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4章

対面、皇帝陛下 2

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 エイミーとオルウィン侯爵を控室に残し、私と皇子殿下は皇帝陛下のいる場所に向かって歩く。
 私たちの前を、甲冑に包まれた兵士が歩いていた。
 身体が大きな兵士は兜で顔が見えず、声すらも上げない。
 歩く度に金属のカシャカシャとした音が立っているのが気になって、会話をする気も失せてしまった。

 暫く歩くと、両開きの扉が開いたままの大きな部屋に着く。
 入口の両脇には私たちをここへ連れてきた兵士と同じ恰好の、槍を握った兵士が立っていた。

 ここからどうするのだろうと隣を歩く皇子殿下の方を向く。
 皇子殿下は入口まで歩いていくと、その場で片膝をついて「我が帝国の栄光、皇帝陛下に謁見を願います」と声を上げる。

 私はどうしたらいいのかとその場で立ったままオロオロとしてしまったけれど、ここまで私たちを連れてきた甲冑の兵士が私の方を向いて腰を下ろし、片膝を立てた状態で握った拳を胸に置いた。
 何かの敬礼だろうか。

「オルブライト伯爵夫人を、ここに」

 皇子殿下が声を上げると、赤い絨毯の両脇にずらりと並んだ甲冑の兵士が、こちらを一斉に向いて持っていた槍の石突いしづき(※柄の一番先にある地面に付ける部分)を床に付ける。甲冑の金属音と共に石突が床を叩いて一斉にカツンと鳴った。

 部屋の中は皇子殿下の謁見の間と同じように、赤い絨毯が一直線に玉座に向かって敷かれている。
 ただ、兵士の数はこちらの方が圧倒的に多い。天井から下がっているシャンデリアにもクリスタルが付いてキラキラとしているし、煌びやかでもあった。

「夫人、皇帝陛下のところまで参りましょう」

 皇子殿下がそう言って立ち上がり、歩き出した。
 私はその後を付いて行くのかしらと、私の方を向いている兵士を一瞥して歩き始める。

 甲冑の兵士たちに囲まれて、なんだか居心地が悪い……あの槍で串刺しにされるのだけは避けたいところだ。

 皇子殿下は皇帝陛下に近づいて行き、手の甲と服の裾に口づけをした。クリスティーナが皇子殿下にしていた挨拶と似ている。
 やはりあれは皇族式の敬礼なのだろう。私にそれを強要してくる気配はない。

 皇帝陛下は肩下まで白い髪が波打っていて、茶色の毛が裾に付いた赤いビロード製のローブを羽織っている。
 手には宝石のついた杖を持ち、私の方をじっと見ていた。

「初めまして、我が皇帝陛下。クリスティーナ・オルブライトです」
「……クリスティーナを名乗る必要はない」
「アイリーン・オルブライトと申します」

 うむ、と皇帝陛下は一度小さく唸った。

「オルブライト家からの連絡は、まだ来ていないな?」

 皇帝陛下は確認するように私の方に問いかける。

「……はい」

 なぜそんなことを私に? とあからさまに不審がってしまった。皇帝陛下には関係ないではないか。

「そうか。それでは、オルブライト伯爵が命を落としたことは知らないのだな?」
「……は?」
「先日、報告が入った。ユリシーズ・オルブライトは死亡が確認され、夫人の意向次第で葬儀が行われることになっている」

 なに? この方は一体何を言っているの?
 誰が死亡して、誰の葬儀が行われると……?

「アイリーンは、われのせいで未亡人になってしまった。もしその気があれば皇室に来ればいいのではとヒューと話していた」

 皇帝陛下が、エイミーの話みたいなことを言う。
 全てが夢みたいで、耳に入ってこない。

 話が理解できずにいると、「つまり……」と皇子殿下が話を切り出そうとした。

「わたくしは、皇子殿下の側室にはなりません。生涯ユリシーズ・オルブライトの妻です。夫が先に生涯を閉じたのなら、わたくしは自分に残された生涯をユリシーズの妻として生きるだけのこと」
「そなたはオルブライト伯爵の元に嫁いで日が浅い。今はそう思うのだろうが、その痛みや悲しみが癒えれば、新しい伴侶や家族が必要になるだろう」

 女だから、一人では生きていけないと思われているのだろうか。
 伴侶というのは、絶対にいなければならないものなの?

「わたくしに必要なのは夫の誠実な愛情だけです。地位も、形だけの夫婦関係も望んでおりません。皇子殿下には、お妃様がいらっしゃるではないですか!」

 私がきっぱりと言うと、その場にピリリとした空気が走った。

「皇帝陛下、お気遣いいただき感謝いたします。ですが、夫に万が一のことがあった場合、オルブライト伯爵家のすべてはわたくしが継ぐことになっています。帝国法によれば爵位だけは女であるわたくしのものにはなりませんが、あの家と財産はわたくしが守ります。家に帰れば、どこかに夫の遺書があるはずですから」
「オルブライト伯爵が遺書を?」
「はい。そんなものは要らないと夫に怒ったのですが、まさかそれが役に立つ日が来るなんて……」

 本当にユリシーズは死んでしまったのだろうか。
 そんなはずはないと私の本能が言っている。あの人は、戦場の最前線を生き抜いた。不死の死神伯と呼ばれていたはずなのに。
 毒が身体に回って亡くなってしまったのなら、バートレットが連絡をくれるはずだ。

