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一人より

盾琴〜ジューロンヴィキリー〜

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 奏音とヨハナは早速メイド服に着替えて玄関に向かう。
「よく似合ってるよヨハナン」
「奏音ちゃんも可愛い」
 階段を降りると、ジュリーネが礼装から作業にしやすい服に着替え、その手には古風な鍵が握られていた。
「なんか、雰囲気が違いますね」
「そうですねえ、ですがこちらが普段の私の装いですよ」
 庭に出て、屋敷の裏手に回るとレオドル家の家紋が窓ガラスに描かれているジュリーネの祖父が使っていた別邸がある。この別邸の書斎に奏具ジューロンヴィキリーが保管されている。
 錆びているのか錠は鈍い音を立て解き放たれる。
「60年ぶりくらいですかね、私を含め人が上がるのは」
 奏音は袖を捲し上げると、ムンとやる気に満ちた顔をして言う。
「さてと、ガッツリ綺麗にしますね」
「今日のクエスト開始ですね」
「奏音、ヨハナ、よろしくお願いします」
 そこからは、手分けをして掃除することになった。部屋は三部屋でダイニングキッチン、リビング、書斎の三部屋である。あとはバスルームと収納スペースくらいのものである。
 ヨハナは流石というほどの手つきで、部屋の片付けをこなしていく。一方、奏音はリビング担当で、時折手を止めて壁に掛けてある絵画を見て、「コレは絶望と混沌のマリアージュね」などと適当なタイトルをつけて遊んでいる。そんな奏音を見てヨハナはやれやれと呆れてため息を吐く。
「少しよろしいですか」
 ジュリーネが奥の書斎から二人を呼ぶ。二人が書斎に入ると、小綺麗な木箱が机に据えられている。
 そっと、ジュリーネがアイコンタクトを送ると、木箱の蓋を開封する。中には、中心に虹色の糸が四本通った盾と、盾に収められている淡い瑠璃色の剣が照明の光を反射していた。
「綺麗」
 奏音は興味津々にジューロンヴィキリーを覗き込む。
「コレが祖父のジューロンヴィキリー。この奏具の使い方は私は知らないのですが、お二人はご存知ではないですよね」
「ごめんなさい、私はわかりません。奏音ちゃんは、どう」
 奏音はうーむと唸って考え込む。「どう見ても、バイオリンだよね。コレ」と内心思う。
「ちょっと試してみてもいいですか」
 そう言うと、徐にジューロンヴィキリーの首を手に取り剣を抜き、奏音は盾腹に顎を乗せて、剣で糸を弾いた。
「ギターに似てるけど、やっぱ難しいか」
「凛々しい音ね、奏音」
「ごめんなさい、私にはコレが限界かも、あんまり上手くは弾けないけど、音は綺麗に出るよ。引き方くらいなら教えてあげれると思うけれど、上達の仕方までは難しいかな」
 ヨハナとジュリーネは、奏音に拍手を贈った。
「いいえ、この奏具を祖父が使っていたと思うと、音色を聴けただけで満足ですよ」
「ジュリーネさん。でもこのままにしておくのは勿体ない気がします。奏音ちゃんは奏具の扱い方を教えるのは上手なんですよ。私だってマリオネットキーは全然扱えなかったのが、今では普通に使うことができるまでになりました」
 ジュリーネがそっとジューロンヴィキリーを受け取り、奏音と同じように構える。
 ギリリリと、金属を擦るような音が部屋に響く。
「ウフフ、そうですね。今すぐにとは行きませんが、前向きに検討するとしましょう。さあ、もう少しで片付けも終わると思いますから頑張りましょう」
 それから、別邸の掃除と整理を済ませた三人は、オルドル家の邸宅の浴室で湯浴みをしていた。
「ふわぁ、生き返るぅ」
「奏音ちゃん、おばあちゃんみたいだよ」
「手狭で申し訳ありません。個別に入浴しても良かったのですよ」
「いやぁ、でも女の子同士なんだしみんなで入った方が楽しいですよぉ」
 桶に入った湯でジュリーネは体の泡を落とすと、奏音とヨハナのいる浴槽に浸かる。
「私は今年で24になります。女の子というには些か歳を取りすぎな気もしますが、若くみられて嬉しくないとは言えませんね」
 ジュリーネは水面に映る自分の顔を弄びながら、話を続ける。
「私の祖父60年前に既に亡くなっています。私が生まれるよりも前に。祖母はさらにその10年も前に他界したと、そして、父と母も数年前に亡くなりました。私たち亜人種は短命という枷がある以上逃れられない定めではあるのですが、やはり侘しく思うのですよ」
 一息つくとどこか遠くを見つめ、ジュリーネは目を細めた。
「祖父が祖母のために作った詩が祖父の書斎の金庫に入ってました。私にはただの詩にしか見えませんが、奏音・・・・・あなたなら、あなたならば祖父の詩を音に乗せられるかもしれませんね」
 奏音は立ち上がってジュリーネを見据える。ヨハナもジュリーネも顔を赤らめて、目のやり場に困ってしまう。
「かっ、奏音ちゃん。せめて隠して」
「大丈夫だよ」
