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第二幕

③ お人が悪いですわよ

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「はあ……上手くいきませんわね」

 せっかく稼いだ大金貨グランクラウン17枚でも、自分を購うことは叶わなかった。
 それだけの価値が自分にあると思えば少しは慰められるが、その大金がそっくり元婚約者のモノになってしまうと考えれば腹が立つ。

 何よりも、これからの暮らしを思えばさすがに落ち込まずにはいられなかった。

 逃げてやりたいのは山々だが、奴隷を拘束するチョーカーがそれを許さない。
 せめて、オーランドに託した大金貨グランクラウンだけでもなんとかならないものか。

 そんなことを鬱々と考えているうちに、ローランを買った貴族の家に運び込まれると、わらわらと寄ってきた下働きの下女に風呂にぶち込まれて磨き上げられた。

(これはやっぱり、そういうことなのかしら……)

 果たして、これからどんな世界が待っているのか。

 めくるめく未知の世界の妄想に浸っていると、ローランを落札した美女が部屋の中に入ってきた。
 遠目で見た時よりも、ずっと綺麗な女性だった。
 赤というよりも、もっと淡い桃色と金髪の中間のような髪がとても印象的だ。年の頃は20を少し越えたところだろうか。

 まさに花開いたばかりの圧倒されそうな美しさだった。

「やっぱり、磨くと見違えるわね。私はリーズデール・アキテーヌ。アキテーヌ侯爵の第一夫人。貴女の主人よ。確か名前はローラン、だったわね」
「はい」

 チョーカーの魔力に促されて、ご主人様と口にしそうになったがそれはギリギリ耐えることが出来た。
 代償に差し込むような痛みが走るが、これぐらいなら許容範囲だ。
 いずれは耐えられなくなる日が来るかもしれないが、少なくとも今では無い。

「それにしても、本当に見事な黒髪ね。これだけでも大金貨グランクラウンを積んだ価値はあったわ。本当に綺麗」

 うっとりとローランの髪を指で梳きながら、そっとローランを抱き寄せる。
 やっぱり、そっちか! と身体を硬くすると、出し抜けに聞き覚えのある声が部屋の戸口から聞こえてきた。

「叔母上。その辺りで」
「で、殿下!?」

 むっと顔を顰めた美人が、見覚えのある赤毛の少年を軽く睨みつける。

「レオ。せっかくの楽しみを邪魔しないでちょうだい。せっかく、こんな可愛い娘を手に入れたというのだから。せめて、一晩くらいは楽しませてもらってもバチは当たらなくてよ?」
「そんな棒きれ、どこが良いのですか」
「お前はお子様だから、この娘の良さが分からないのです。まったく。身体が子供のままだと頭の中身も成長しないのかしら」

 せっかくのお楽しみだったのに、と抱きすくめていたローランの首にそっと指を這わせる。ぞくりとした感触が首筋に走ったかと思うと、パキンと軽い音と共にチョーカーが足下へと落下した。

「え?」
「そんな無粋なものは必要ないでしょう。第一、貴女には似合わないわ」
 
 一体、何がどうなっているのかさっぱりわからない。
 分かっているのは、奴隷のチョーカーが無くなった今、逃げようと思えば逃げられると言うことだけだ。

 このまま、とも思ったがローランは立ち止まった。
 レオンハルトがこの場にいる理由も聞いていないし、リーズデールがなぜチョーカーを外したのかもわからないままだ。

 何よりも、ローランは大金貨グランクラウン25枚で購われたのである。
 その始末をつけないのは、気持ち悪いこと甚だしい。

「どうした。妙な顔をして」

 ぽかんとしたローランをレオンハルトが怪訝そうに見つめている。

「さすがに何がどうなっているか、理解出来なくて」
「ああ、そうか。ローランには内緒にしてたんだったな。保険だ保険。オーランドが落とし損ねた時のことを考えてな。叔母上にお願いして、競りに混ざってもらった」

 つまり、サクラだったらしい。

「また、どうして……お人が悪いにもホドがありますわ」
「騎士団や国元が喧しかったのだ。お前のおかげで、戦場に散ったと思われていた祖霊を公国に帰すことが出来たからな。せめて、奴隷落ちぐらいからは救わねば祖霊に向ける顔が無い」

 なんと、そんなことになっていたとは。
 あの後はすぐに断罪の塔に引きこもっていたので、まるで知らなかった。

「カルンブンクルスだけではありません。おかげで他の公国にも大きな貸しが出来ました。そんな娘をよもや変態の慰みモノには出来ないでしょう」

 イタズラっぽく笑いながら、イタズラっぽい目でチラリとレオンハルトに視線を向ける。

「一番、喧しかったのはレオでしたけどね」
「叔母上!」
「まったく、素直で無いこと。というわけで、ローラン。貴女は自由ですわ。この地を去って好きに生きるも良し。どこにも行くあてが無いなら、公国がその場を用意いたしましょう。さすがに男爵家に戻るわけにはいかないでしょうしね」
 
 ローランは彼女に奴隷として買われたのだ。買い主が奴隷を解放するのは自由だが、だからといってローランが男爵令嬢に戻れるわけではない。
 それに、戻る理由も無い。

「どうします?」

 そう告げるリーズデールの瞳はローランをどこか試しているかのようだった。
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