20 / 68
第一幕
⑱ あなたが作ったのですね。何もかも。
しおりを挟む
「やめて! やめてやめてやめて!」
叫び声とも泣き声ともつかない声が響く度に、少女の身体から感情にまかせるだけの呪いが吹き荒れる。
だが、その呪いは幼子の駄々と同じで無秩序に荒れ狂うだけだ。
「アイラ。あなたの呪いは私には通じないわ」
「どうして邪魔をするの!? 私と同じなのに! お姉さんも私と同じ、死霊を背中に張り付かせた死人遣いのくせに!」
だからこそ、ローランには少女の呪いが通用しないのだ。
その力の使い方が同じだからこそ、ローランには少女の呪術をどう封じればよいのか手に取るように理解出来る。
だが、それがローランには不思議だった。
(あまりにも母様から受け継いだ術式に似ているわ……)
アイラの髪と肌の色は紛れもなく、帝国近辺の血筋を意味している。だが、その術式は東方のそれだった。
であれば、この場所で、少女が攫われたという暗殺者の村で学んだはずはない。
「アイラ。貴女の生まれた場所はどこ? 貴女はどこで、貴女の力を活かす術を学んだの?」
「知らないわ! 覚えてない!」
「思い出して、アイラ。貴女はどこから、攫われてきたというの?」
「知らない! 覚えてない! 私が覚えているのはこの村だけ! 私はここしかない!」
「いいえ。それは違うわ、アイラ。知らないはずがない。だって、貴女の呪術はこの村では学べるはずが無いのだもの。ならば、貴女は術を教えた人のことも、その術を教えた人が住んでいた場所も知っているはずよ。貴女に術を教えたのは誰?」
ローランの言葉に少女の動きが凍り付いた。
「知らない。私は生まれついて術を使えたわ。黒眼邪視の生まれついての才能だって……」
「アイラ。貴女の生まれ持った能力は確かに強いわ。死霊術師として希有の才能と言っても良い。貴女は生まれながらに立って歩くように死者と対話することが出来たはず。けれど――術は使えないわ。術は生まれながらに習得するものではないわ」
「違うわ。私が自分で思いついたのよ。そうよ。そうに決まっているわ」
弱々しく呟く少女にローランは彼女によく見えるように、印を組み呪言を唱えてみせた。
「知っているわね、アイラ。呪術師なら、一番最初に習う術よ。死者と自分を隔てる境界。この境界を引くことから呪術師は死霊術師は始まるわ。貴女の思いつきなら、私が知っているはずはない」
「なら、きっとこの村で誰かに教わったのよ。覚えてないけど、きっとそうだわ。お姉さんと同じよ」
「いいえ、アイラ。それはありえないわ。なぜなら、私の術はこの国では誰も知らないのだから。私の術は母様から教わったわ。母様は遙か東の国から私をつれて、この国へとやってきた。アイラ、貴女の使う術は私の生まれた国、遙か東の国のもの。この国のものではない」
嘘よ、と少女はつぶやき縋るようにあらぬ方に目を向けた。
そこでは、のんびりと男がクワを振るって地面を掘り進めている。
「嘘よ。答えて。お前は私が赤ん坊の頃に私をこの村に連れてきたっていったわよね? 私は道ばたに棄てられていたから、そのまま攫ってきたんだって!」
「はあ。確かにそういったべなあ」
「なら、お姉さんは嘘をついているのよね!?」
「どうでもいいじゃないですか、アイラさん。今さら関係ねえです」
男は心底、どうでもいいと言わんばかりに少女に向かって告げた。
「アイラさん。アンタがここでずーっとずーっと、同じことを繰り返していてくれれば、それでいいのす。そうすりゃあ、オラもずーっとここで生きていられるのす。それだけで十分のす。アンタの居場所はここだけです。帰る場所なんてありはしねえす。兵隊なんぞ、また集めればいいのす。そこの娘さんとあすこの坊ちゃんを殺してしまえば、いくらも兵はまた集められるのす」
一気にそれだけを言ってしまうと、男はクワを振る腕を止めて晴れやかに笑って見せた。
「何も難しいことはねえす。オラ、死にたくねえのす。もうあんな怖ろしい思いはこりごりなのす」
「なにを言ってるの。お前は。私の聞いたことに答えてちょうだい!」
「はあ。なら、答えるのす。その通りす。アイラさんは赤子のころにオラが拾ってきたのす」
「ほら! お姉さん! お姉さんは嘘つきだわ!」
男の言葉に少女は歓喜の叫びをあげた。だが、どうみても男はアイラに合わせて適当に言っているだけだ。
なのに、その言葉を疑うことなく受け入れる少女は明らかにおかしい。少女は死霊たちを操りながら、その一方でこの男に操られている。
「なら、私にも教えてくださいな。アイラはどこで術を学んだのかしら? 自分で思いついたの? この村で教わったの? なら、この村ではどうして東方の術を学べたの?」
ローランは男を睨みつけると、鋭く問いかけた。
「はあ。難しいことを聞く娘さんだべ。そったらこと、考えるのに時間がかかるに決まってるべさ。今すぐに答えられっこね」
「考えるのに時間がかかる? でしょうね。辻褄を合わせる話は簡単には思いつかないわ。貴方がアイラを作ったのね。時間をかけて、少しづつ記憶をすり替えて。この村が滅びた後か、それとも貴方たちが生きていたころからなのかは分かりませんけれど」
