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5章
新婚旅行
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日が暮れた時間、しわくちゃになった喪服を仕舞い、ブルーのドレスに着替えていた。
二人きりで豪華な宿にいて、ユリシーズが着替えを手伝ってくれる。
今は背中の紐を縛ってくれているところだ。
「夜の帝都を歩こうか。黒魔術を使っている時でなければ、俺はアイリーンと人前で歩けない」
「そうね。耳と尻尾が目立つものね」
ユリシーズと再会してから一日半が経っている。私たちは帝都で一泊した。
傍から見ると侍女も侍従も連れていない未亡人と貴族男性の組み合わせだったから、かなり不審な目を向けられたけれど……ユリシーズはその反応も含めて楽しんでいたらしい。
「アイリーンは耳と尻尾が好きなんだろ?」
「そうね。耳も尻尾も動きがかわいいもの」
「また『かわいい』か」
不服そうに言ったけれど、ドレスに着替え終わった私の全身を確認して、満足そうにうなずいた。
「美人な妻を持つっていうのは、鼻が高いな」
「私も、素敵な夫を持って鼻が高いわよ?」
「そうだろう? 皇室の男性は比較的見た目も整ったやつが多いが、オルブライト伯爵家の当主かつ、人狼族の族長である俺には敵わない」
「そうね……それは、そう思う」
「やけに素直に褒めてくれるんだな」
ユリシーズは嬉しさよりも驚きの方が大きかったらしく、私を不思議そうに見る。
「外の世界に出てみて、いろんな人に会って分かったの。ユリシーズは格別に素敵な男性だったし、私は……そうね、なかなかの美人だったみたい」
「アイリーンはなかなかの美人というより、目を疑うような絶世の美女だ」
にこりと笑うユリシーズと手を繋ぐ。
昼と夜が混じったユリシーズは、口調がノクスに近い。
本人曰く、ディエスも正式な場所以外ではノクスみたいに喋るんだとか。
私と話すときは丁寧だったディエスも、柔らかい雰囲気を心がけてくれていたのか、性格的にそうなってしまうのか、とにかくそんな事情を知った。
「じゃあ、行こうか。夜の街を歩いて、酒の出る店でアイリーンを酔わせてみたい」
「ふふ、良いわよ。あなたが死んでいる間、お酒にちょっとだけ強くなったから」
夜に一人でいるのは怖くて寂しくて、アルコールに頼っていたところがある。ユリシーズと再会するのがもっと遅くなっていたら、依存症になっていたかもしれないわね。
宿の外に出ると、並ぶ街灯がぼんやりと街を照らしていて、お店から漏れる光はランタンのよう。
「綺麗……」
街の風景に心が躍り、知らなかった世界を知る喜びが私を高揚させた。
「折角だから、夜の世界に入ってみよう」
ユリシーズが誘うように私を引き寄せる。
どこに連れて行かれるのか分からないけれど、なんだか刺激的なことが待っていそうでドキドキする。
ユリシーズは一本脇道に入って半地下に降りる階段に私を誘った。
着いた場所の入口は暗く、扉を開けると仮面をつけた男性が受付をしている。
「ようこそ、お客様は初めてでいらっしゃいますか?」
「二人とも、初参加だ」
ユリシーズが大金を払い、受付の男性から仮面を受け取る。
私は何が何やら分かっていないけれど、ユリシーズは私にも付けるようにと渡してくれて、その場で目の周りが隠れる仮面をつけた。
悔しいけれど、美形というのは仮面をしても美形だ。
ユリシーズは独特の色気を纏い、私の手を取る。
受付の男性がその先にあるカーテンを開けると、奥にはダンス会場らしい広間が広がっていた。
シャンデリアがクリスタルの煌めきを伴って空間を照らす中、貴族階級らしい男女が揃いも揃って仮面をして……お酒を飲みながら話したり、身体を寄せ合ってダンスをしたりしている。
ユリシーズは私の手を取って、ダンス会場に向かう。もしかして踊るの? と焦っていると、「リードするから、合わせてくれればいい」と小さく笑われた。
私がダンスを教わってきていないのは、お見通しらしい。
ユリシーズに身体を添わせ、身を任せてみた。
他の人たちも同じようにしていて、これ、ちょっと揺れながら密着しているだけでは? と疑問が浮かぶ。
「こういう場所の『ダンス』というのは、相手を品定めして次の場所に誘うための過程みたいなものだ」
そっとユリシーズに囁かれて、私は大いに驚いた。
品定め? なんだか私が苦手な響きだけれど……。ここにいる人たちは、初めて会った人と踊っているの?
