上 下
73 / 134
3章

ディエスの提案

しおりを挟む
 ユリシーズは照れくさそうに鼻の頭をかいていた。妻に溺れる愚かな夫扱いをされて喜ぶのは完全に間違っているのだけれど、分かっていないのかしら。

「ローレンス様、私は妻に出会って本当の幸せを知ってしまったのです。領地のことは部下に任せることができますが、妻のことは誰にも任せられませんから、私がずっとそばにいて差し上げたいと思っております」

 輪をかけて私を悪女に仕立て上げるじゃないの。その話を聞かされたローレンスが心底嫌そうな顔をしているわ。

「伯爵は、その地位に対する意識が低いのではないでしょうか?」
「意識が低い、ですか」

 ローレンスがユリシーズに対して失礼な物言いをしている。これはちょっと止めた方がいいような……。

「そばにいる大切な人を幸せにできなくて、領民を幸せにできると考える方が間違っていると思うのですが」
「でも……」
「私は、妻と新しい家族を作っていきたいと思っています。領民だって同じです。大切なのは家族との毎日だと思うのです」
「ですが、その生活に責任を持っている伯爵の視野が狭くなってしまったら、領民が不幸になるのでは?」

 ローレンスの正論にうなずいてしまう。ユリシーズの目を覚まして欲しいところね。
 あれ? 私はどちらの味方なのかしら。

「一理ありますね。ローレンス様は領地経営に興味がおありなのですか?」
「……どこに行っても公爵家の者として敬われるのであれば、この立場を利用して世の役に立つべきです。父上や兄上のように野心はありませんが、どうせ要職に就かされるのでしょうし」

 やっぱり、弟は優秀なのだわ。そして、どこかクリスティーナに似ている。
 自分の生き方を分かっていて、責任を全うしつつ戦おうという覚悟があって……。

「それでは、領地を案内しましょうか? 執事を共に連れて行くので何日も家を不在には出来ませんが、ローレンス様にとってはいい機会になるかもしれません」
「本当にそんなことが可能なのですか?! いや、でも、護衛が多すぎますね……」

 期待に輝かせた目が一瞬で曇った。確かにあんなに多くの男性陣を連れて旅をしたら、相当お金がかかる。宿泊だとか、食事だとか。

「ご心配なさらないでください。妻の実家から義弟(おとうと)が訪ねてくださったのですから、私がおもてなしします」
「いいのですか?」
「私は狩りと妻くらいしか趣味がございませんから、あまりお金を使う方ではないのです。たまには領地にお金を落として行かなければなりませんから」

 そうか。領地で買い物をしたり宿泊をしたりすると、そこの領民は潤うのね。
 今まで考えたこともなかったけれど、お金を使うことも誰かのためになるのだわ。

「そうと決まったら、妻にも宿泊の準備をしてもらいましょう。私は妻と二人きりで夜も朝も過ごしますが、よろしいでしょうか?」
「そこは好きにしてくださって構いません。姉上もその方がいいのですよね?」
「まあ、そうですね」

 夜になるとユリシーズが人狼化しちゃうから、できるだけ別行動していてくれないと困るし。

「護衛の方々には高級宿ではない場所を案内しますが、問題ございませんか?」
「そこは常識的な対応をしてください。宿泊なさっている方を不快にさせるつもりはありません」

 ローレンスがあっさりと了承したので、ユリシーズはゆっくりとうなずいていた。
 これで、護衛の方たちが私たちの宿に乗り込んできて……という物騒なことは起こりにくくなる。
 公爵家だって体裁が大事だから、護衛の方々が騒ぎを起こしたなんて評判を流されたくはないはず。

「それでは、私と妻が準備をしてまいりますので、こちらでお待ちいただけますか? 飲み物や軽食をお持ちしますので、暫くゆっくりしていてください」

 そう言ってユリシーズが立ち上がったので、隣に座っていた私も立ち上がる。
 当初の予定ではローレンスを人質にするはずだったけれど、一緒に領地を周ることになってしまった。

 護衛の人たちは、公爵様からユリシーズを暗殺しろと命令されている可能性がある。果たしてどんな旅になるのかしら。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

没落した元名門貴族の令嬢は、馬鹿にしてきた人たちを見返すため王子の騎士を目指します!

