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1章

小旅行

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「うわあー……素敵!」

 私たちは村について、厩舎を持つ宿泊施設に2頭を預けて村歩きをした。
 家が並ぶ間を縫うように、石畳の道が続く。
 建物の下をくぐり抜けるようなトンネルを歩き、暫くユリシーズに付いて行くと急に開けた視界の下に海が現れた。

「何か飲みに行きましょう」
「賛成です!」

 村は崖の途中にあり、ここまでの道はずっと上りだった。
 途中から馬を降りて山登りが続いたから、水筒こそ携帯していたけれど、しっかり喉も渇いている。

「その恰好で正解でしたね」

 ユリシーズは乗馬服姿の私に言った。

「ええ、でも……知っている人に見られたら怒られると思います」
「地位が高い女性というのは、いつも人の目を気にしていて窮屈ですね」

 実際に地位が高いのは私ではなくクリスティーナ姫だけど。
 クリスティーナ姫を演じる以上、評判を落とさないように気をつけなければならない。

「ユリシーズは、どう思いますか?」
「どう、ですか?」
「はしたいないとか、みっともないとか、正直に教えてください」
「私がクリスティーナ様をみっともないなど」

 石畳の上を並んで歩いている。
 乗馬用のブーツでも、足場の悪さに時々よろける。

「つかまってください」

 ユリシーズは手のひらを上にして、私がつかまれるように差し出してくれた。
 遠慮する余裕などなく、素直にその手に手を重ねる。
 ぎゅ、と握られると、先ほどよりもふらつかずに歩くことができた。

「今のこの時間も、夢ではないかと」

 ユリシーズは私の手を取って、前を向いて歩いている。

「夢、ですか?」
「『お前にクリスティーナを渡すと思ったのか』と突然皇帝が現れて連れ去られてしまうのではないかと」
「皇帝陛下が、ですか」

 そこで私は足を滑らせた。

「きゃ」

 動揺して転びそうになった私を、ユリシーズが引き寄せて受け止めてくれる。
 意図せず、ユリシーズに抱きしめられてしまった。

「ありがとうございます……」
「お怪我は?」
「ありません……」

 腕の中で、動揺とユリシーズの心配が私を緊張させる。
 ドキドキと胸が音を立てていて、ユリシーズに聞こえてしまいそう。

「もう少しだけ、こうしていてもいいですか?」

 そっと耳元で囁かれ、小さくうなずくことしかできない。
 これが夢なら、醒める時は私が破滅するときだろう。
 皇帝に処罰されるより、騙しているのを知られるより、ユリシーズがショックを受けて私に失望する未来が怖い。

 誰も歩いていない村の路地で、建物の影に隠れるように抱き合っていた。
 ユリシーズは、これが夢かどうかを確かめているのだろうか。
 クリスティーナ姫があなたのところに嫁ぐなんてこと、夢でも現実でも起きてはいないのに。

 両親に売られたことが、皇帝陛下の計画のためにユリシーズの元に来た事実が、全て夢だったのなら……。
 お金で私を買うような誰かに、ひどい扱いをされて暮らしていたに違いない。

「夢ならば、醒めないように願います」

 ユリシーズが離れた時、私はそっと呟いた。
 精一杯の告白であって、自分の行動を正当化したいわけではないけれど。

 ユリシーズは照れくさそうに笑い、私の手を引いて村の一番高台にあるという場所に向かう。
 途中の道は下りたり上ったりと足元は相変わらず油断のできなかったので、つかまっていた手に頼って何度も体重をかけた。

「さあ、こちらです」

 案内されたのは、石造りの小さなお城のような場所。
 ユリシーズはその中に堂々と入っていく。

「こんにちは」

 ユリシーズが門のような場所をくぐって扉を開けると、中にいた使用人らしき女性が驚いていた。

「オルブライト様」

 どうやら、ユリシーズが領主様だと知っているらしい。

「何か飲み物をいただきにきました。本日は妻が一緒です」
「これはこれは、どうぞお越しくださいました。外のお席にご案内します」

 お城のような建物の中を進んでいくと、外に繋がる扉があった。
 扉から屋外に出ると、視界の下に海が広がり、港町や船が見える。

「わあっ……」

 思わず声を上げてその光景に圧倒された。

「こんな場所があるなんて……」

 立ち尽くす私の肩をユリシーズが抱く。
 顔をそっと見上げると、「気に入っていただけましたか?」と囁くように聞かれた。

「はい。感動しています」
「そうですか、それは良かった。ここで立って景色を見るのもいいのですが、折角ですので席について何か飲み物でも」

 ユリシーズに言われて、すぐ近くにある丸テーブルと椅子に気付く。

「あっ、そうですね」
「紅茶やハーブティ、果実のジュースなどが注文できますよ」
「それでは、お水と温かいハーブティを」

 椅子に座りながら答えると、ユリシーズは扉の所に立っていた給仕らしき男の人に注文を伝えていた。

「こちらは村長さんの家なのですが、民宿でもあるんです」
「それで、素敵なテラスがあるのですね」

 周りをぐるりと見まわしてみる。
 後ろには村長さんの家だという石造りの建物、前の景色は全てが海。
 遠くまで広がる海の青が、波の動きでキラキラと光っている。

「こういう場所がデートに最適かなと思いまして」
「こんなところに連れてきていただけるなんて思わなかったです」
「よかった。あ、食べ物も注文した方が良かったでしょうか?」

 そう言われて、初めて自分の空腹を意識した。
 乗馬による運動量で、余計にお腹が減っているのかもしれない。

「確かに、お腹が空きましたね」
「では、飲み物を飲んだらレストランに案内します」
「レストランもあるのですか?!」

 私の驚き方が大げさだったのか、ユリシーズが「ええ」と言いながら笑う。
 そりゃ、人が暮らしているのだからレストランだってあってもおかしくないわね、と思い直した。なんだか私、舞い上がっている。

 男性給仕がやってきて、二人分の水と、私の注文したハーブティ、ユリシーズが頼んだらしいレモネードが配られる。

「オルブライト様、いつの間にご結婚を?」

 給仕の方が、突然ユリシーズに尋ねた。

「つい先日です。家に戻り一か月ほど経って、妻が私のところに来てくださったので」
「いやあ、オルブライト様の奥様ともなると、見たこともないほどお美しい方なのですねえ」
「実は、私もこんなに美しい女性は他にいないと思っています」

 目の前で堂々と褒められて、なんだか逃げたくなる。
 のろけたユリシーズに呆れもせず、給仕の男性はにこりと笑って室内へ向かって姿を消した。

「なんですか、その……他にいないというのは……」
「本当の気持ちです。我が家に来たクリスティーナ様の美しさに恐れ多くなってしまいましたから」
「……ありがとうございます」

 こんな風に褒められれば……そりゃ、嬉しいけれど。

「そういえば、ユリシーズの一族について、どのくらいの方がご存じなのですか? 領地の方やご家族も含めて」
「ああ、我が家の特殊な体質のことですか」

 体質……まあ体質といえば体質なのかしら。
 こくりとうなずくと、ユリシーズは一度詰まってから、「そうですね」と言って話しを始めた。
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