「どうして、ここへ?」
「さあ。実のところ、俺自身がよく分かっていない。多くの男性を魅了するアイリーンを自慢しながら、優越感に浸ろうと思ったのかもしれないな」
どういうこと? と思いながらユリシーズに合わせて身体を揺らす。何やら視線を感じて周囲を見回すと、男性が数名こちらを見ていた。
……もしかして、順番待ちとかされているのかしら。全然知らない人とこんな風に密着するのはごめんなのですが。
「気のせいかもしれないけれど、こっちを見ている人がいるわ」
「こういうところに来ているやつは、人間の中でも嗅覚が鋭いからな。イイ女を探し当てる能力だけは発達している。アイリーンが視線を集めるのは必然だ。絶対に隙など与えてやらないが」
ユリシーズは不敵に笑うと、私の手を握ったままお酒を受け取りにエスコートしてくれた。
「どんな酒が飲みたい?」
「……甘いのがいいわ」
ユリシーズはうなずいて、ウェイターから赤い色のドリンクを受け取って渡してくれた。そうして、自分用には大きな氷が入った透明のお酒を手に取っている。
「乾杯」
ユリシーズはグラスを掲げた後、私が最初のひと口を飲み終えるのをじっと見つめていた。
私が「飲みやすくて好きな味よ」と感想を述べると、満足そうに自分の飲み物をぐっと飲み込む。
「こんな日がくるなんて、思わなかったな」
「何が?」
「男女が不純な動機を持って集まる場所に妻を連れて来たり、そこで妻と酒を飲んだりするなんて、俺は意外に刺激を求めるタイプだったのか」
「私、本当は男の人の視線が苦手なのだけれど、あなたがいてくれれば大丈夫みたい」
「そうか」
お酒の勢いを借りてみようかしらと手に握るグラスの中身をもうひと口飲む。
「あなたと初めてのことをするのは……楽しいわ」
顔が熱いのは、お酒のせいなのか大胆になってしまったせいなのか。
昨日から今日にかけてお互いの気持ちを確かめ合ったから、素直になれただけなのかもしれない。
「アイリーンは、他の男の前で酒を飲むのは禁止だ」
「えっ……?」
ここに連れてきたのはあなたじゃないの、と反論しようとしたら、ユリシーズに唇を奪われた。
最初はそっと触れられて、その後で深く触れられる。私の甘いお酒とユリシーズのお酒の強いアルコールが混ざって、何かのカクテルになった。
「美味しい……」
「もっと要るか?」
「ユリシーズのお酒がじゃなくて、私のと混じった味が美味しかったの」
「ああ、全く……色気が増すんだな……。それに、やたらかわいらしくなる」
ユリシーズは持っていたお酒をぐっと飲み干して、ウェイターにグラスを返していた。
どうしたのかしらとその様子を見ていると、私のお酒を奪い取り、それも一気に飲み干している。
「ちょっと、それはっ……」
文句を言おうと思ったら、私の口にお酒が入ってくる。
頭がボーっとして、いつもより酔いが早く回りそう。
美味しいけれど、身体が熱い。
さっきよりも甘くて、蕩けるような……大人の味がした。
二人きりで豪華な宿にいて、ユリシーズが着替えを手伝ってくれる。
今は背中の紐を縛ってくれているところだ。
「夜の帝都を歩こうか。黒魔術を使っている時でなければ、俺はアイリーンと人前で歩けない」
「そうね。耳と尻尾が目立つものね」
ユリシーズと再会してから一日半が経っている。私たちは帝都で一泊した。
傍から見ると侍女も侍従も連れていない未亡人と貴族男性の組み合わせだったから、かなり不審な目を向けられたけれど……ユリシーズはその反応も含めて楽しんでいたらしい。
「アイリーンは耳と尻尾が好きなんだろ?」
「そうね。耳も尻尾も動きがかわいいもの」
「また『かわいい』か」
不服そうに言ったけれど、ドレスに着替え終わった私の全身を確認して、満足そうにうなずいた。
「美人な妻を持つっていうのは、鼻が高いな」
「私も、素敵な夫を持って鼻が高いわよ?」
「そうだろう? 皇室の男性は比較的見た目も整ったやつが多いが、オルブライト伯爵家の当主かつ、人狼族の族長である俺には敵わない」
「そうね……それは、そう思う」
「やけに素直に褒めてくれるんだな」
ユリシーズは嬉しさよりも驚きの方が大きかったらしく、私を不思議そうに見る。
「外の世界に出てみて、いろんな人に会って分かったの。ユリシーズは格別に素敵な男性だったし、私は……そうね、なかなかの美人だったみたい」
「アイリーンはなかなかの美人というより、目を疑うような絶世の美女だ」
にこりと笑うユリシーズと手を繋ぐ。
昼と夜が混じったユリシーズは、口調がノクスに近い。
本人曰く、ディエスも正式な場所以外ではノクスみたいに喋るんだとか。
私と話すときは丁寧だったディエスも、柔らかい雰囲気を心がけてくれていたのか、性格的にそうなってしまうのか、とにかくそんな事情を知った。
「じゃあ、行こうか。夜の街を歩いて、酒の出る店でアイリーンを酔わせてみたい」
「ふふ、良いわよ。あなたが死んでいる間、お酒にちょっとだけ強くなったから」
夜に一人でいるのは怖くて寂しくて、アルコールに頼っていたところがある。ユリシーズと再会するのがもっと遅くなっていたら、依存症になっていたかもしれないわね。
