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第一章

05-2

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 いつもはぽんぽん話すことが出てくるのに、この時は何となく聞きづらくて、洋太はアイスに集中しているふりをして俯いていた。 
 順平と付き合い始めてから、考え出すと不安になってしまうことがある。
(第一、オレは男で……もしかしたら、こいつと、ずっと一緒には……)
 その時、まるで以心伝心したかのように、順平が口を開いた。
「一緒に暮らしたい……」
「……えっ?」
 意表をつかれて素っ頓狂な声を上げてしまい、あわてて問い返す。
「それってつまり……同棲するってこと……?」
「ああ……やっぱりダメなのか……?」
 食べ終わったアイスの棒を握りしめたまま、真正面から目を合わせてきた。感情の動きが少ない順平には珍しく、黒曜石のような瞳がどこか思いつめた光を放っている。
 以前、順平から聞いたことがあった。自衛隊の若い隊員は駐屯地内の官舎で生活することが決められていて、そこを出て民間のアパートなどに住むには、曹の階級以上に昇進するか、結婚するかしかない、と。
 まだ若いが工科学校出身者のため、教育期間終了後は三曹へ昇級することになっている順平は、理屈の上では駐屯地外での居住が可能だった。以前は家賃が惜しいから当分民間アパートには住まないとか言っていたが。
――つまり洋太さえ「うん」と言えば、今すぐにでも実行出来る話なのだ。
 洋太は、どうしたわけか目を合わせづらくて、しきりにスプーンでカップアイスをつついていた。困ったような笑みを浮かべながら慎重に次の言葉を探す。
「ダメっていうか……ほら、やっぱりうちって、お寺だからさ。それも結構古くて、檀家さんも年配の人が多いから、正直その……男同士とか、あんまりよくは思ってもらえそうにないかな? って……」
 最後のほうは少し寂しそうな口調になってしまった。いけない、と思ってわざと明るい声で続ける。
「でも、こうして二人でアパート借りて時々は会えてるし、いいんじゃないの? 今はこれで――」
「お前は平気なのか? 時々会うだけで……オレは全然平気じゃない。たまにしか会えないから、溜まりに溜まって結局はお前に負担を掛けてしまう。本当は毎日だって会いたいし、一日中でも抱きたいと思ってる……」
 順平が日焼けした精悍な顔に苦し気な表情を浮かべて、洋太の眼をまっすぐのぞきこんでくる。無垢な飼い犬が主を慕うような、駆け引きを知らないストレートな愛情表現に、答えられない自分が歯痒かった。
(それを言われると弱いなあ……オレだって、本当は毎日会いたいよ……でも……)
 洋太の耳の奥で、昼間の法事で話した高齢の檀家たちや、姉の言葉がよみがえる。
”あんたも早く、次の跡継ぎの孫の顔を――”
”お母さんには、いつ話すつもり――?”
(……オレは、自分に正直に生きたいって思ってるのに、どうしても話せないでいることもあるんだ……)
 大好きな相手と、ずっと一緒に生きていきたい。
 たったそれだけのことを、自分はいつか母親や周りの人達に、ちゃんと話せる日が来るのだろうか? 今いる場所からは、とてつもなく遠い道のりに思えてしまう。 
 そしてそれは、由緒ある寺の跡継ぎの男子として、いずれは誰かと結婚して子供を作り、次の世代に繋ぐという”使命”から”降りる”という決意表明に他ならないのだ。
(やっぱり、今はまだ答えを出せない……母さんも、順平も、誰も悲しませたくないと思うオレは、きっとすごく身勝手で、甘ちゃんなんだろうな……)
 洋太は期待を持たせるような言葉でこの場をごまかすことより、少なくとも目の前の順平に対しては誠実でありたいと思って、大真面目な顔で正座すると素直に小さく頭を下げた。
「ごめん……すぐにはお前の気持ちに答えてやれなくって。でも、何とかしたいとは思ってるから。今はもう少し、このままでいさせてくれないか……?」
「……わかった。オレも悪かった、答えを急かすようなこと言って……」
 少し寂しげな笑みを浮かべて、ふっ……と横を向いた順平が、また置き去りにされた小さな子供のような孤独な姿に見え、洋太は何故か胸をかき乱されるような気持ちがして、思わず手を伸ばした。
「順平……」
 ちらりと目が合った順平が急に大きく息を吐いてテービルに突っ伏したので、洋太は驚いた。
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