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第3章
大事にしたい
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夕食の食材も特にないことに気付いて、地元の駅に着いてから赤堀をスーパーに誘った。
「食材買って帰ろうぜ」
「ああ、はい。茶谷さんが作ってくれるんですか?」
「赤堀もやるんだよ。こういうのは一緒にやるもんだろ」
「へえ。なんか意外です。でも、素敵ですね。ちなみに私、全然料理できません」
「まじか」
別に女性だから料理をするべきだとかは思わねえが、全然料理ができずに一人暮らしをしてるってことが衝撃だ。自炊した方が楽なのに、と思う俺の方が少数派なんだろうか。
スーパーで何が食べたいか話していたら、赤堀が美味しいパスタが食べたいと言うので今夜はツナの和風パスタになった。実はトマトソースの味がまだ安定しないのが不安で、和風なら醤油で誤魔化せるからだ。
買い物を終えて家に着くと、赤堀と並んでキッチンに立った。包丁の使い方は危なっかしいし、手際も全然良くないけど、相変わらず一生懸命にやろうとするのがこいつらしいな、と微笑ましい。作業が終わるといちいちこっちを見上げて嬉しそうにするので、その度にキスして褒めてやると照れながら慌てていた。
我ながら、気持ち悪いくらいにベタベタしている気がする。いや、反応がかわいくて、つい。
「茶谷さん、パスタ美味しいです」
赤堀がニコニコしながら食事を始める。ああ、こういうのいい。すごくいい。
「こんなん料理に入らない位、簡単だけどな・・」
「料理できる男の人っていいですね。昔からですか?」
「たまに作ることはあったけど、本格的にやるようになったのは、ここ2~3年かな」
「なんか、心境の変化が?」
あ、やっぱり聞かれた・・。しょうがねえよな、隠すことじゃない。
「ちょうどさ、赤堀が就活してた頃・・退院した彼女にハッキリと『一緒にいたくない』って言われたんだけど。その頃は毎日、料理して何か食べてもらおうって張り切ってたんだよ。すっかり塞ぎこんでて食欲も無かったから、せめて食べ物だけでもって思ってさ」
「健気だったんですね」
「空回りだったけどな」
ちょっと寂しい過去だけど、赤堀には聞いて欲しいと思った。
「赤堀を助けた時はさ、俺自身が消えてなくなりたい気分で・・。あの日、電車で喧嘩してる奴らのせいで女の子が被害に遭ってるの見て。あんな奴らより、俺の方がマトモに生きてるのになんでだよって、ついキレて」
「それで、私を助けてくれたんですか?」
「感謝されるようなことじゃねえの。むしゃくしゃして、八つ当たりしたんだよ、喧嘩してる2人に。警察に突き出して」
「それは、正しい行為ですよ」
「だから、鶴が恩返しに来るようなことは、してない」
「してます!」
赤堀が何故か泣きそうな顔になっていた。なんでお前がムキになるんだ。
「茶谷さんに助けられて、今、私がこうしてここにいることを否定しないでください」
「松味に入社までして、バカだろ・・」
「後悔なんてしてません」
食事は終わっていなかったけど、赤堀が席を立って後ろから抱きしめて来た。
「私、車内トラブルに遭ったのは、茶谷さんに出会うためだったんだと思います」
抱きしめられながら耳元で言われると、なんか来るものがある。
「ほんと、その無駄に前向きなところ、すげえわ」
「茶谷さん、大抵のことは、『好き』には敵わないんですよ」
「万年フリーが偉そうに言うんじゃねえよ」
「私のこと好きなくせに」
ああそうだよ、と思ったらなんかもうダメだった。席から立ちあがって貪るように赤堀の口を塞ぐと、自分が止められなくなった。赤堀のTシャツの中に手を入れて、下着の下に手を入れかけた時だ。
「や、茶谷さん、ちょっと!」
赤堀に強めに突き飛ばされた。逃げるように身体を捩らせて、必死にガードしている。
「・・何」
「困ります!」
「何が」
「何がじゃないです・・」
目に涙が溜まっているし、これはちょっと普通じゃない。どうした? 何がお前をそうさせている?
