上 下
6 / 12
夢幻都市

旅は常に道を選ぶこと

しおりを挟む
 私たちは、この二日間だらけて過ごした。と言っても詩姫音について知りたいと思い色々と話をした。生まれはどこか、家族はいるのか、好きな食べ物はなど、他愛無いことを聞いて、少しだが分かったことがあった。
 詩姫音は幼少の頃に親と離れて治療と称した実験を長年続けてきた。彼女の発言や行動が幼く感じられるのは、そのせいなのだろう。前情報としてはあのいけすかない紳士から聞き及んではいたが、詩姫音の口から直接語られるその内容は、生々しく私が先にまいってしまいそうになる。そのような事を詩姫音自身はこともなげに、むしろ嬉しそうに話していた。
「えっと、ヒルデお姉ちゃん大丈夫」
「ええ、大丈夫よ」
 彼女が語る実験の中で、一つ気になるものがあった。誰もいない部屋でただ歌を唄わされたというものだった。どういう目的でというのが一番の疑問点だが、詩姫音はこの治療が一番楽しかったという。
 詩姫音に唄わせるメリット、ないしはその効果など何か必要があってさせているのは明白だ。しかしそれが何なのかは、見当はつかない。
「そんなことより、さっ、詩姫音。準備はいい引っ越しするわよ」
「うん、忘れ物はないよ」
 こことも当面お別れだ。次の場所は外壁近くで少し涼しい筈だ。詩姫音もちょっとは楽に過ごせることだろう。そうだ、私用に回収してきた服を着た詩姫音の格好は、ダボっとした服を着ているようで、なんだかだらしがないように見えるが今は仕方がない。それよりも私が気になったのは他にあった。
「詩姫音、ちょっと後ろ抜いてくれないかしら」
 私は髪留めを外し、詩姫音のボサボサに伸びた髪を束ねて後ろで括ってやったが、何せ量が多いので束ねるとなると一点に重さが来て辛いだろうか。
「できた、どう。辛かったり、重かったりしない」
 鏡の前でじっと固まったままの彼女はゆっくりと結び目を撫でる。
「ありがとう、お姉ちゃん」
「せっかく逃げたのに髪型が一緒だとバレちゃうでしょ。引っ越しできたら、散髪してあげるわ」
 必要最低限の荷物をバイクの座席ケースにしまい、後はバックパックに詰めて詩姫音に背負ってもらった。
 私の髪留めを詩姫音にあげたので、私は髪の毛を下ろしていることになる。しかしバイクに乗っている時は、詩姫音が後ろから掴まるので、髪が風で乱れることはないだろう。
 あとは、詩姫音が振り落とされないか心配である。速度は控えめにしなくては。
「しっかり掴まってるのよ」
「うん、いいよ」
 アクセルを入れ、バイクは走り出した。何月何日かはわからないけど、真夏のような日照りの中、私たちは次なる目的地に向け走る。この街は昼も夜も人通りが全くない。というか人は先日見た警備兵が初めてだ。どうなっているのだか。
 ハイウェイを爽快に駆ける。風は生温かいがまだ気持ちの良い部類だ。単調な景色に飽きてしまったのか、詩姫音は眠そうだ。そろそろ2時間くらいは走り続けていることになる。どこかで休憩しようか。と言ってもサービスエリアなんてあるのか。
 私は悩んだ挙げ句、緊急用の路側帯に停車し詩姫音を起こす。車の往来の完全にない高速道路は、やたらと静かでもの哀しい。
「詩姫音、寝ちゃダメよ。バイクから落ちてしまうでしょ」
「んー」
「はい、お水」
 水の入ったチューブを手渡すと、詩姫音は欠伸をしながらそれを受け取り、吸いながら寝ようとする。仕方なく、詩姫音の頬を両手で挟んだ。
「おねえはん、おひる、おひるはらはなひへ」
 やれやれ、妹がいればこんなものなのだろうか、真理亜はもっとしっかりしてるしどちらかといえば、真理亜はお母さん的な感じだと思う。この感覚はおそらくクリオスを想起させるものだろう。
 ぷはっと詩姫音は水を飲み終わると私にチューブを渡して辺りを見回している。私は手渡された水を飲み蓋をして鞄にしまった。
「何か探してるの」
「ううん、別に。この辺は、誰もいないなって思ったの」