「ヒューは、なるべく彼女を支えてあげなさい。こうなったのは皇室にも責任がある」
「仰せの通りに。アイリーンとは、今後も友人関係を続けて参ります」

 友人関係、か。私はこの人たちにとってただの厄介者ではないのかしら。

「ところで、公爵様はどうしていらっしゃるのでしょうか?」
「公爵とは……フリートウッド公爵家の当主か?」
「そうです。わたくしの父となっているはずの方が、どうして何も言ってこないのでしょうか?」

 皇帝陛下は、皇子殿下に対して目で合図のようなものを送った。

「フリートウッド公爵を降爵の裁判にかけている最中です。皇族の城において、間者を潜り込ませて自分に有利な状況を作っていた疑いがあります」

 皇子殿下が言った。あのお城にいた公爵家の息がかかった人が捕まったのだろうか。

「じゃあ……公爵様はいよいよ罰せられるのですか?」
「恐らく、今回は逃げられないだろうと踏んでいます。余罪がどこまで追求できるかはこれからの調査次第ですが」

 皇子殿下の口調から、既に何かしらの証拠を掴んでいることがうかがえた。
 この間は、公爵様を捕まえるのは難しいという話をしていた気がするのに。

「そういうわけだから、この先アイリーンはフリートウッド公爵の影におびえることなく、安全に暮らせるのではないだろうか」

 皇帝陛下に言われて頭が混乱する。この方は公爵様と繋がっていたのではないの?

「オルブライト伯爵の跡を継ぐのも悪くはないですが、もっと自由に生きてもいいのですよ。多少の支援はできますから」

 皇子殿下は静かに言った。つまり、オルブライト家を継がずに自由に生きろと?

「お気持ちはありがたく頂戴いたします。ですが、あの家はわたくしの家です。主人を失った使用人たちをまとめなくてはいけませんし、オルブライト家を存続させるためにどうするのが良いかを話し合わないと」
「意志は固いのですね?」
「はい」
「それでは、オルブライト家まで送ります。侍女と……ああ、料理人も一緒でしたね」

 皇子殿下はそう言って私をオルブライト家まで送ってくれようとする。
 この方、毎日忙しいはずでは?

「家に帰るのに皇族の馬車を使ったら、大ごとになると思うのですが」
「いや、オルブライト家にとっては、当主の訃報に勝る大ごとはないでしょう」
「……」

 悲しいはずなのに、涙が出ない。
 ユリシーズと会えなくなったのに。こういう時、私はもっと取り乱して泣くのかと思っていた。

「皇帝陛下のお陰で、ユリシーズと巡り合えました。この先のことは、もう少しゆっくり考えさせてください。そして、教えていただきたいのですが……ユリシーズの死因は分かっているのですか?」
「……野生動物に襲われたと見られてる」
「野生動物ですか?」

 どうして、公爵様の差し金でもなく野生動物なのだろう。
 野生動物になったのではなく?? どこかで狼の姿になって生き延びているとかではないのよね??

「亡くなった場所は、どのあたりか分かっているのですか?」
「調査報告はオルブライト家に送っている。家に戻れば分かるはずだ」

 そうなのね。じゃあ、バートレットは既にその情報を知っているの……。

「かしこまりました。それでは、家に帰って確認します」

 なんだか納得が行かないことが多い。
 バートレットの見解も聞いて、オルブライト家から捜索を出した方が良いのかも。
 幸いというのか人狼たちは嗅覚が鋭い。
 ユリシーズの匂いを辿ることだって可能なのかもしれないわ。

「皇室に残る気はないのだな?」

 皇帝陛下に最終確認をされる。

「はい。公爵様の追手が私を狙っていないとなれば、お城にいる理由もないですから」

 皇子殿下とクリスティーナの関係はこれからどうなるかというところだけれど、公爵様の影響力が無くなっていくのは間違いなさそうだし、そうなれば皇子殿下も変わっていくのではないかしら。

「そうか。クリスティーナとヒューにとって大事な人なのだろうと思っていたので残念だ。だが、こればかりはアイリーンのしたいようにすればいい」

 皇帝陛下はそう言って小さく微笑んでくださった。
 私を買った人は、非道な天子様ではなかったのかもしれない。

「公爵様にうかがったのですが、当初わたくしがユリシーズの元から逃げる想定で考えられていたのだとか」
「オルブライト伯爵は冷たくて怖い男だ。令嬢に順応はできないだろうと見越して救出する予定をしていたのだ」
「……わたくしも、まさかこの縁が大切なものになるとは思いませんでした」

 皇帝陛下はうなずいた。

「死神に妻を大切にする価値観があるとは誰も想像できなかった。戦場のオルブライト伯爵を知っている者であれば、あの男が愛妻家になるなど到底想像が及ばない。アイリーンのお陰で、オルブライト伯爵も幸せだったのだろう」
「幸せだったのは、わたくしも同じです。オルブライト伯爵は……ユリシーズはわたくしにとって最高の、かわいい夫でしたから。出会わせていただきまして、ありがとうございました」
「うむ……」

 そこで私は皇帝陛下を前に腰を下ろし、「話は分かりましたので、そろそろ失礼いたします」と挨拶をしてその場を去るべく身体の向きを変えた。

 入口のところに、さっき私をここまで連れて来てくれた兵士が立っている。私を見ているのかこちらの方に身体を向けていたけれど、その横を通り過ぎて廊下へ出た。
 後ろから、急ぎ足でこちらに向かってくる足音と気配がして、皇子殿下がついてきているのだろうと思う。

 早く家に帰りたい。
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