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第三章

婚約者 3

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「この先の人生、沙穂以外は好きになれない」
「ひゃ……」
「そう思わなかったらプロポーズなんかしない」
「えっちですね」
「なんでだ」

 先ほどから、花森の思考がおかしな方向に向かっている。
 一体どうしてしまったんだと思いながら、旅行が楽しみなだけだろうと深くは考えないことにした。

「これからの人生、八雲さんの欲求や願望は全て私が受け止めるということですね……?」
「……気負わなくても沙穂が一緒にいてくれるだけでいい」

 花森は後ろから抱きしめられている姿勢から身体を捩り、東御の身体に前から抱きつく。

「夫婦って、なんか恥ずかしいですね。他の方からも、あの二人は愛し合ってるのかって思われるんですよね?」
「彼氏彼女だってそうだろう。沙穂の両親はどうだった?」
「……そんなに甘い感じはなかったです」

 東御は花森以上に冷たい家庭しか知らない。夫婦のことも、ましてや家族のことも想像でしか分からなかった。

「そうか。まあ、夫婦や家族に決まった形なんかないのだから、俺たちが好きなように、一番いいと思うようにすればいい」
「はい」

 花森は背伸びをして目を瞑る。
 東御はせがまれたその唇に軽く唇で触れた後、頬と瞼にも軽く音を立てて口づけた。

「八雲さん、今日は一緒にお風呂入ります?」
「予行演習か?」
「夫婦水入らずです」
「なるほど」

 まだ正式には夫婦ではないが、そう言われるとなんだか大事な時間のようにも思える。

「夫婦水入らずか。いい響きだな」
「まあ、毎日夫婦水入らずですけどね」
「早く届け出を出そう、届け出を」
「焦らないで下さい。事実婚でも今は幸せですよう」

 くすくすと笑う花森を連れてキッチンに立ち、味噌汁を完成させて鶏モモ肉をフライパンで焼く。
 その度に東御は丁寧にやり方を教えた。
 そうして夕食の準備をするとダイニングテーブルに向かい合って夕食が始まる。

「会社で、私たちのこと何か言われました?」
「沙穂のどこに惚れたのか聞かれた」
「あらら。なんて言ったんですか?」
「沙穂のかわいいところは俺が独占しているので、赤の他人は知らなくていいですと伝えている」
「そうなんですか?」

 目を丸くしている花森を見て、東御は得意げな表情を浮かべた。

「どうせそのうちみんな沙穂の魅力に気付いていくんだろうが、その頃には既に人妻だ。あえて詳しく教えてやることもない」
「それは……独占欲、的なやつです?」
「的なやつかな」

 花森は箸を置いて顔を手で扇ぐ。「いやー最近すっかり暑いですねえ」と苦し紛れに言いながらお茶を飲んで気を鎮めた。

 結婚願望もなく、結婚したからといって幸せになるわけでは……などと思ってきた花森は、今の自分の状況がなかなか受け入れられない。

 夫と彼氏とはそこまで違わないだろうと思っていたのだが、これは明確に違う。
 他人に正式な夫婦だと公表するのは、堂々とした関係になったような心地がした。
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