日之影ソラ
ファンタジー
 かつては騎士の名門と呼ばれたブレイブ公爵家は、代々王族の専属護衛を任されていた。 しかし数世代前から優秀な騎士が生まれず、ついに専属護衛の任を解かれてしまう。それ以降も目立った活躍はなく、貴族としての地位や立場は薄れて行く。  ブレイブ家の長女として生まれたミスティアは、才能がないながらも剣士として研鑽をつみ、騎士となった父の背中を見て育った。彼女は父を尊敬していたが、周囲の目は冷ややかであり、落ちぶれた騎士の一族と馬鹿にされてしまう。  そんなある日、父が戦場で命を落としてしまった。残されたのは母も病に倒れ、ついにはミスティア一人になってしまう。土地、お金、人、多くを失ってしまったミスティアは、亡き両親の想いを受け継ぎ、再びブレイブ家を最高の騎士の名家にするため、第一王子の護衛騎士になることを決意する。 こちらの作品の連載版です。 https://ncode.syosetu.com/n8177jc/

魔力ゼロの出来損ない貴族、四大精霊王に溺愛される

日之影ソラ
ファンタジー
魔法使いの名門マスタローグ家の次男として生をうけたアスク。兄のように優れた才能を期待されたアスクには何もなかった。魔法使いとしての才能はおろか、誰もが持って生まれる魔力すらない。加えて感情も欠落していた彼は、両親から拒絶され別宅で一人暮らす。 そんなある日、アスクは一冊の不思議な本を見つけた。本に誘われた世界で四大精霊王と邂逅し、自らの才能と可能性を知る。そして精霊王の契約者となったアスクは感情も取り戻し、これまで自分を馬鹿にしてきた周囲を見返していく。 HOTランキング&ファンタジーランキング1位達成!!

今世ではあなたと結婚なんてお断りです!

水川サキ
恋愛
私は夫に殺された。 正確には、夫とその愛人である私の親友に。 夫である王太子殿下に剣で身体を貫かれ、死んだと思ったら1年前に戻っていた。 もう二度とあんな目に遭いたくない。 今度はあなたと結婚なんて、絶対にしませんから。 あなたの人生なんて知ったことではないけれど、 破滅するまで見守ってさしあげますわ!

【完結】浮気者と婚約破棄をして幼馴染と白い結婚をしたはずなのに溺愛してくる

ユユ
恋愛
私の婚約者と幼馴染の婚約者が浮気をしていた。 私も幼馴染も婚約破棄をして、醜聞付きの売れ残り状態に。 浮気された者同士の婚姻が決まり直ぐに夫婦に。 白い結婚という条件だったのに幼馴染が変わっていく。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ

別れた婚約者が「俺のこと、まだ好きなんだろう?」と復縁せまってきて気持ち悪いんですが

リオール
恋愛
婚約破棄して別れたはずなのに、なぜか元婚約者に復縁迫られてるんですけど!? ※ご都合主義展開 ※全7話  

身代わり婚~暴君と呼ばれた辺境伯に拒絶された仮初の花嫁<外伝>

結城芙由奈 
恋愛
【前作の登場人物たちのもう一つの物語】 アイゼンシュタット城の人々のそれぞれの物語 ※他サイトでも投稿中

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

【完結】地味令嬢の願いが叶う刻

白雨 音
恋愛
男爵令嬢クラリスは、地味で平凡な娘だ。 幼い頃より、両親から溺愛される、美しい姉ディオールと後継ぎである弟フィリップを羨ましく思っていた。 家族から愛されたい、認められたいと努めるも、都合良く使われるだけで、 いつしか、「家を出て愛する人と家庭を持ちたい」と願うようになっていた。 ある夜、伯爵家のパーティに出席する事が認められたが、意地悪な姉に笑い者にされてしまう。 庭でパーティが終わるのを待つクラリスに、思い掛けず、素敵な出会いがあった。 レオナール=ヴェルレーヌ伯爵子息___一目で恋に落ちるも、分不相応と諦めるしか無かった。 だが、一月後、驚く事に彼の方からクラリスに縁談の打診が来た。 喜ぶクラリスだったが、姉は「自分の方が相応しい」と言い出して…  異世界恋愛:短編(全16話) ※魔法要素無し。  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆ 

処理中です...