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1章
ディエスの気持ち
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ここに泊まる、それはつまり、一緒に泊まるということ。
私たちは夫婦だから、別々の部屋を取るなんてことはないはずだ。
昨日の夜も一緒だったのだから、別にどうってこと……ない……わ……。
「今日はノクスを制御できます」
ユリシーズの昼、ディエスが、夜に現れるもう一人の自分を制御すると言っている。
「それは、どういう意味ですか?」
「間違いは起こしませんので」
間違い……?
夫婦の間に起きる間違いとは……?
「クリスティーナ様はここに来るまでの道のりに疲れていらっしゃるでしょうし、今日はゆっくりして、明日の朝に帰る方が良いかと思いまして」
「確かにそうですね」
「大丈夫です、私を信用してください」
「……」
もしかして、ユリシーズって……ディエスは、私と一緒に寝ようがなんとも思わないってこと?
男性は苦手だし、厭らしい目を向けられることにトラウマがあるけれど……結婚したばかりの夫に全く相手にされないとなると、それはそれで話が違ってくる。
「そうですね、泊まりましょう」
「はい、それではこの村でゆっくりしましょう」
私の手を包むユリシーズの手が緩んだので、自分の手を引き抜いてユリシーズの方を見る。
「男の方というのは、女性を襲いたいという願望があるのではないのですか?」
「それは、一体どなたが言っていたのでしょうか?」
ユリシーズは相当驚いた顔になっていた。
「いえ、その……そういうものだから気をつけろと教えられて」
しまった。クリスティーナ姫がそんな話を耳にするわけがない。あまりにも俗世的で違和感がある。
「それで、私の願望を尋ねているのですか?」
「はい、そうです」
ユリシーズは「うーん」と唸って一度視線を外した。
答えに困っているのだろうか。
「そういう願望がないと言ったら嘘になります」
「そうなのですか?」
「言うんじゃなかった……」
「そんなに落ち込まないでください」
ディエスは真面目だからか、これまでの男性とは視線の種類が違う。
ただ単にそういう目で私を見られないだけかと思ったら違うらしい。
「こんなことをクリスティーナ様に……戦地にいた時より死にたい……」
「そこまで追いつめられてしまうのですか?!」
「もう、クリスティーナ様に獣だと蔑まれてしまいますね」
実際に獣が入っているのに、獣って言われるのは蔑まれていることになるのね。覚えておかないと。
「ディエスはわたくしの身体に興味がないのかと」
「そんなことありません! むしろ興味だらけです!」
「そうなのですか?」
「もういっそ殺してください!」
とうとう頭を抱えてしまった。なんだか相当落ち込んでいる……。
私、尋ねただけなのに。
「汚らわしいと思いますよね。申し訳ございません」
下を向いたまま、申し訳なさそうに謝っている。
そんなに大変なこと?
「許すもなにも……夫婦なので、理解したかっただけなのですが」
「理解、ですか?」
「ノクスは分かりやすいのですが、ディエスは難解です」
「そこまで違いますか? ノクスは私に狼の要素を強めた姿なのですが」
え? そうなの?
全然違うと思うのだけれど。
道すがら絡まれたペトラなんかは昼と夜の違いがそんなになかったような気がするわ……。
「でも、昼と夜で同じ人を好きになるとは限らないのですよね?」
「そうですね、不思議ですが……獣と人の価値観の違いでしょうね」
そこは自分で獣って言うのね。
そして、ノクスを獣呼ばわりしているのはあんまりいい意味じゃないのよね?
