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5章
手がかりを探して
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途中まで馬車で進むと、脇道から森の奥に入っていくことになった。
そもそもそのつもりで乗馬服を着ていたから、エイミーとウィルを置いて脇道に入っていく。
こんな伯爵夫人はいないかもしれないけれど、ユリシーズなら笑って許してくれるはずだ。
途中まで歩いたところで、同行していた使用人がポケットから黒い布切れを出した。
私も持っているユリシーズの服の破片は全部で8枚ほどあったので、捜索に出ている人狼たちにそれぞれ持たせて、ユリシーズを辿るために使ってもらっている。
使用人とバートレットが布切れの匂いを嗅ぎ、うなずきながら同じ方向を指す。どうやら、ユリシーズの匂いがするらしい。
ドキドキしながら奥に進んでいくと、大きな木の前で男性の使用人とバートレットが立ち止った。
「ここで、匂いが消えているんです……」
「確かに」
使用人とバートレットは周囲を嗅ぎながら、大きな木の根元をじっと見ていた。
「掘ってみますか?」
「……え?」
「何が出て来るか分かりませんので、奥様は馬車でお待ちいただいた方がよいかもしれませんが」
この木の下に何かがあるということ? と戸惑って、「大丈夫、ここで見ているわ」と二人に告げる。
バートレットは小型のスコップを自分の荷物の中から二つ取り出して、使用人と共にその場所を掘り始めた。
暫く二人は一つの場所を掘り続け、そして何かを掘り当てる。
恐る恐るその様子を見ていると、ユリシーズの上着らしき服が出てきた。
「服……よね」
「どうやら、匂いの元はこちらですね。誰かによって埋められたのでしょうか」
「どうして服が埋められるの?」
「さあ……」
その他にも何か手掛かりがないかと周囲を探してもらったけれど、特にユリシーズの匂いがする場所はないのだという。
「もう少し……帝国中の町や村にも捜索に行ってもらえる? 目撃証言がないか探って欲しいの」
「かしこまりました」
「バートレットはユリシーズの捜索を続けることに反対はしないの? お金も時間もかかってしまうし、内心は呆れていると思うのだけれど」
「いえ。今回のご主人様には一点だけ不審な点がございますので」
「不審な点……?」
「あれだけ奥様のためだけに生きていらっしゃった方が、死の間際で奥様に向けた行動をしないというのは……何か引っかかるのです。なにしろ、特別しぶとい方ですから」
「あなたが言うなら、そこの疑問が解消するまでとことん調べてみましょう」
「取り急ぎ、先ほどの上着を調べてみます」
「……お願い」
上着から何かメッセージが出てきたら、私は諦めることができるだろうか。
もう三ヶ月にもなるのに、あなたがこの世にいないなんてとても思えない。
急に「ただいま帰りました! アイリーン!」って家に帰ってくる気がして、ユリシーズがいない毎日の方が、夢なんじゃないかしらって思うのよ。
***
私は帝都のお城に来て、華やかなパーティに一人だけ喪服で参加している。
今日はヒュー皇子の誕生パーティが行われていた。
皇子殿下から招待状が来た時は、喪中の者を誘うなんて、とは思った。
帝国ではこういった招待状を皇室から受け取ったら、喪服で姿を現してでも来て欲しいという意味になる。
私が場違いになっているのは誘った皇子殿下のせいだ。
オルウィン侯爵夫人とディアリング伯爵夫人が旦那様と一緒に参加していて、「あら、オルブライト伯爵夫人……この度は大変でしたね」と声を掛けられた。
こういう場じゃなかったら何を言われるか分かったものではないけれど、大変だったのは確かだから会釈で返すと、一行は離れた場所に行ってしまった。
やっぱり、同情されるのは苦手だ。
「で? その上着からは何か見つかったの?」
隣にいるクリスティーナに尋ねられる。
「いいえ。特に何も見つかりませんでした。こんなことを四ヶ月も続けていると、みんなが疲れてきているのが分かるのです。手がかりらしいものが何もない状態で、色々なところに行かされて……。でも、やめ時も分からなくなってしまって」
「そう……あれから、アイリーンは一度も泣いていないの?」
クリスティーナに聞かれて、素直にうなずく。
この四ヶ月間、私は涙を流していなかった。
「ずっと長い夢の中にいるようなのです。この世が現実ではないような……。ユリシーズの子を宿していたら、必死に生きなくちゃと思ったかもしれないですね」