「あの・・私、男の人とこういう事するのが、苦手で・・」
ああ、やっぱ、そういうやつか・・。
「それは、前に付き合ってた男と何かあったんじゃなくて?」
「すごくつらくなるんです。自分が、何かの物質になったみたいな気がして気持ち悪くなるし、多分、茶谷さんにもがっかりされるだけです・・」
ちょっと重症だった。物質って・・。これは、根が深いな。
「前に何か言われたんだろ」
「私としても全然良くないって、言われました」
「若いバカが言いそうなセリフだな」
赤堀の頭を撫でて、ああそういうことか、と納得した。納得したら安心もしたし、焦った自分が恥ずかしくもあったし、ちゃんとしなきゃなと思った。
「それで、万年フリーか。そりゃ、ちょっと得した」
「得ってなんですか・・」
「ハードル低いから、超えるのが楽だなと」
「・・?」
「幻想しか知らないようなバカに当たったんだよ、赤堀は。だから、赤堀のせいじゃない」
赤堀を抱きしめながら頭を撫でる。万年フリーの理由がそれで、本当に安心した。きっとこれからは大丈夫だ。俺は絶対にそんなことは思わないし、口にもしない。赤堀が悲しむような行為は、絶対にしたくない。
「私・・がっかりされて、茶谷さんに嫌われたらどうしようって・・」
「言っとくけど、好きな女にがっかりするような男は、その場で捨てて正解な」
「もし、気持ち悪くて怖くなっちゃったら、どうしたらいいですか・・」
「その時は、そう言えば良いんだよ」
そこまで恐怖心があるなら、無理にするのは止めよう、と思った時だった。
「・・分かりました・・」
覚悟を決めたらしい赤堀の、消え入りそうな声だ。こいつなりに、必死に壁を乗り越えようとしている。
それを知って新しい世界に連れて行ってやりたいと思うくらいには、もうとっくに好きで、本音は触れ合って溶け合いたい。
何度か繋いだ手を引いて、寝室のドアを開けた。
電気を点けてドアを閉めると、ガチガチに固まった赤堀が、こっちを見上げた。
「食材買って帰ろうぜ」
「ああ、はい。茶谷さんが作ってくれるんですか?」
「赤堀もやるんだよ。こういうのは一緒にやるもんだろ」
「へえ。なんか意外です。でも、素敵ですね。ちなみに私、全然料理できません」
「まじか」
別に女性だから料理をするべきだとかは思わねえが、全然料理ができずに一人暮らしをしてるってことが衝撃だ。自炊した方が楽なのに、と思う俺の方が少数派なんだろうか。
スーパーで何が食べたいか話していたら、赤堀が美味しいパスタが食べたいと言うので今夜はツナの和風パスタになった。実はトマトソースの味がまだ安定しないのが不安で、和風なら醤油で誤魔化せるからだ。
買い物を終えて家に着くと、赤堀と並んでキッチンに立った。包丁の使い方は危なっかしいし、手際も全然良くないけど、相変わらず一生懸命にやろうとするのがこいつらしいな、と微笑ましい。作業が終わるといちいちこっちを見上げて嬉しそうにするので、その度にキスして褒めてやると照れながら慌てていた。
我ながら、気持ち悪いくらいにベタベタしている気がする。いや、反応がかわいくて、つい。
「茶谷さん、パスタ美味しいです」
赤堀がニコニコしながら食事を始める。ああ、こういうのいい。すごくいい。
「こんなん料理に入らない位、簡単だけどな・・」
「料理できる男の人っていいですね。昔からですか?」
「たまに作ることはあったけど、本格的にやるようになったのは、ここ2~3年かな」
「なんか、心境の変化が?」
あ、やっぱり聞かれた・・。しょうがねえよな、隠すことじゃない。
「ちょうどさ、赤堀が就活してた頃・・退院した彼女にハッキリと『一緒にいたくない』って言われたんだけど。その頃は毎日、料理して何か食べてもらおうって張り切ってたんだよ。すっかり塞ぎこんでて食欲も無かったから、せめて食べ物だけでもって思ってさ」
「健気だったんですね」
「空回りだったけどな」