 二人は、「何が」という風な表情で立ち込める湯気に浮かぶ奏音の顔を見上げる。奏音は不敵に笑みを浮かべ声を上げた。
「大丈夫。私だけじゃないよ、ヨハナもジュリーさんもみんなで一緒にやれば、きっとお爺さんの想いも歌にできる」
「そうだね、私も手伝うわ。何が出来るかはまだわからないけど、私もやりたい」
「お二人とも、ありがとう。重ね重ねのご無理を申し訳なく思いますが、よろしくお願いします。私も及ばずながらお手伝いいたしますわ。でもその前に、奏音。大切なところまで曝け出すのは淑女としてどうかと思いますよ」
「・・・・・っ」
 冷静なった奏音は慌てて浴槽に潜ってそそくさとタオルで顔を隠す。
 入浴を終え、食事を済ませた三人はジュリーネの部屋で、ジュリーネの祖父が祖母に宛てた詩を読み解いていた。詩には所々、印が書き添えられており、ジュリーネはおそらく、ジューロンヴィキリーを引くための印だと推測していた。
「ジュリーネさん、たまに読めない言葉が出てくるのですがもしかしてコレは亜人種古語なんですか」
「ああ、そうですね。祖父は地方出身の婿養子だったそうで、そこの言葉ではないかと祖母とは冒険者仲間だと聞き及んでいます」
 ジュリーネは祖父との思い出はほとんどなく、執事長から伝え聞く限りのことしか知らない。それでも祖父の肖像画はたくさん残っている。
 そのどれもが祖父の姿をはっきりと描写している。何よりも、表情が硬くない日常を切り取ったかのような絵がほとんであった。それもそのはずだ。これらの絵はジュリーネの母が描いていたものだからだ。
「そう言えば、ジュリーさん。ここに来た時、執事長さんに奥様とご挨拶をって、奥様とお母さんは別人なんですか」
「そうでしたね。お風呂で母が亡くなったと言ったことに対してですね。この屋敷の持ち主は私の叔母なんです。レオドルは女性当主の一族ですから、姉夫婦と私の母と父と私で住んでいたのですが、叔母様と私を残して皆、先に逝ってしまいました。せっかちな人たちですよね」
 ジュリーネはわざとらしく笑みを浮かべた。それを目の当たりにした奏音の心の奥底で、言い表せない感情が身体に電流のように迸った。
「奏音ちゃん。・・・どうしたの、ぼーっとして」
「私の詰まらぬ話のせいですね。忘れてください」
 どこに焦点があるのかわからない瞳をした奏音の顔を、二人は覗き込む。
「・・・・・出来たよ」
 奏音はポソリとつぶやいた。
「出来た。ジュリーさん、ヨハナン、歌おう」
「ええっ、奏音。もう夜ですよ、明日でもいいのでは」
「今、じゃなくて。夜じゃないとダメなんです。歌も、この子も」
 奏音は、ずいとジューロンヴィキリーをジュリーネの胸に押し付けると、楽譜を持ち、屋敷の別邸横の庭まで二人を強引に引っ張ってくる。そして、大胆にジュリーネの後ろから手を添えて、ジューロンヴィキリーを構えさせた。
「ヨハナンは歌って」
「でも私読めないよぅ」
「ああ、それなら私が読みを書き込んでおきましたのでご安心を」
「もちろん、ジュリーさんも」
 意を決したヨハナの面持ちを確認すると、奏音はジュリーネの手をゆっくりと操って、虹色の糸を振るわせていく。その音色は繊細で麗しい音であった。
 ジュリーネとヨハナは歌い出す。すると二人の体に変化が現れる。
「癒しの声が発動して、魔力が身体から漏れてる」
「これがギフト。これが私の魔力の色、『流麗の声』」
「行きますよ、ジュリーさんっ」
 歌は間奏に入り、ジューロンヴィキリーのソロパート。奏音はパッと手を離すと目にも留まらぬ速さで弦を剣で弾いていく、ジュリーネの姿がそこにあった。弦を抑える指だけ奏音が補助し、音色の加速は止まるところを知らない。
 見事に弾ききったジュリーネは肩で息をして、おもむろに奏音の視線を窺う。
「ふぅ。ジュリーさん、終わりましたよ見事に弾き終わりました」
 パートごとに分担したそれぞれのギフトは共鳴し、以前より明確に奏音たちはその力を実感した。
「ジュリーネさんの演奏とてもとても滑らかでした。初めてとは思えません」
「いえ、奏音が手伝ってくれたおかげです」
「途中からは私、手を添えるのをやめてました。ソロパートなんて私は自分の演奏してましたから」
 ほらっ、と奏音はルミナスギターをジュリーネに見せる。
「だから、後半はジュリーさんの力だけで弾き切ったんですよ」
「そう、ですか。・・・私が、祖父の歌を、唄い、奏でたのですね」
 そう言うと、ジュリーネはジューロンヴィキリーの剣を納めて、ポロリと一粒涙をこぼした。
「依頼は完了ですね。ありがとうございました」
「今度は友達として、呼んでくださいね」
「アヤハが、嫉妬してしまうかもしれませんね」
「私は依頼でもいいですよ。奏音ちゃんは本当に人がいいですね」
 寝室で三人は同じベッドで眠る。その傍にルミナスギターとジューロンヴィキリーが、月光に照らされていた。


 


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