「身重は大変よ。新しく住み始めた家で主人をしながら出産だなんて、難しいと思うわ」
「クリスティーナは皇子殿下とどうなのです?」
「お父様の罪が確定してからは、前よりも会話が増えてきているけれど。ねえ、誕生日に呼ばれるくらいなのだから、ヒューから側室の話が出たりしていないの?」
皇帝陛下に会った時に、それっぽいことを言われた。私はオルブライト家のために皇室との繋がりをちゃんと作っておこうとここに足を運んでいるけれど、側室だなんて全く惹かれない。
「ユリシーズを探したりオルブライト家をまとめる仕事があるので、皇室入りだなんて」
「……わたくしは、アイリーンなら歓迎するわ」
「はい??」
「アイリーンは、一緒にいる人を幸せにできる人。ずっと独り身でいることは無いと思うの。わたくしはアイリーンと一緒にいたいし、ヒューも恐らくそうなのだと思う。わたくしたち、家族になっても良いと思うのよ」
突然のことに、クリスティーナはどうしてしまったのかしらと思う。
「もうわたくし、見ていられないわ。アイリーンが頑張りすぎていて、オルブライト伯爵のところに行こうとしているようにしか見えないの」
クリスティーナに言われてハッとした。
そういう気持ちが無かったかと言えば嘘になる。
「でも、ユリシーズは夢にすら現れてくれないのです」
「……アイリーン」
「あの人は、亡くなったら毎晩でも私の枕元に立つような人だと思ったのに。どこに行ってしまったのか分からなくて、諦めがつきません」
あんなに私に執着していたくせに、突然いなくなってしまったなんて理解ができない。死んでいるのなら、化けて出てきてくれたっていいのに。
「諦めがつかない、ね。それなら、これからも気軽に訪ねてきて。そして、気持ちが変わって皇室に入る決心ができたら遠慮しないで教えて欲しいの」
「クリスティーナの気持ちは本当に嬉しいです。でも、私は皇室には入りません」
「……わたくしは待っているわ」
気持ちが変わる、か……。
それは、私がユリシーズの死を認めるということなのか、それとも、伯爵夫人としてこれ以上は頑張れないと結論を出すということなのだろうか。
「ありがとうございます。でも私、オルブライト家が好きなので」
人狼たちを守るのも私の役目。
ユリシーズの遺したものは全部、私が大切にしていきたい。
そもそもそのつもりで乗馬服を着ていたから、エイミーとウィルを置いて脇道に入っていく。
こんな伯爵夫人はいないかもしれないけれど、ユリシーズなら笑って許してくれるはずだ。
途中まで歩いたところで、同行していた使用人がポケットから黒い布切れを出した。
私も持っているユリシーズの服の破片は全部で8枚ほどあったので、捜索に出ている人狼たちにそれぞれ持たせて、ユリシーズを辿るために使ってもらっている。
使用人とバートレットが布切れの匂いを嗅ぎ、うなずきながら同じ方向を指す。どうやら、ユリシーズの匂いがするらしい。
ドキドキしながら奥に進んでいくと、大きな木の前で男性の使用人とバートレットが立ち止った。
「ここで、匂いが消えているんです……」
「確かに」
使用人とバートレットは周囲を嗅ぎながら、大きな木の根元をじっと見ていた。
「掘ってみますか?」
「……え?」
「何が出て来るか分かりませんので、奥様は馬車でお待ちいただいた方がよいかもしれませんが」
この木の下に何かがあるということ? と戸惑って、「大丈夫、ここで見ているわ」と二人に告げる。
バートレットは小型のスコップを自分の荷物の中から二つ取り出して、使用人と共にその場所を掘り始めた。
暫く二人は一つの場所を掘り続け、そして何かを掘り当てる。
恐る恐るその様子を見ていると、ユリシーズの上着らしき服が出てきた。
「服……よね」
「どうやら、匂いの元はこちらですね。誰かによって埋められたのでしょうか」
「どうして服が埋められるの?」
「さあ……」
その他にも何か手掛かりがないかと周囲を探してもらったけれど、特にユリシーズの匂いがする場所はないのだという。
「もう少し……帝国中の町や村にも捜索に行ってもらえる? 目撃証言がないか探って欲しいの」
「かしこまりました」
「バートレットはユリシーズの捜索を続けることに反対はしないの? お金も時間もかかってしまうし、内心は呆れていると思うのだけれど」
「いえ。今回のご主人様には一点だけ不審な点がございますので」
「不審な点……?」