 私にとっては今さらな感じだけど、確かにこの辺は人の気配というか、生気のようなものが感じられないのは、私もなんとなくわかる。
「ちょっと、寂しいね」
「そうね、でもここが目的地ってわけじゃないし、私たちが目指しているところには人はいるはずよ」
 詩姫音は俯いて「そうだよね」と呟いて私の目をチラと確認し訝しむような表情を浮かべた。そして、私はぎこちなく笑うと、彼女もまた複雑な笑みを浮かべて、バイクに跨った私の腰に手を回し、背中に顔を埋めた。
 街が静かすぎるという疑問はここに来て以来感じていたことだ、その理由も三ヶ月経つ頃にわかることだろう。
 再び走り出して数十分、私は遠目に怪しい影を見つけた。何事も順調にとはいかないものだ。こんな見通しの良いハイウェイに警備の鋼騎が、三体駐留しているように見える。はぁやれやれ。バレる前にバラしてしまおうか。
「詩姫音、ちゃんと掴まっててよ」
 私は左のハンドルをスライドさせ、引き抜くと同時にグリップを変形させて、閃光と共に鋼騎の脇を潜り抜けると、初めに接敵した鋼騎の胴体を真っ二つにする。矢継ぎ早に引き金に指をかけ、元の形態に戻したハンドガンを残りの二騎に撃ち込み、頭部を破壊した。
 バイクを止め破壊を確認する。問題ないようだ。ふう、この先同じことが続くようなら、経路変更も視野に入れなくてはならない。
「お姉ちゃん」
「ごめんね。でも見つかるわけにはいかないのよ」
 私は再びバイクを走らせる。今のは待ち伏せというより、偶然ばったり出会ってしまったという風ではあったけれど、一体こんな場所で鋼騎達は何をしていたのだろうか。
「お姉ちゃん、さっきこんなの落ちてたよ」
「ん、何かしら。いや、まさか・・・ね」
「・・・・・お姉ちゃん」
 私は近場の出口からハイウェイを降りた。そして、大きな通りを避け裏道に入り建物の陰でバイクを停車させた。
「詩姫音、ちょっとそれ見せてもらっていいかな」
「うん、いいよ」
 何かの液体が入った小瓶のようだが、蓋の淵に『goki』と書かれている。やはりこれは奴らのパーツの一つだったらしい。
 拾ったものは仕方ないとして、コレを探していたとするなら、何か使い道があり尚且つ、探してまで欲しいものということになるのだろうか。
 おっと、瓶の底にも何か描いてある。
「ZERO-n。何のことだろう」
 ゼロは0ということだろうけど、nとは一体何を指しているのか見当もつかない。
「コレ落とさないように、私のポケットに入れておくわね」
「うん、いいよ」
 情報が足りないと心からそう思う。新しい寝ぐらに行く前に一ヶ所チェックポイントに寄って行くか。詩姫音を寝ぐらで留守番させる・・・のは少し心配だし。連れて行くなら今行くほうが安全かもしれない。
「詩姫音、ちょっと寄り道するけどいいかしら」
「わかった。何しに行くの」
「さっきのロボットみたいに私も探し物をね」
 詩姫音は小首を傾げて、わかったようなわかっていないような微妙な表情を浮かべる。
 端末のマップを開くと幸いにも、すぐ近くに紳士の贈り物があるようなので、バイクをひと走りさせて目的地に到着と相成った。さて今回はどれくらいの大きさのものであるか、少し期待するとしよう。
 チェックポイントは、宅地の中にある小さいオフィスだった。デスクが五席並んだ小規模な仕事場である。若の事務所の方が部屋的には大きいが、あれはまた別か。などと考えていたが、これといって何か用意してある気はしない。
 すると窓際の据え付けのコンピュータが突然動き出し、私の名を呼んだ。
「やあ、そろそろここに辿り着く頃だと思っていたよヒルデ。今回は流石に僕も力を貸そうかと思って連絡してみて正解のようだね。
 詩姫音とはもう会えたかな。録画ではないが、一方的な連絡となるからよーく聞いておくんだよ二人とも。時間を開けたから僕はこうして君たちに言葉を届けられる。だが、それももうあと数分後にはまた消える。しかし心配する必要はない。
