
だから、感謝と願いを込めて、今日も心の中であの女神様に祈りを捧げる。
『俺に自信を授けて下さりありがとうございます。そして、願わくは、俺の近しい人、その全てが幸せでありますように』
昔よりも欲張りに、俺はそう願うのだった。
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