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3章

作戦変更

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 馬車に乗りながら、ユリシーズとシンシアとバートレットが黙りこくって真剣な顔をしている。
 三人は後ろの護衛たちの会話が聞こえるほど耳が良いから、どうやら会話を聞き過ごさないようにと耳を澄ましているらしい。
 邪魔をしたら悪いからと私も黙っているけれど、会話が聞こえない身としてはどんな話がされているのか気になって仕方がない。

「今すぐ始末したくなってきました」

 突然ユリシーズが物騒なことを言い始めたので、「えっ?」と聞き返すように隣を見る。

「許せません。手加減なんかしなければよかった」

 いつもは穏やかなシンシアが膝の上に置いた手を握りしめて、怒りでプルプルと震えている。
 昨晩は口の周りを血だらけにして戦っていた気がするけれど、あれでも加減をしていたわけね。

「冷静になってください。わたくしたちは、あちらの思い通りにならないよう、ここまで行動してきたはずです」

 バートレットがユリシーズとシンシアをなだめている。
 悔しそうな二人を見ていると、なんだか心配になって来てしまうけれど。

「あの……あちらはどんな話をしていたの?」

 恐る恐る尋ねると、ユリシーズは無言で私を抱きしめてきた。
 こんな風に口を閉ざすなんて、よっぽど酷いことを話されていたのかしら。

「ご主人様は口にできないでしょうから、わたくしめが申し上げてもよろしいでしょうか?」

 バートレットがユリシーズに提案すると、それでもユリシーズは嫌そうに首を振った。

「お願い、ユリシーズ。私にも教えて下さらない? あちらの狙いが分かっていた方が良いと思うの」
「……」
「あの護衛連中は、ご主人様を葬るために奥様も一緒に狙うことに決めました」
「えっ……?」

 想像できなかったわけではないけれど、作戦として話し合われていたのだと知るとショックは大きい。

「私が、思い通りにはさせません」

 ぎゅうっと強く抱きしめられて、ユリシーズの悔しそうな声を耳元で聞いた。

「あなたがずっと狙われている事実だって、私にとっては許せなかったのよ」

 そっと顔を見上げると、悲しそうな目をしてこちらを見ている。
 自分の命が狙われている時は、ちっとも辛そうにしなかったのに。

「いつかは、私も狙われることになると思っていたの。私になにかあったらユリシーズは普通ではいられないでしょう?」
「当り前ではないですか。私は片時もアイリーンと離れたくないのですから」

 迷いなく言い切るユリシーズに、人狼の伴侶というのは責任重大ねと笑う。

「そろそろ、手段を選んでいる場合ではなくなってきたのかしら。これまではあちらの動きを防ぐだけに留めていたけれど、この先は危険ね」
「全員を再起不能にしてきます」
「ダメよ、ユリシーズ」

 そんなことをしたら、あとで公爵様にどんな仕打ちをされるか。
 あなたが牢屋に入れられるのだけは、なんとしてでも避けなくちゃ。

「ですが、アイリーンを危険に晒すのだけは避けたいのです」
「ええ。ありがとう」

 ユリシーズは私のことになると攻撃的になってしまう。暴走を止めないと、公爵様の思い通りになってしまいそうで怖い。

 ローレンスの護衛たちが、ユリシーズを追いつめるのに私を巻き込む策を練っていたらしい。

 私自身、ショックは受けているけれど落ち込んではいない。

 あんな風に妻に溺れる夫を晒していたら、次に狙われるのが私になるのは自然だと思うのよ。
 ユリシーズは、そこには思い至らなかったのだろうし、私に対して堂々と好意を隠そうとしないところはうれしくもあったのだけれど。

「ローレンスはどうしているの? あの子のことだから、護衛がしていることに気付いているでしょう?」
「自分の指示が通らず、こんなはずではなかったとやさぐれていますよ」

 そう言ったユリシーズは、まだ私を抱きしめたまま不安げだった。
 私が人狼たちに比べて無力なのは間違いないし、私がユリシーズの弱点だというのも確かなのだけれど。

 ローレンスがやさぐれている、か。自分の護衛が勝手な行動をとっていたら無理もないわね。

「結局、公爵様が諦めてくださらなければ、この流れが続くということよね」
「いっそのこと、私が死んだふりをしましょうか……」

 ユリシーズが変なことを提案し始めた。追いつめられて頭が働かなくなったのかしら。

「それでどうやって生きていくつもり?? 私に未亡人になれと?」
「そうですね、アイリーンが別のところに嫁ぐことになったら嫌です」
「じゃあ、死んだふりは無理でしょうね」

 この国では未亡人になると嫁いだ家に留まるのが普通なのだけれど、王族関係者に限っては実家に戻る場合もある。つまり、私がクリスティーナを名乗っている以上、公人として公爵家に戻る可能性だって充分に考えられるということ。
 実際、公爵様には次の嫁ぎ先を匂わされたから、そうやって私を再利用する気がありそうだった。

「私ね、実家にいたころは家族ってよく分からなかったのだけれど……。ユリシーズの家はフワフワしていてみんなとても温かくて好きなの」
「フワフワしているかどうかは分かりませんが、群れは人間でいうところの家族ですから」
「私には、家族がいたことがなかったのかしら。実家はとても怖いところだったから」

 ユリシーズが私の背中を撫でて、そっと額にキスをしてきた。
 こういう行動ひとつとっても、ユリシーズは家族とスキンシップを取るのが当たり前だったのかしらと思う。

 私には、両親に抱きしめられた記憶がない。
 だから、こうやって人の……正確には人狼だけど……の温もりを感じられることが、こんなに安心するのだというのを知ったのがつい最近のこと。

「ただユリシーズが強くて怖いというだけで狙われなくちゃいけないなんて。私たちの願いは、ずっとこうしていたいだけなのに」

 悪意だらけの両親はのうのうと生きているのに、帝国のために尽くしたユリシーズが命を狙われている。こんなのは不公平だわ。

「公爵閣下は自分が一番の権力を持っているため、それを脅かすものを悪だと考えるのでしょう。私は戦場で力を示し過ぎてしまった。人間になりきれていなかったのだと思います」
「でも……」
「いいのです。そうやって恐れられた結果、アイリーンと出会えたのですから」
「ユリシーズ……」

 私たちは馬車で次の町に向かっているけれど、しばらくは森の中。
 後ろからついてきているローレンスとその護衛たちがいつ襲ってくるかも分からない。
 こんな時に、足手まといにしかなれないなんて。
 私がユリシーズとオルブライト家のためにできることって何かしら……。
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