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淡雪

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 雨の日に現れた男が、義理の父になった。

 中学生の頃に母に憧れていたらしく、同窓会でも何度か再会していたらしい。
 母は社会人になってすぐ結婚して私を生み、すぐに未亡人になった人だ。
 仕事と育児をひとりで担って、無理が祟ったのかある日倒れた。私が小学6年生の時だ。
 そこで初めて、母が自分の家族と折り合いが悪かったのだと知った。

 親戚づきあいらしいものが無いまま、母は病気が進行していく最中さなかに新しい男と籍を入れた。

「ただいま。現場近くで焼き鳥買ってきた」

 新しい父は、母や私の負担を気にして毎日何かを買ってくる。
 食べるものと言っても、こういったお酒のつまみになるようなものばかりだけれど。
 病人に焼き鳥って……と最初は呆れた私も、母が美味しそうに頬張るのを見て考えを改めた。

「雪の日も現場ってあるんだ」

 父の黒い毛先が水を含んでいた。

「ああ、家具なら室内で作れるからね」
「家具……」

 この人、家具も作れるのか。そうか、大工さんってそういうのも作るのか。
 私のクローゼットなんかも作ってくれたり?
 そう思ったけれど、なんとなく貸しを作りたくなくて言えなかった。

「そうやって毎日出来合いのものを買ってたら、お金が無くなるんじゃない?」
「大丈夫、お父さんみたいな腕のいい大工はどこの現場でも引っ張りだこだ。それに、子どもがお金の心配をするんじゃない」
「でも……」
「それより、学校はどうなんだ? お母さんがお前くらいの時は彼氏もいたぞ?」
「関係ないでしょ」

 お節介な父は、私が学校生活をはみ出さずに過ごせているのかを気にしている。
 学校が終わると寄り道もせずに帰ってくる私は、父にとっては不健全らしい。

 ***

 父がお風呂に入っている間、足の爪を切りながら母に尋ねた。

「お父さんの仕事って、儲かるの?」

 パチン、と爪が高い音を立てて切れる。母は居間でテレビを眺めていた。

「なあに? ほんとに食費を心配してたの??」
「だって、お金持ってるように見えないんだけど」
「失礼なこと言わないの。あの人、1週間でその辺の人の月給くらい稼ぐわ」
「え?!」
「雨で仕事がなくなれば、その日はお金が入ってこなかったりするから不安定なところはあるけどね。大工って人手不足で、技術職だから技術が高い人は本当に貴重なんですって。まあ、下積み時代は相当大変だったみたいだけど」
「そうなんだ……びっくり」

 人は見かけによらないというのだろうか、それとも大工という職業を知らなすぎるのか。
 スーツを着て働く人の方が、いい暮らしをしているのかと思っていた。
 父は水筒を抱えて早朝に出かけていくけれど、あのゴツゴツとした大きな手でどんなものを作っているのだろう。

「なんでそんなに稼ぐ人がずっと独身だったわけ?」
「一度社会人になってから、お義父さんのやっている工務店を継がなくちゃいけなくなって大工の道に入ったの。会社員だった分だけ職人になるタイミングも遅かったし、苦労してるのよ」
「ふうん……」

 よく分からないけれど、女の人と結婚できなかったくらいに何か問題があったんじゃないだろうか。
 私の中で、40代の独身男性というのは「結婚できなかった人」という印象になってしまうけれど、偏見だろうか。
 
 別に見た目も悪くないし、性格だって優しいと思うけれど。
 病気の母と結婚してしまうくらいに、判断力には問題があるのだから。
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