「ディエスは、ノクスが嫌いだったりしますか?」
「難しいのです。自分だと分かっていても、認めたくないところがあって」
「ノクスを?」
「もともと、ノクスはクリスティーナ様をひどく嫌っていました。一人の女性に対して全く異なる気持ちを同居させるなど、自分自身が一番信じられません」
そう言われてみると、好きな人をもう一人の自分が嫌うって不思議ね。ディエスが、ノクスを認めたくない理由はそういうところなのかしら……。
「わたくし、今はノクスに嫌われていません」
「はい。昨夜は私の意識も多少残っていましたから、伝わってきました。ノクスはクリスティーナ様が大好きですね」
「それは、ディエスの気持ちと比べてどうなのですか?」
「比べて……ですか?」
ノクスといると、この人は私のことが好きなのだと思うけれど。
ディエスの好きという気持ちは、クリスティーナ姫への憧れみたいで。
「そうですね、ノクスに比べれば尊敬の気持ちが強いのですが、ノクスもクリスティーナ様には畏敬の念を抱いているようですし」
「畏敬の念、ですか」
今までの人生で一番抱かれてこなかったものを抱かれてしまっている。
ディエスはクリスティーナ姫の印象だと分かるけれど、ノクスは一体。
「人狼も狼と同じで序列を作る生き物ですから、厳しい上下関係があるのです。ノクスにとってクリスティーナ様は上の存在になりました。それも昨晩」
「ということは、わたくしが人狼界のトップに?」
「そうです。ノクスに対しては、命令がきくはずです」
「命令なんて」
「ノクスが暴走したら『やめなさい』と言うだけで充分です」
夫婦で上下関係なんて、と思うものの。
獣っていうのは本当に分かりやすいわね。
「ディエスもノクスも、わたくしが嫌がることはしないの?」
「はい。誓います」
すごい、誓われちゃった。
実家にいた時の私は、嫌だと言おうがお父様に連れ回され、嫌だと泣き叫ぼうがお母様に虐待された。
尊敬と、畏敬か。そんなものを向けられるなんて、私じゃないみたいだわ。
「その言葉を信じますが、命令をするのは止めます」
私が笑うと、ユリシーズは隣の席を立ちあがった。
「?」
「あなたは、時折こうして抱きしめたくなるようなことを言います」
席に座る私を、ユリシーズが後ろから抱え込むようにしている。
私の顔の隣にユリシーズの顔があって、頬同士が触れ合っていた。
「えっ……?」
抱きしめたくなるようなこと、ってなにかしら。
私たちは夫婦だから、別々の部屋を取るなんてことはないはずだ。
昨日の夜も一緒だったのだから、別にどうってこと……ない……わ……。
「今日はノクスを制御できます」
ユリシーズの昼、ディエスが、夜に現れるもう一人の自分を制御すると言っている。
「それは、どういう意味ですか?」
「間違いは起こしませんので」
間違い……?
夫婦の間に起きる間違いとは……?
「クリスティーナ様はここに来るまでの道のりに疲れていらっしゃるでしょうし、今日はゆっくりして、明日の朝に帰る方が良いかと思いまして」
「確かにそうですね」
「大丈夫です、私を信用してください」
「……」
もしかして、ユリシーズって……ディエスは、私と一緒に寝ようがなんとも思わないってこと?
男性は苦手だし、厭らしい目を向けられることにトラウマがあるけれど……結婚したばかりの夫に全く相手にされないとなると、それはそれで話が違ってくる。
「そうですね、泊まりましょう」
「はい、それではこの村でゆっくりしましょう」
私の手を包むユリシーズの手が緩んだので、自分の手を引き抜いてユリシーズの方を見る。
「男の方というのは、女性を襲いたいという願望があるのではないのですか?」
「それは、一体どなたが言っていたのでしょうか?」
ユリシーズは相当驚いた顔になっていた。
「いえ、その……そういうものだから気をつけろと教えられて」
しまった。クリスティーナ姫がそんな話を耳にするわけがない。あまりにも俗世的で違和感がある。
「それで、私の願望を尋ねているのですか?」
「はい、そうです」
ユリシーズは「うーん」と唸って一度視線を外した。
答えに困っているのだろうか。
「そういう願望がないと言ったら嘘になります」
「そうなのですか?」
「言うんじゃなかった……」
「そんなに落ち込まないでください」
ディエスは真面目だからか、これまでの男性とは視線の種類が違う。
ただ単にそういう目で私を見られないだけかと思ったら違うらしい。
「こんなことをクリスティーナ様に……戦地にいた時より死にたい……」
「そこまで追いつめられてしまうのですか?!」
「もう、クリスティーナ様に獣だと蔑まれてしまいますね」
実際に獣が入っているのに、獣って言われるのは蔑まれていることになるのね。覚えておかないと。
「ディエスはわたくしの身体に興味がないのかと」
「そんなことありません! むしろ興味だらけです!」
「そうなのですか?」
「もういっそ殺してください!」
とうとう頭を抱えてしまった。なんだか相当落ち込んでいる……。
私、尋ねただけなのに。
「汚らわしいと思いますよね。申し訳ございません」
下を向いたまま、申し訳なさそうに謝っている。
そんなに大変なこと?