ちょっと寂しい過去だけど、赤堀には聞いて欲しいと思った。
「赤堀を助けた時はさ、俺自身が消えてなくなりたい気分で・・。あの日、電車で喧嘩してる奴らのせいで女の子が被害に遭ってるの見て。あんな奴らより、俺の方がマトモに生きてるのになんでだよって、ついキレて」
「それで、私を助けてくれたんですか?」
「感謝されるようなことじゃねえの。むしゃくしゃして、八つ当たりしたんだよ、喧嘩してる2人に。警察に突き出して」
「それは、正しい行為ですよ」
「だから、鶴が恩返しに来るようなことは、してない」
「してます!」
赤堀が何故か泣きそうな顔になっていた。なんでお前がムキになるんだ。
「茶谷さんに助けられて、今、私がこうしてここにいることを否定しないでください」
「松味に入社までして、バカだろ・・」
「後悔なんてしてません」
食事は終わっていなかったけど、赤堀が席を立って後ろから抱きしめて来た。
「私、車内トラブルに遭ったのは、茶谷さんに出会うためだったんだと思います」
抱きしめられながら耳元で言われると、なんか来るものがある。
「ほんと、その無駄に前向きなところ、すげえわ」
「茶谷さん、大抵のことは、『好き』には敵わないんですよ」
「万年フリーが偉そうに言うんじゃねえよ」
「私のこと好きなくせに」
ああそうだよ、と思ったらなんかもうダメだった。席から立ちあがって貪るように赤堀の口を塞ぐと、自分が止められなくなった。赤堀のTシャツの中に手を入れて、下着の下に手を入れかけた時だ。
「や、茶谷さん、ちょっと!」
赤堀に強めに突き飛ばされた。逃げるように身体を捩らせて、必死にガードしている。
「・・何」
「困ります!」
「何が」
「何がじゃないです・・」
目に涙が溜まっているし、これはちょっと普通じゃない。どうした? 何がお前をそうさせている?
「あの・・私、男の人とこういう事するのが、苦手で・・」
ああ、やっぱ、そういうやつか・・。
「それは、前に付き合ってた男と何かあったんじゃなくて?」
「すごくつらくなるんです。自分が、何かの物質になったみたいな気がして気持ち悪くなるし、多分、茶谷さんにもがっかりされるだけです・・」
ちょっと重症だった。物質って・・。これは、根が深いな。
「前に何か言われたんだろ」
「私としても全然良くないって、言われました」
「若いバカが言いそうなセリフだな」
赤堀の頭を撫でて、ああそういうことか、と納得した。納得したら安心もしたし、焦った自分が恥ずかしくもあったし、ちゃんとしなきゃなと思った。
「それで、万年フリーか。そりゃ、ちょっと得した」
「得ってなんですか・・」
「ハードル低いから、超えるのが楽だなと」
「・・?」
「幻想しか知らないようなバカに当たったんだよ、赤堀は。だから、赤堀のせいじゃない」
赤堀を抱きしめながら頭を撫でる。万年フリーの理由がそれで、本当に安心した。きっとこれからは大丈夫だ。俺は絶対にそんなことは思わないし、口にもしない。赤堀が悲しむような行為は、絶対にしたくない。
「私・・がっかりされて、茶谷さんに嫌われたらどうしようって・・」
「言っとくけど、好きな女にがっかりするような男は、その場で捨てて正解な」
「もし、気持ち悪くて怖くなっちゃったら、どうしたらいいですか・・」
「その時は、そう言えば良いんだよ」
そこまで恐怖心があるなら、無理にするのは止めよう、と思った時だった。
「・・分かりました・・」
覚悟を決めたらしい赤堀の、消え入りそうな声だ。こいつなりに、必死に壁を乗り越えようとしている。
それを知って新しい世界に連れて行ってやりたいと思うくらいには、もうとっくに好きで、本音は触れ合って溶け合いたい。
何度か繋いだ手を引いて、寝室のドアを開けた。
電気を点けてドアを閉めると、ガチガチに固まった赤堀が、こっちを見上げた。
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