 君たちの状況は僕から見てもまずまずいい方へ向かっているだろう。けれど、ひとつだけアドバイスをするなら、早めにこの街から、このドームから出ることをお勧めするよ。外は砂漠だらけだが朝方と夕方は過ごしやすい筈だ。日中は陰で留まり、夜はしっかり暖をとるといい。ささやかだが、ドームの出口付近に隣のドームまでの地図データと、サバイバルキットを用意しておいた。このオフィスには詩姫音用の服と装備を上の階に準備した。
 あとはそう、ヒルデ、端末をアップデートしておいてくれ。どのパソコンでもいいから繋いで端末画面のリンクというボタンを押せばいい、後は放置しても大丈夫なはずだ。詩姫音の着替えを済ませた頃には端末の準備もできているだろう。以上だ幸運祈る」
 ブツン。と一方的に始まり、一方的に切れてしまった。パソコンのケーブルを引っ張り出して、早速私の端末に繋げる。電源がついていたので、紳士が連絡してきたコンピュータを使うことにした。
「じゃあ詩姫音、上の階に行こうか」
「うん」
 私と詩姫音は、上の階の部屋。文字通りの普通の部屋、一人暮らしが出来そうな部屋というと少しおかしいか。改めて言うなら一人で暮らすのが精一杯の部屋が正しいだろう。確かこの間取りはだったか。よくわかないが、そんな感じだった気がする。しかし、姿見もあるし、クローゼットもある。わりと豪華ではなかろうか。
 詩姫音の装備と言っていたが、どんなものが入っているのだろうか。
「なんだこれ」
 思わず声が出てしまうほど、なんというか本格的な装備が入っている。防塵用のローブとシューズ、通気性の良さそうな軽めのジャージ、腰に巻くことのできるポーチとフォールディングナイフ、タンクトップだろうか、あとは無駄にポケットのついたベストと端末。
「・・・かわいいね。お姉ちゃん」
「・・・・・」
 詩姫音は無表情だった。比べて私は口元が引きつったまま、「うん、かわいいね」と小さく呟いた。
 服と装備は詩姫音の体格に丁度良い大きさで、見てくれも少しは強そうに見える。防塵用のローブのフードを目深に被らせて、顔を隠させた。
「まあ、ぴったりなんだし、愛嬌がないのは我慢して。砂漠に出れば私のこのスーツより、詩姫音の服の方が機能的なのよ」
 私がなんと言おうと、全身ベージュというのは確かに可愛げがこれっぽっちもない。それでも砂漠での適応力は高いのは間違いないのだ。
 端末のアップデートが完了している。そのままパソコンからコードを抜き取り、端末を起動させるとこんにちはの文字の後、名前を入力してくださいの記入欄に、私の名前を打ち込んだ。
「お初にお目にかかります。私はこの端末の支援AIです。若田ヒルデ、あなたをこれよりマスターとしてお迎えします。どうぞよろしくお願いします」
「ええっと、よろしく。でもそんな大層な呼び方でなくていいわよ、もっと普通に気軽な呼び方で構わないわ」
「承知しました。では、どうお呼びしたら良いでしょうか」
「そうね。ヒルデとか、お嬢さんとかかしら」
「では、お嬢様とお呼びすることにいたしましょう」
 おいおい、あまり変わってないじゃないか。まあいいか、マスターとか呼ばれるよりは幾分かマシだろう。
「お嬢様、早速では申し訳ありませんが、鋼騎が二騎こちらへ接近中、捕捉されてはいませんがご注意を以上」
 センサーでもついているのだろうか。端末はマップを開き現在地を三角、鋼騎を赤丸で示している。これが正しいとするならこの赤丸は、ゆっくりとこちらに向かっていた。やってやれない数ではないが、ここはやり過ごすのが吉であろう。
 詩姫音を窓のすぐ下に座らせる。私はカーテンの隙間から窓の外の様子を窺う。砲撃タイプが二騎ゆっくり過ぎていった。五メートル程の巨体が街中を闊歩している。人影が見当たらないのはそのせいなのだろうか。これに関してはもう少し調査が必要だ。
「さてと、やり過ごしたみたいね」
 詩姫音の手を取り立たせてやる。そして私たちは出口付近の紳士の贈り物を取りに再び走り出した。
しおりを挟む

処理中です...