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2.妹との再会は夢のように
しおりを挟む世間で加賀峰の名を挙げれば、真っ先に浮かぶのが模型のカガミネである。
模型玩具製造販売会社の最大手で、その金型精度は世界でもトップクラス。
同時に、模型で使用されているプラスチック技術の発展に力を入れており、三年前から自社製品で導入している次世代プラスチック『タービュランス』は、従来品で生じていた環境被害を一割以下まで抑えることに成功していた。
「うーん……サーシャの顔ってこんな感じだったっけかなぁ……?」
そんな次代の風雲児、カガミヤの社長令嬢であるところの私は、自室の机で頭をひねっていた。
右手には面相筆、左手には女の子のプラモデル。
うん、出来は悪くない。むしろ上出来の部類。
だけど、似ているか今一つ自信がない。
「最低でも十五年は経っているからなぁ……記憶が薄くなっても仕方ないけど、それはそれで切ないなぁ……」
模型屋の娘であるので、プラモデル作りは昔からそこそこ得意だった私。
現在、擬似姫様シリーズ番号01『アス』という女の子型プラモデルを改造している最中だった。
ちなみに『疑似姫様』のシリーズは小型ドール──小さな着せ替え人形の面もあって、関節が気持ち悪いくらい良く動くお人形として、女性ユーザーからも結構人気があるのだ。
アニメ版の疑似姫様が中性嗜好のシナリオだったこともあり、着せ替え人形の素体としての需要がやがて金山へと化けるのだが……カガミネの経営戦略の話はまぁいっか。
人形の命である顔パーツの瞳に、利き手の筆でハイライトをちょんちょん。
経験が活きて思い通りの場所に白い点が刻まれた。でも、ドットペンのほうが楽だったかも。
「……ふぅ。とりあえずは完成かな?」
サーシャを模した改造プラモデルのいっちょ上がりである。
筆を入れたばかりのフェイスパーツには触れないようにして、机の上のカッティングマットへと自作サーシャを立たせてみる。
結構容易に自立してくれた。
「髪パーツを重くしなかったのが正解だったね。にしても、最近の瞬間接着剤ってほんと便利」
今回の改造で私はパテと呼ばれる感触違いの紙粘土みたいな材料をほとんど使用していない。
自作で新しいパーツを新造したり、大きく形を変える改造をする際に大抵使われるのがパテであるが、利便性の反面、強度で不安を残すことも多いマテリアルとも言える。特にサラサラのドールヘアではないプラスチック製の髪パーツなんて細過ぎて折れは顕著だった。
なのでゲームセンターのプライズフィギュアとかの髪の毛パーツを毛束ごとに細かく切って、それをプラモデルの頭に瞬着でくっつけてみた。
こうすることにより髪の毛の強度を保てる上、即乾剤というものを使えば瞬間接着剤がパテにも早変わりしてくれる。しかも硬化時間は十秒程度。速い!
そして、毛先以外の隙間を瞬着パテで埋め、ヤスリで削って色を付けたのがこちらの小さなサーシャさんである。大体本物の十二分の一くらいの縮尺となっている。
机に自分の右頬を乗せて、自作サーシャを見上げて見ると何だか不思議な実感が湧いてくる。途端に本物とそっくりのように見えてきた。もちろん作り手の贔屓目なんだろうけどね。
「……サーシャ……」
改めて口に出してみる。
サーシャというのは私のエルフな前世における妹の名前だった。
ゆーちゃんとの朝のやり取りから妹が恋しくなった私は、学校から帰ってきてからずっとプラモデルの改造に没頭してしまう。
完成したのはつい今しがた。模型の腕前は凡だけど製作スピードだけは人並以上な私だった。
「……姉様、姉様。干しイモを食べたいのです」
ボソリと、完成した可動フィギュアにアテレコしてみる。
ますます本物のサーシャに見えてきた。
「姉様が美味しい干しイモを用意しておいたからね。一緒に食べましょう、サーシャ」
……なに、やっているんだろう私。
とても空しい一人劇だった。
だけど、目の前に前世の妹サーシャの模型が存在しているわけで、心が一層苦しくなってくる。
別の人生を歩んでいるはずの私なのに、今もこうして前世を忘れられていない。
