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2章

奉仕 2

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 ノクスの尻尾を触り続けたせいで、私は見返りを求められている。
 獲物を見るような目で見つめられ、心臓がバクバクしていた。

「じゃあ、一緒に散歩へ……」
「飼い犬扱いするな」
「ボール遊びでもする??」

 私の提案に、ノクスの両耳がピクリと動いた。

「この家にボールはあるかしら? 庭にでも行きましょうか?」
「……天使だな。誰か、ボールを」

 犬は狩りの本能を満たすためにボール遊びを楽しむ。
 狩猟本能が残っていなくてあんまり興味が無い子もいるけれど、狼なんて始祖なんだから絶対に狩猟本能は強いはず。

 それにしても、普通の声で「誰かボールを」って言っただけで、誰かがボールを持ってくるの??

 と思っていたら部屋の扉が叩かれた。

「ご主人様、ボールをお持ちしました」

 女性の使用人がちょっと息を切らしながら言っている。えっ、なんか急いで持ってきてたりする?

「入れ」

 ノクスの声を聞いて扉の中に入ってきたのは、白い狼の耳が頭から生えた若い女性の使用人だった。
 手にボールを持っていて、口から「ハッハッ」という息が漏れている。

 この女性、ここにボールを持ってくるまでの行程がボール遊びになっていたんじゃ……。
 顔がやけに生き生きしてるじゃない……。

「よし、よく持ってきた。俺はこれからアイリーンとお楽しみだからな。お前たちは指をくわえて見ているが良い」
「もっと言い方は無いのかしら」

 使用人の女性は「ご主人様、見学希望です」と頭を下げ、ノクスが「いいだろう」と得意げに許可をする。
 なんかよく分からないけれど、ボール遊びってこのお屋敷では神聖なものなのかしら。
 人狼の感覚がないからちょっと分からないわね。

 庭に出ると、ボール遊びどころの暗さじゃ無かったと気付く。

「これじゃボールも見えないわ」
「大丈夫だ! 夜行性だからな!」

 銀色の目が爛爛と輝いて暗がりの中でひときわ光っていた。
 犬も猫も暗いところで目が光っていたけど、私の夫の目もそれなのね。

 じゃあ、適当に投げて取ってきてもらえば良いかと暗がりの庭、左前方に目を向ける。
 すると、いくつもの光る目がこっちを見ていて「ひっ」と声が出た。心臓に悪い。

「ほかの人狼も一緒に参加するのかしら?」
「最初は見学だけだ。そのうち参加させてやろうと思っている」

 ノクスのユリシーズが離れた場所に向かいながらそんなことを言うと、暗闇に慣れてきた私の目が大量の揺れる尻尾を捉える。
 ちょっと……みんなして静かにはしゃいじゃって……そのうち参加できると知って嬉しいの? やだ、かわいいじゃないの……。

 思わずぐっときてしまって手で口を覆った。私は犬に弱いのよ……。

 さて、気を取り直して。

「行くわよ!」
「よし、来い!」

 できるだけ遠くに投げようと、振りかぶってボールを投げる。

「よーし!」

 ユリシーズが地面を蹴るジャッという音がして、どうやらボールが落ちる方向に走っていった。
 パシッという音と共に、「ナイスキャッチ!」と使用人の方々の声が上がり拍手が湧く。
 あちら側は暗がりでも起きていることがハッキリと見えているらしい。

 私はいまいち見えていないのだけれど、投げたボールを落ちる前にキャッチしたユリシーズが使用人たちから褒められているという状況は理解した。

「アイリーーン!!」

 こっちに猛スピードで走ってくる姿が見えて、「アイリーンって堂々と言いすぎじゃないかしら」と苦笑しながら嬉しそうな顔を確認してボールを受け取る。

「いいな、これ。楽しいな」

 さっきは当主で族長だと威張っていたくせに、子どもみたいにはしゃいでいる。
 私はただボールを投げているだけだから、別に大したことはしていないけれど。

「とことん付き合ってあげるわ」

 どうせ走り続けるのはそちらだし、と思って私がにこりと笑うと、尻尾をフリフリとしたユリシーズに抱きつかれて頬ずりをされ、頬を舐められた。

 その日私は、腕が動かなくなるまで暗闇に向かってボールを投げ続けることになる。
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