宿の外に出ると、並ぶ街灯がぼんやりと街を照らしていて、お店から漏れる光はランタンのよう。
「綺麗……」
街の風景に心が躍り、知らなかった世界を知る喜びが私を高揚させた。
「折角だから、夜の世界に入ってみよう」
ユリシーズが誘うように私を引き寄せる。
どこに連れて行かれるのか分からないけれど、なんだか刺激的なことが待っていそうでドキドキする。
ユリシーズは一本脇道に入って半地下に降りる階段に私を誘った。
着いた場所の入口は暗く、扉を開けると仮面をつけた男性が受付をしている。
「ようこそ、お客様は初めてでいらっしゃいますか?」
「二人とも、初参加だ」
ユリシーズが大金を払い、受付の男性から仮面を受け取る。
私は何が何やら分かっていないけれど、ユリシーズは私にも付けるようにと渡してくれて、その場で目の周りが隠れる仮面をつけた。
悔しいけれど、美形というのは仮面をしても美形だ。
ユリシーズは独特の色気を纏い、私の手を取る。
受付の男性がその先にあるカーテンを開けると、奥にはダンス会場らしい広間が広がっていた。
シャンデリアがクリスタルの煌めきを伴って空間を照らす中、貴族階級らしい男女が揃いも揃って仮面をして……お酒を飲みながら話したり、身体を寄せ合ってダンスをしたりしている。
ユリシーズは私の手を取って、ダンス会場に向かう。もしかして踊るの? と焦っていると、「リードするから、合わせてくれればいい」と小さく笑われた。
私がダンスを教わってきていないのは、お見通しらしい。
ユリシーズに身体を添わせ、身を任せてみた。
他の人たちも同じようにしていて、これ、ちょっと揺れながら密着しているだけでは? と疑問が浮かぶ。
「こういう場所の『ダンス』というのは、相手を品定めして次の場所に誘うための過程みたいなものだ」
そっとユリシーズに囁かれて、私は大いに驚いた。
品定め? なんだか私が苦手な響きだけれど……。ここにいる人たちは、初めて会った人と踊っているの?
「どうして、ここへ?」
「さあ。実のところ、俺自身がよく分かっていない。多くの男性を魅了するアイリーンを自慢しながら、優越感に浸ろうと思ったのかもしれないな」
どういうこと? と思いながらユリシーズに合わせて身体を揺らす。何やら視線を感じて周囲を見回すと、男性が数名こちらを見ていた。
……もしかして、順番待ちとかされているのかしら。全然知らない人とこんな風に密着するのはごめんなのですが。
「気のせいかもしれないけれど、こっちを見ている人がいるわ」
「こういうところに来ているやつは、人間の中でも嗅覚が鋭いからな。イイ女を探し当てる能力だけは発達している。アイリーンが視線を集めるのは必然だ。絶対に隙など与えてやらないが」
ユリシーズは不敵に笑うと、私の手を握ったままお酒を受け取りにエスコートしてくれた。
「どんな酒が飲みたい?」
「……甘いのがいいわ」
ユリシーズはうなずいて、ウェイターから赤い色のドリンクを受け取って渡してくれた。そうして、自分用には大きな氷が入った透明のお酒を手に取っている。
「乾杯」
ユリシーズはグラスを掲げた後、私が最初のひと口を飲み終えるのをじっと見つめていた。
私が「飲みやすくて好きな味よ」と感想を述べると、満足そうに自分の飲み物をぐっと飲み込む。
「こんな日がくるなんて、思わなかったな」
「何が?」
「男女が不純な動機を持って集まる場所に妻を連れて来たり、そこで妻と酒を飲んだりするなんて、俺は意外に刺激を求めるタイプだったのか」
「私、本当は男の人の視線が苦手なのだけれど、あなたがいてくれれば大丈夫みたい」
「そうか」
お酒の勢いを借りてみようかしらと手に握るグラスの中身をもうひと口飲む。
「あなたと初めてのことをするのは……楽しいわ」
顔が熱いのは、お酒のせいなのか大胆になってしまったせいなのか。
昨日から今日にかけてお互いの気持ちを確かめ合ったから、素直になれただけなのかもしれない。
「アイリーンは、他の男の前で酒を飲むのは禁止だ」
「えっ……?」
ここに連れてきたのはあなたじゃないの、と反論しようとしたら、ユリシーズに唇を奪われた。
最初はそっと触れられて、その後で深く触れられる。私の甘いお酒とユリシーズのお酒の強いアルコールが混ざって、何かのカクテルになった。
「美味しい……」
「もっと要るか?」
「ユリシーズのお酒がじゃなくて、私のと混じった味が美味しかったの」
「ああ、全く……色気が増すんだな……。それに、やたらかわいらしくなる」
ユリシーズは持っていたお酒をぐっと飲み干して、ウェイターにグラスを返していた。
どうしたのかしらとその様子を見ていると、私のお酒を奪い取り、それも一気に飲み干している。
「ちょっと、それはっ……」
文句を言おうと思ったら、私の口にお酒が入ってくる。
頭がボーっとして、いつもより酔いが早く回りそう。
美味しいけれど、身体が熱い。
さっきよりも甘くて、蕩けるような……大人の味がした。
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