「許すもなにも……夫婦なので、理解したかっただけなのですが」
「理解、ですか?」
「ノクスは分かりやすいのですが、ディエスは難解です」
「そこまで違いますか? ノクスは私に狼の要素を強めた姿なのですが」
え? そうなの?
全然違うと思うのだけれど。
道すがら絡まれたペトラなんかは昼と夜の違いがそんなになかったような気がするわ……。
「でも、昼と夜で同じ人を好きになるとは限らないのですよね?」
「そうですね、不思議ですが……獣と人の価値観の違いでしょうね」
そこは自分で獣って言うのね。
そして、ノクスを獣呼ばわりしているのはあんまりいい意味じゃないのよね?
「ディエスは、ノクスが嫌いだったりしますか?」
「難しいのです。自分だと分かっていても、認めたくないところがあって」
「ノクスを?」
「もともと、ノクスはクリスティーナ様をひどく嫌っていました。一人の女性に対して全く異なる気持ちを同居させるなど、自分自身が一番信じられません」
そう言われてみると、好きな人をもう一人の自分が嫌うって不思議ね。ディエスが、ノクスを認めたくない理由はそういうところなのかしら……。
「わたくし、今はノクスに嫌われていません」
「はい。昨夜は私の意識も多少残っていましたから、伝わってきました。ノクスはクリスティーナ様が大好きですね」
「それは、ディエスの気持ちと比べてどうなのですか?」
「比べて……ですか?」
ノクスといると、この人は私のことが好きなのだと思うけれど。
ディエスの好きという気持ちは、クリスティーナ姫への憧れみたいで。
「そうですね、ノクスに比べれば尊敬の気持ちが強いのですが、ノクスもクリスティーナ様には畏敬の念を抱いているようですし」
「畏敬の念、ですか」
今までの人生で一番抱かれてこなかったものを抱かれてしまっている。
ディエスはクリスティーナ姫の印象だと分かるけれど、ノクスは一体。
「人狼も狼と同じで序列を作る生き物ですから、厳しい上下関係があるのです。ノクスにとってクリスティーナ様は上の存在になりました。それも昨晩」
「ということは、わたくしが人狼界のトップに?」
「そうです。ノクスに対しては、命令がきくはずです」
「命令なんて」
「ノクスが暴走したら『やめなさい』と言うだけで充分です」
夫婦で上下関係なんて、と思うものの。
獣っていうのは本当に分かりやすいわね。
「ディエスもノクスも、わたくしが嫌がることはしないの?」
「はい。誓います」
すごい、誓われちゃった。
実家にいた時の私は、嫌だと言おうがお父様に連れ回され、嫌だと泣き叫ぼうがお母様に虐待された。
尊敬と、畏敬か。そんなものを向けられるなんて、私じゃないみたいだわ。
「その言葉を信じますが、命令をするのは止めます」
私が笑うと、ユリシーズは隣の席を立ちあがった。
「?」
「あなたは、時折こうして抱きしめたくなるようなことを言います」
席に座る私を、ユリシーズが後ろから抱え込むようにしている。
私の顔の隣にユリシーズの顔があって、頬同士が触れ合っていた。
「えっ……?」
抱きしめたくなるようなこと、ってなにかしら。
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