上 下
14 / 53

新月の夜 夫婦の誓い

しおりを挟む
とうとう、この日が来てしまった。アルと約束をした、新月の日。

あたしは祈りを捧げるからと家族や使用人に断って、いつもより早めに部屋に籠る。
メリーにアドバイスをされて新調した、薄布の寝衣に着替えようとドレスを脱いだ。

部屋で露わになる自分の身体を見つめる。
大して、スタイルが良いとは言えない自分の見た目。
男の人は、好きな人の身体にがっかりしたりしないのかしら。

メリーみたいに見目よい女性に生まれたかったけど、お父様似のあたしは髪の色以外は大体お父様の要素でできている。

レースとチュールの使われたネグリジェに袖を通す。

部屋は真っ暗だけど、あたしの周りで光る精霊たちのお陰で鏡に映る自分の姿が分かる。
人生で初めて着た、ほんのり肌の色が透ける寝衣。
鏡の中の自分を見て、まるでどこかのお姫様みたいだわと驚いた。

さっきまで自分のスタイルに落ち込んでいたけれど、そんなことが気にならない。
女らしく人を飾る服に感動した。

「すごいわ……5割増し……それ以上ね」

鏡の中の自分に、急に自信が湧いてきた。
戦闘服って言うのかしら、着るものでこんなに気持ちが変わるんだから、身につけるものって侮れない。

アルに、どう思われるんだろう。
こんな格好であなたを待つのは、おかしいと思う? 

気合が入りすぎているって引かれたりしないか、買う前にすごく悩んだの。

あたしはまだアルを呼んでいないのに、既に苦しい。
ドキドキが、身体を壊してしまいそう。
これからアルを呼ばなきゃって、祈りのために手を組んだけど……太陽神様を呼ぶ声が掠れる。

「たいよ……神……さま……」

がくがくと震えながら、唱える。その先の声が出ない。
どうしよう、どうしようって焦っていたら、目の前に大好きな人の姿が現れた。

「ウィルダ」

アルは、白い軍服を身に着けていた。髪は固められていて綺麗な顔が強調されている。
よく知らない勲章のようなものや、金色の飾りがついた……とても凛々しい姿。

「アル……」

あたしはアルに見惚れながら、その軍服は初めて見るわって言いたかったのに、口に出す前にアルに抱き上げられた。

「私の花嫁は、よく分かっている」

アルはそう言うと軽く唇に触れて、離れた途端にまた深く触れた。

「この服……変じゃないかしら?」
「今までで一番、素敵だ」

そう言って微笑んだアルは、あたしをベッドの上に座らせて、その横に跪いた。


「太陽神に誓う。私の生涯をウィルダに捧げ、夫として深く愛し、誠実に添う。どんな日も、どんな時も、彼女だけを私の妻とする」

アルが誓うと、新しい太陽神の加護がアルの背に宿ったのを感じる。

「月の女神様に誓います。私の生涯をアルに捧げ、妻として深く愛し、誠実に添い遂げます。どんな日も、どんな時も、アルの傍に」

あたしはベッドの上からアルを見つめて誓う。月の女神様の加護で、身体に何か大きな力が走った。

「アル……あたしたち、神様に認められてしまったわ」

誓った後、切なさがちょっぴりあたしを襲ったけど、やっぱり嬉しくてアルを見つめる。

「泣いているのか?」

新月の夜だというのにお見通しだった。アルには、隠し事は出来ないかもしれない。

「色々な感情が襲ってくるの。あなたのことが好きなのに、おかしいでしょ?」
「おかしくなんかない。それも含めて、全てのウィルダを愛したい」

アルはそう言って長いキスをした。
これまでアルはあたしの頬と口にしかキスをしなかったけど、唇が口から外れて輪郭をなぞる。
アルがあたしを探っているのが分かったから、あたしはアルの名前を呼んだ。

暗い新月の夜。お互いの息が絡む。あたしたちは、二人だけで夫婦になった。


 *

夜が徐々に明けて行く。部屋に差し込む光に、太陽が昇り始めているのだと分かった。

もう自分のことが分からなくなりそうなくらい、感覚がぐちゃぐちゃになっていた。
アルはなかなかあたしから離れない。今もアルはあたしを抱きしめて、あたしの背中をさすっている。

「そろそろ、朝が来るわ……」

身体を起こして、ベッド脇に散乱する服と露わになっている自分の肌に、突然羞恥心が襲った。
アルもあたしも、朝が来たら離れ離れになるのだろうと思ったから、結局一睡もしていない。

「妻を残して、また私は消えなければいけないのか」

ボソリと呟いたアルに、これからのことを聞かなきゃって気付く。

「数日以内に、迎えに来る。ウィルダを驚かせてしまうことが起きるけど、私を信じて待っていて欲しい」

アルは、心の声を聞いたみたいにそう言って、あたしの髪に触れた。
恐らくこの先、何か予想外のことが起きるんだって分かる。
でも、あたしたちは神様の認めた夫婦になった。だから、例え他の誰があたしたちを否定したって、もうこの関係は覆せない。

「あなたは、無茶をしたりしないでね」
「適度にやるよ」

アルはテキパキと着替え始めて、この部屋に着いた時の軍服に身を包んだ。
あたしたち、折角誓い合ったのに、またお別れなのね。

アルの軍服についた紋章に、見覚えがある気がして引っかかった。あれは、何だったかしら。

「じゃあ、数日後に」

アルはそう言って、完璧な軍服姿であたしにキスをして、また消えてしまった。
あの人があたしの夫なんだと思ったら、あまりに現実離れしている気がする。

でも、頭の中はこの数時間に起きたことでいっぱいいっぱいで、難しい事なんか何にも考えられなくなっていた。

 *

そのまま、ずっと部屋に籠っている。
使用人には体調がすぐれないと嘘を付いて、ベッドにずっと身体を埋めていた。
ここに、少し前までアルといたんだって思う度に、断片的な記憶が身体を走って動けない。

あっという間に夕方になって、一日が終わって行った。

こんな何もしない日って、久しぶり。

お父様もお母様も、ここ数日は新商品の発売で忙しかったんだから、とあたしを気遣ってくれた。
まさか娘が勝手に男性と夫婦の誓いをして、契りまで交わしていたなんて知ったらどう思うのかしら。
すごく悪い子になった気分。

あたしは、次に起きる自分の運命の事なんかさっぱり忘れ、アルの余韻に浸っていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

処理中です...