「あれだけ奥様のためだけに生きていらっしゃった方が、死の間際で奥様に向けた行動をしないというのは……何か引っかかるのです。なにしろ、特別しぶとい方ですから」
「あなたが言うなら、そこの疑問が解消するまでとことん調べてみましょう」
「取り急ぎ、先ほどの上着を調べてみます」
「……お願い」
上着から何かメッセージが出てきたら、私は諦めることができるだろうか。
もう三ヶ月にもなるのに、あなたがこの世にいないなんてとても思えない。
急に「ただいま帰りました! アイリーン!」って家に帰ってくる気がして、ユリシーズがいない毎日の方が、夢なんじゃないかしらって思うのよ。
***
私は帝都のお城に来て、華やかなパーティに一人だけ喪服で参加している。
今日はヒュー皇子の誕生パーティが行われていた。
皇子殿下から招待状が来た時は、喪中の者を誘うなんて、とは思った。
帝国ではこういった招待状を皇室から受け取ったら、喪服で姿を現してでも来て欲しいという意味になる。
私が場違いになっているのは誘った皇子殿下のせいだ。
オルウィン侯爵夫人とディアリング伯爵夫人が旦那様と一緒に参加していて、「あら、オルブライト伯爵夫人……この度は大変でしたね」と声を掛けられた。
こういう場じゃなかったら何を言われるか分かったものではないけれど、大変だったのは確かだから会釈で返すと、一行は離れた場所に行ってしまった。
やっぱり、同情されるのは苦手だ。
「で? その上着からは何か見つかったの?」
隣にいるクリスティーナに尋ねられる。
「いいえ。特に何も見つかりませんでした。こんなことを四ヶ月も続けていると、みんなが疲れてきているのが分かるのです。手がかりらしいものが何もない状態で、色々なところに行かされて……。でも、やめ時も分からなくなってしまって」
「そう……あれから、アイリーンは一度も泣いていないの?」
クリスティーナに聞かれて、素直にうなずく。
この四ヶ月間、私は涙を流していなかった。
「ずっと長い夢の中にいるようなのです。この世が現実ではないような……。ユリシーズの子を宿していたら、必死に生きなくちゃと思ったかもしれないですね」
「身重は大変よ。新しく住み始めた家で主人をしながら出産だなんて、難しいと思うわ」
「クリスティーナは皇子殿下とどうなのです?」
「お父様の罪が確定してからは、前よりも会話が増えてきているけれど。ねえ、誕生日に呼ばれるくらいなのだから、ヒューから側室の話が出たりしていないの?」
皇帝陛下に会った時に、それっぽいことを言われた。私はオルブライト家のために皇室との繋がりをちゃんと作っておこうとここに足を運んでいるけれど、側室だなんて全く惹かれない。
「ユリシーズを探したりオルブライト家をまとめる仕事があるので、皇室入りだなんて」
「……わたくしは、アイリーンなら歓迎するわ」
「はい??」
「アイリーンは、一緒にいる人を幸せにできる人。ずっと独り身でいることは無いと思うの。わたくしはアイリーンと一緒にいたいし、ヒューも恐らくそうなのだと思う。わたくしたち、家族になっても良いと思うのよ」
突然のことに、クリスティーナはどうしてしまったのかしらと思う。
「もうわたくし、見ていられないわ。アイリーンが頑張りすぎていて、オルブライト伯爵のところに行こうとしているようにしか見えないの」
クリスティーナに言われてハッとした。
そういう気持ちが無かったかと言えば嘘になる。
「でも、ユリシーズは夢にすら現れてくれないのです」
「……アイリーン」
「あの人は、亡くなったら毎晩でも私の枕元に立つような人だと思ったのに。どこに行ってしまったのか分からなくて、諦めがつきません」
あんなに私に執着していたくせに、突然いなくなってしまったなんて理解ができない。死んでいるのなら、化けて出てきてくれたっていいのに。
「諦めがつかない、ね。それなら、これからも気軽に訪ねてきて。そして、気持ちが変わって皇室に入る決心ができたら遠慮しないで教えて欲しいの」
「クリスティーナの気持ちは本当に嬉しいです。でも、私は皇室には入りません」
「……わたくしは待っているわ」
気持ちが変わる、か……。
それは、私がユリシーズの死を認めるということなのか、それとも、伯爵夫人としてこれ以上は頑張れないと結論を出すということなのだろうか。
「ありがとうございます。でも私、オルブライト家が好きなので」
人狼たちを守るのも私の役目。
ユリシーズの遺したものは全部、私が大切にしていきたい。
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