「攫った子供に言うことを聞かせるのは大変だべ。根気がいるだ。何にも信じちゃなんね。けど、何にも信じねえでは生きられね。喰うもの飲むもの、疑ってたら餓死しちまうだ。アイラさんはオラを信じることを選んだだけだべ。ありがてえこった」
悪意の欠片もまったくなく、拝むように男はありがてぇと繰り返した。
叫び声とも泣き声ともつかない声が響く度に、少女の身体から感情にまかせるだけの呪いが吹き荒れる。
だが、その呪いは幼子の駄々と同じで無秩序に荒れ狂うだけだ。
「アイラ。あなたの呪いは私には通じないわ」
「どうして邪魔をするの!? 私と同じなのに! お姉さんも私と同じ、死霊を背中に張り付かせた死人遣いのくせに!」
だからこそ、ローランには少女の呪いが通用しないのだ。
その力の使い方が同じだからこそ、ローランには少女の呪術をどう封じればよいのか手に取るように理解出来る。
だが、それがローランには不思議だった。
(あまりにも母様から受け継いだ術式に似ているわ……)
アイラの髪と肌の色は紛れもなく、帝国近辺の血筋を意味している。だが、その術式は東方のそれだった。
であれば、この場所で、少女が攫われたという暗殺者の村で学んだはずはない。
「アイラ。貴女の生まれた場所はどこ? 貴女はどこで、貴女の力を活かす術を学んだの?」
「知らないわ! 覚えてない!」
「思い出して、アイラ。貴女はどこから、攫われてきたというの?」
「知らない! 覚えてない! 私が覚えているのはこの村だけ! 私はここしかない!」
「いいえ。それは違うわ、アイラ。知らないはずがない。だって、貴女の呪術はこの村では学べるはずが無いのだもの。ならば、貴女は術を教えた人のことも、その術を教えた人が住んでいた場所も知っているはずよ。貴女に術を教えたのは誰?」
ローランの言葉に少女の動きが凍り付いた。
「知らない。私は生まれついて術を使えたわ。黒眼邪視の生まれついての才能だって……」
「アイラ。貴女の生まれ持った能力は確かに強いわ。死霊術師として希有の才能と言っても良い。貴女は生まれながらに立って歩くように死者と対話することが出来たはず。けれど――術は使えないわ。術は生まれながらに習得するものではないわ」
「違うわ。私が自分で思いついたのよ。そうよ。そうに決まっているわ」
弱々しく呟く少女にローランは彼女によく見えるように、印を組み呪言を唱えてみせた。
「知っているわね、アイラ。呪術師なら、一番最初に習う術よ。死者と自分を隔てる境界。この境界を引くことから呪術師は死霊術師は始まるわ。貴女の思いつきなら、私が知っているはずはない」
「なら、きっとこの村で誰かに教わったのよ。覚えてないけど、きっとそうだわ。お姉さんと同じよ」
「いいえ、アイラ。それはありえないわ。なぜなら、私の術はこの国では誰も知らないのだから。私の術は母様から教わったわ。母様は遙か東の国から私をつれて、この国へとやってきた。アイラ、貴女の使う術は私の生まれた国、遙か東の国のもの。この国のものではない」
嘘よ、と少女はつぶやき縋るようにあらぬ方に目を向けた。
そこでは、のんびりと男がクワを振るって地面を掘り進めている。
「嘘よ。答えて。お前は私が赤ん坊の頃に私をこの村に連れてきたっていったわよね? 私は道ばたに棄てられていたから、そのまま攫ってきたんだって!」
「はあ。確かにそういったべなあ」
「なら、お姉さんは嘘をついているのよね!?」
「どうでもいいじゃないですか、アイラさん。今さら関係ねえです」
男は心底、どうでもいいと言わんばかりに少女に向かって告げた。
「アイラさん。アンタがここでずーっとずーっと、同じことを繰り返していてくれれば、それでいいのす。そうすりゃあ、オラもずーっとここで生きていられるのす。それだけで十分のす。アンタの居場所はここだけです。帰る場所なんてありはしねえす。兵隊なんぞ、また集めればいいのす。そこの娘さんとあすこの坊ちゃんを殺してしまえば、いくらも兵はまた集められるのす」
一気にそれだけを言ってしまうと、男はクワを振る腕を止めて晴れやかに笑って見せた。
「何も難しいことはねえす。オラ、死にたくねえのす。もうあんな怖ろしい思いはこりごりなのす」
「なにを言ってるの。お前は。私の聞いたことに答えてちょうだい!」
「はあ。なら、答えるのす。その通りす。アイラさんは赤子のころにオラが拾ってきたのす」
「ほら! お姉さん! お姉さんは嘘つきだわ!」
男の言葉に少女は歓喜の叫びをあげた。だが、どうみても男はアイラに合わせて適当に言っているだけだ。
なのに、その言葉を疑うことなく受け入れる少女は明らかにおかしい。少女は死霊たちを操りながら、その一方でこの男に操られている。
「なら、私にも教えてくださいな。アイラはどこで術を学んだのかしら? 自分で思いついたの? この村で教わったの? なら、この村ではどうして東方の術を学べたの?」
