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第二幕
① 自分のオークションというのは、さすがに緊張いたします。
しおりを挟むついにこの日がやってきた。
ある日、突然に婚約者と家族に裏切られ、断罪の塔に罪人として囚われた。
それから、やれるだけのことはやってきた。望外の幸運に見舞われて、商機もモノにした。わずかな月日で稼いだ金は実に大金貨17枚に金貨40枚。そして銀貨が45枚。
「こ、こんな大金見たことないですよう」
そうアルマが目を白黒させるのも当然だ。メイドの給金では何十年かかっても、手の届く額ではない。
アルマ自身、ローランの助手としてかなり稼いでいるはずなのだが、これはケタが違っていた。
「まあ、荒稼ぎされましたからな」
ローランから大金の入った革袋を預かっているルドルフが苦笑いで答える。騎士団長であり、当然ながら爵位持ちの貴族の彼自身にしても日常ではなかなか手にすることの無い金額だ。
「それではオーランド様。よろしくお願いいたします」
そっと、壁際でむっつりと控えている役人にはばかるように小声で付け足す。
「さすがに私自身が自分の競売に参加するわけには参りませんから」
同じくルドルフも目配せしながら、小声で答えた。
「任されよ。何。ご心配めさるな。ローラン殿には我らが騎士団がついておりまする。ここにはおりませぬが、殿下も同じ思いでございましょう」
罪人が家族や友人と最後の別れをすませる、別離の間にレオンハルトの姿は無い。
いるのはルドルフとアルマ。それにテオの3人だけだ。
「それはどうでございましょう」
最後の最後まで喧嘩のように過ごしてしまった。
どうも、あの少年の前では貴族としての礼儀を保つことが難しい。
「なにしろ、最後の最後まで言い合ってばかりでしたから」
「その甲斐はあったのではないですかな? 始値は大金貨で5枚と聞いております」
ポンポンと懐を叩くルドルフの言葉にくらっとアルマがよろめいた。
「だ、大金貨5枚ですか! さすがお貴族様。凄い値段なのですよう……」
「俺たちが身売りしても、とてもそんな値はつかないよな……」
つい最近、見事に正騎士に昇格したテオがアルマに同意するように深くうなずいていた。
正騎士になったはいいものの、身分にあった装備を調えるに借金せざるを得なかったせいか、実感がこもっている。
まだまだ話題は尽きないが、そんな時間を断ち切るように鐘の音が鳴り響く。
「さて。時間でございます。罪人ローランは両腕を前に」
束の間の歓談を黙って聞いていた役人が横柄な態度でローランの前に歩み寄った。縁故でも無いルドルフたちを見逃してもらうため、幾ばくかの袖の下を渡しているがそれもこれまでということらしい。
「では、我らはこれで。ローラン殿、ご武運を——というのも変ですな。ともあれ、お気を強くもたれられよ」
「罪人ローラン、これより汝を裁きの間に連行する。以後の会話はこれを禁じる」
ローランにというよりも、ルドルフ達に向けて役人は三白眼を見開き、わざとらしく宣言する。
「さあ、こっちに来い!」
「おい、貴様。手荒に扱うな」
「卿こそ、遠慮していただこうか。この者は罪人だ。気安く話しかけるな。時間は十分に与えたはずだ」
役人は軽蔑したようにローランを睨むと、まるで屠殺する家畜を引きずるようにローランの鎖を手に取り無遠慮に裁きの間へと歩き出した。
「ローラン殿! 我らがついておりますぞ!」
ルドルフの声が背後に消えていく。
岩肌がむき出しになったゴツゴツとした廊下を役人に続いて歩く。
粗い岩を磨きもせずに割って並べただけの床は素足で歩くには向いていない。
肌が裂け血が滲むが文句を言うことは言わされない。
やがて暗い廊下の向こうにまばゆい広間が見えた。
掘り牢のように、深く穿たれた坑の底で罪人は自らに課せられる罰の声を聞くのだ。裁判官の声はまさに天上からのお告げに等しいという演出だろう。
「これより、罪人ローランの裁きを開始する」
裁判官の声が重々しく、降り注いだ。
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