多分それは、前世で抱いた未練が果たされず、今日まで至ってしまったからなのだろう。
「このままじゃいけないよね」
前世は前世。今世は今世。
私はすでに加賀峰ライムとしての生を十五年も歩んでいる。
それにも関わらず前世へと囚われているのは、ここに居る加賀峰ライムという人間に対しての冒涜だった。産んでくれた母様と父様に申し訳が立たない。
だから、私は未練を果たす。
そして、前へと進んでいくんだ。
そう、決心した。
本当はずっと前から決心していたけど、怯える弱い心が、実行に移せずにいただけの話。
私は立ちあがり、自室のあちこちをがさこそ漁っていく。
幸いにも必要な道具は自室にあるもので事足りた。机の上にそれらをドバっと置く。ついでに端へとサーシャフィギュアを寄せておいた。
これは儀式。
緑のカッティングマット上に、白墨で円を描く。
次いで三角形を三つ位置に、円の内側へと接するにように結んでいく。
エルフに伝わる古代文字を、十を超える生まれた図形全てに一文字ずつ記し、簡素な魔法陣はこうして完成した。
間違いなく失敗に終わるだろう。
確信があった。
この世界は前世のように魔力で溢れているわけじゃない。
使用したチョークだって本来必要とされる素材は一切使用されていない。
でも、成否は正直どうでも良かった。期待さえしていなかった。
これはケジメなんだ。
ケジメを持って、私は前世に囚われるのをやめる。
加賀峰ライムが前世のエルフと別離するための儀式だった。
魔法陣の中央に、指先から血を一滴垂らす。
デザインナイフが想像以上の切れ味で、慌てて絆創膏をペタリ。
気を取り直して、魔法陣の上で祈るように手を組み合わせてみた。
私が描いたのは、願いの魔法陣。
エルフ族はどうしても叶えたい願いがある時のみ、一度だけこの魔法陣を作成する。
心の底から願った想いのみを叶える儀式魔法であり、森に住まう者の秘奥だった。
だから人間の私が使用したところで、叶うはずなんてない。
……でも、理解していながらもなお、私は必死に願った。
"どうか、もう一度だけサーシャと、妹と逢わせてください"
"一目だけで良いのです。……どうか……どうか、お願いします"
願う、願う。
本来ならあるはずの魔力の流れも、奇跡でほとばしる白の光の胎動も、何もかもなかった。
魔法陣に願いはやがて伝え終わり、自室にはオカルト染みた魔法陣の図形だけがある。左指に絆創膏も残っていたか。
「……何やっているんだろうね、私は……」
叶わないことは分かっていた。
魔法陣が失敗であることも百も承知だった。
それでも、心のどこかに期待はあったのだろう。
落胆して、急に馬鹿らしくなって、机に書いた白墨を消して、私はベッドの中に入った。
今日はもう眠ってしまいたい。
そして、目が覚めたら、前世なんか忘れて新しい加賀峰ライムの物語が始まるのだ。
必死に眠ろうとして眠れなくて、だけど、だんだん意識は遠くなって。
前世との決別の儀式を終え、私の今日が終わっていく。
◆◇◆◇◆◇
「こ、ここは……どこ、なのでしょうか……?」
人の声が聞こえる……?
うー……ラジオでもつけっぱなしにしていたかな……ん?
「──ひっ!? きょ、巨人!?」
目が合った。
間違いなく目が合った。
「あははーないない。サーシャフィギュアが喋るわけないでしょうに。……もうひと眠りすれば目が覚めるかな?」
セミダブルのベッドからモゾリと身体を起こすと、机の上のプラモデルと再度視線が交錯した。
まさか私の願望がこんなメルヘンな夢を見させるなんて……意外と私って乙女だったりする?
もう一度布団に横なり、夢からバイバイしようとしたところで。
「ど、どうして……私の名前を、ご存知、なのですか……?」
あ、完全に夢だわ、これ。
昨夜面相筆で描いた自作サーシャ模型の瞳が見開いたんだもの。
自筆の絵が勝手に動いたり姿を変えることなんて現実的にありえないからね。
だから、夢ゆえに気楽な気持ちで。
「そりゃあ、サーシャは私の妹だしねぇ」
と、答える。
いかんいかん。夢の中で会話しちゃった。
メルヘンロードが加速しているのかもしれない。
それよりも私、早く目を覚まさないと学校に遅刻しちゃうぞ?
「妹……? ま、まさか!? ライム姉様!?」
実を言うと、私は前世も今世も名前がライムである。
「いかにも私はライムだけど……って、夢なのは勿論分かっているけど、あなた本当にサーシャだったりする?」
未練たらしく前世をずっと思っていた割に、実をいうとサーシャの出てくる夢を今まで見たことはなかった。
したがって夢であってもサーシャが出てきたのならやっぱり嬉しくて。
「これが夢……? いえ! それよりもです! 姉様は……本当にライム姉様、なのですね?」
目がうるうる。
小さな自作サーシャが涙をこらえている。
下手にプラモデルをたくさん作っているから、模型が涙を流さないことは知っていて、夢である確信しか抱けないよ。でも。
「……うん、本当に私がライムだよ。サーシャったらこんなに小さくなっちゃって、もう……」
幼馴染なツンデレよりも遙かに小さい。
まぁ、私がそのサイズで作ったんだけどさ。
「姉様! どうして突然私の前から居なくなったりしたのですか!? 私は、私は……! 必死に、必死に探して……」
……ああ……もう夢でも良いや。
こうしてサーシャと出会えたんだ。
ずっと、彼女に私は伝えたい言葉があった。
「ごめんね……。私、モンスターに食べられちゃったから、サーシャにお別れも言えなかったんだよ」
ようやく謝ることが出来る。
十五年以上経って、ようやく妹に謝ることが出来ていた。
お別れを言えなくてごめん、死んじゃってごめん──って。
「……姉様……もしやとは思いましたが……やはり、そう、だったのですね……」
気付けば私もサーシャも涙をポロポロこぼしていた。
夢なのに泣けるんだね。
そして、夢だけど果たせた姉妹の再会に、私はもっと泣けてきた。
感極まった私は両腕をガバッと広げて。
プラモデルなのに号泣している妹は、机の上からダッと飛び出して。
その勢いのままに、私の両手は跳んできた妹の、小さすぎるプラスチックな身体を空中でキャッチ。
姉妹の感動的なハグ的(?)光景だった。
──コンコン
「はい?」
”おぉ妹よ!”って手の中でやっていたら部屋がノックされる。次いで扉越しに。
『ああ、お嬢様良かったです。起きていらっしゃったのですね。しかしながら、そろそろご朝食にされませんと学校に遅刻されてしまいますよ?』
メイドさんの声だった。
一応社長令嬢な私のお世話を昔からしてくれている心のお姉さんでもある。
私の手のひら上でキョトンとしているサーシャを一度だけ見てから。
「でも、夢から覚めないと私遅刻も何も出来ないし……あ、やっぱりもう一度寝たほうが良いよね?」
『……なにを仰っているのでしょうかお嬢様は。寝言は結構ですので、早く下まで下りてきてくださいませね』
何故だか若干呆れたような口調でメイドさん。
言い放って、扉の前から気配がスッと去って行った。
どゆこと?
「あの、姉様? 今の声の方が仰る通り、これは夢ではなく……現実だと、私も思いますよ?」
夢、じゃない?
プラモデルのサーシャが喋って動いているのに、夢じゃない?
健気な妹の視線に感じるものがあった私は、自分の頬をつねってみる。
もちろん残ったほうの手でサーシャはしっかりホールド。
ぐにゅ……頬が痛い。いやいや、夢であっても痛く感じることあるよね?
ふぅ、と私は一息深呼吸すると、手の中の可愛い妹プラモに。
「……ねぇ、サーシャ。目覚めの魔法って今でも使えそう?」
「あ、はい。大丈夫そうです。ええと、えい! "この者の眠りを取り除き給え"」
そして、サーシャの覚醒な魔法が私へと使われる。
白い光のエフェクトと魔法特有のさわやかな感触が、私の眠気を隅々まで除去していった。
清々しい目覚めの感触過ぎて私は思わず一言。
「あ、これ現実だわ」
──今ひとつ締まらないのが自分らしいのだが、この日私は、妹との再会を果たしていた。
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