ローランは男を睨みつけると、鋭く問いかけた。
「はあ。難しいことを聞く娘さんだべ。そったらこと、考えるのに時間がかかるに決まってるべさ。今すぐに答えられっこね」
「考えるのに時間がかかる? でしょうね。辻褄を合わせる話は簡単には思いつかないわ。貴方がアイラを作ったのね。時間をかけて、少しづつ記憶をすり替えて。この村が滅びた後か、それとも貴方たちが生きていたころからなのかは分かりませんけれど」
「攫った子供に言うことを聞かせるのは大変だべ。根気がいるだ。何にも信じちゃなんね。けど、何にも信じねえでは生きられね。喰うもの飲むもの、疑ってたら餓死しちまうだ。アイラさんはオラを信じることを選んだだけだべ。ありがてえこった」
悪意の欠片もまったくなく、拝むように男はありがてぇと繰り返した。
10
お気に入りに追加
1,376
あなたにおすすめの小説
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
出て行けと言って、本当に私が出ていくなんて思ってもいなかった??
新野乃花(大舟)
恋愛
ガランとセシリアは婚約関係にあったものの、ガランはセシリアに対して最初から冷遇的な態度をとり続けていた。ある日の事、ガランは自身の機嫌を損ねたからか、セシリアに対していなくなっても困らないといった言葉を発する。…それをきっかけにしてセシリアはガランの前から失踪してしまうこととなるのだが、ガランはその事をあまり気にしてはいなかった。しかし後に貴族会はセシリアの味方をすると表明、じわじわとガランの立場は苦しいものとなっていくこととなり…。
家の全仕事を請け負っていた私ですが「無能はいらない!」と追放されました。
水垣するめ
恋愛
主人公のミア・スコットは幼い頃から家の仕事をさせられていた。
兄と妹が優秀すぎたため、ミアは「無能」とレッテルが貼られていた。
しかし幼い頃から仕事を行ってきたミアは仕事の腕が鍛えられ、とても優秀になっていた。
それは公爵家の仕事を一人で回せるくらいに。
だが最初からミアを見下している両親や兄と妹はそれには気づかない。
そしてある日、とうとうミアを家から追い出してしまう。
自由になったミアは人生を謳歌し始める。
それと対象的に、ミアを追放したスコット家は仕事が回らなくなり没落していく……。
婚約者に犯されて身籠り、妹に陥れられて婚約破棄後に国外追放されました。“神人”であるお腹の子が復讐しますが、いいですね?
サイコちゃん
ファンタジー
公爵令嬢アリアは不義の子を身籠った事を切欠に、ヴント国を追放される。しかも、それが冤罪だったと判明した後も、加害者である第一王子イェールと妹ウィリアは不誠実な謝罪を繰り返し、果てはアリアを罵倒する。その行為が、ヴント国を破滅に導くとも知らずに――
※昨年、別アカウントにて削除した『お腹の子「後になってから謝っても遅いよ?」』を手直しして再投稿したものです。
晴れて国外追放にされたので魅了を解除してあげてから出て行きました [完]
ラララキヲ
ファンタジー
卒業式にて婚約者の王子に婚約破棄され義妹を殺そうとしたとして国外追放にされた公爵令嬢のリネットは一人残された国境にて微笑む。
「さようなら、私が産まれた国。
私を自由にしてくれたお礼に『魅了』が今後この国には効かないようにしてあげるね」
リネットが居なくなった国でリネットを追い出した者たちは国王の前に頭を垂れる──
◇婚約破棄の“後”の話です。
◇転生チート。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げてます。
◇人によっては最後「胸糞」らしいです。ごめんね;^^
◇なので感想欄閉じます(笑)
追放したんでしょ?楽しく暮らしてるのでほっといて
だましだまし
ファンタジー
私たちの未来の王子妃を影なり日向なりと支える為に存在している。
敬愛する侯爵令嬢ディボラ様の為に切磋琢磨し、鼓舞し合い、己を磨いてきた。
決して追放に備えていた訳では無いのよ?
〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。
了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。
テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。
それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。
やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには?
100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。
200話で完結しました。
今回はあとがきは無しです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる