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二人の末裔

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 幹線通り沿いにあるコンビニエンスストアの駐車場で、大雅は車載モニターのGPSを眺めていた。
 どうやら恭祐は品川駅近くの建物にいるようだ。

「ずっとここでGPS見ながら待ってんのかな……っていうか、いい年した大人なんだから自力で帰ってくるよな……」

 辺りはすでに暗くなり始めており、隣に停まるトラックも3台目になったところだった。

 どうやらここは長距離トラックの運転手が休憩に使う場所らしい。
 1時間程度駐車場に滞在し、コンビニエンスストアで買ったものを食べたり、横になったりして過ごす様子を何度も見てきた。

「腹減った……」

 大雅はスナック菓子を買って一時的な飢えを凌いだが、所持金も底をついて飲み物すら買えない。
 心細く「くぅー」と声を上げるお腹にひもじさが増す。
 そんな時、外でパンパンに膨らんだ水色のゴミ袋を両手で持ち、フラフラと歩く女性店員を見つけた。

 大雅は車から飛び出して女性店員の元に駆け寄ると、「危ない」と言いながらゴミ袋を奪うようにして持ち上げる。
 女性の様子に余程重いゴミなのかと思えば、大したことはない。

「あ、すいません。私の仕事なので……」

 女性店員が慌ててゴミ袋を取り返そうとしてきたが、優しい笑みを作り、「危ないよ」と甘い声で声をかける。
 途端に女性は腰が抜けたようにその場でへたり込み、大雅を見たまま固まってしまった。

「その大きなゴミ箱に入れておけばいいの?」

 囁くように尋ねると、女性店員は小さくうなずく。
 その様子を一瞥して外に設置されていた大型のダストボックスにゴミ袋を入れ、女性の元に戻った。

「大丈夫? 立てる?」
「あ、あの……」

 ただ戸惑う女性店員に、大雅はそっと手を差しのべた。
 小型動物が抗う術を知らず従順になってしまうように、女性は大雅の差し出した手に自分の手を乗せる。
 そうして抱きかかえられながら立ち上がると、密着したままの大雅を恐る恐る直視し、「信じられない……」と顔を紅潮させた。

「ありがとうございます。私、その、まだ仕事中で……」
「うん。お仕事頑張って」
「お礼、しなきゃっ……」
「お礼?」
「あの、バイト終わるの20時なんですけどっ……」

 たどたどしく誘う様子に、大雅は小さく笑う。

「じゃあ、お礼してもらっていい?」
「は、はい!」
「廃棄処分のお弁当、くれない?」
「え??」
「僕、財布忘れてケータイも調子悪くて、昼から何も食べてないんだ。捨てるお弁当、恵んでくれない?」
「いや、あの……廃棄のものは厳重に管理されていて……」

 女性店員が申し訳なさそうに視線を落とすと、「そっか、それじゃ仕方ないね」と大雅は背を向けて歩き出す。

「あ、ちょっと待っていてください! 私が何か買って持ってきますので!」

 慌てて走り去る足音を聞きながら、大雅は背を向けたまま口角を上げる。
 夕陽を浴びて目が青白く光り始めていたが、この状態になればどんな相手が来ても怖くはなかった。

  ***

 時刻は20時を過ぎていた。
 大雅は駅ロータリーに車を停めて、徐々に現在地に近づいてくるGPSの情報を眺めている。

「自力で食事にはありつけたけど、こんなことでリスクを負いたくないな……」

 そう言いながら、人差し指と中指で挟んだ1枚の名刺に書かれた携帯電話の番号を眺める。
 SNSのQRコードが印刷された名刺には、女性の柔らかい筆跡で「お友達になってください」と書かれていた。
 大雅は「お友達って」と小さく笑い、それをくしゃりと握って弁当ガラの中に放り込む。

 考えてみれば、恭祐を待つ義理などないはずだった。
 命を助けられたのではなく、邪魔をされただけ。いわば疫病神のようなものだ。
 大雅と同じように変わった力を持っているのなら、利用してやるのも一興だと思ったのだ。
 延びた寿命の分くらいは、と探偵ごっこに付き合っているが、未だ愉快なことは起きていない。

「あの『所長』、狂わせてみようかな……」

 空には満月に少し足りない月が浮かんでいる。大雅にとっては申し分のない夜だ。
 GPSは線路に沿いながら近づいてくる。

 大雅がくすりと笑っていると、恭祐が最寄り駅に到着した。
 駅舎から出てくると、大雅の乗る車に向かって一直線に走ってきている。

「あの人もそれなりに目立つ気がするけど……」

 そんな風に呟いて車のロックを解除すると、恭祐が助手席に飛び乗ってきた。
 眼鏡を掛けていない目が爛々と光っている気がして、大雅は一瞬息を呑む。

「車を出せ。マンションを行き過ぎたところで待機する」
「どういうことですか?」
「ターゲットと同じ電車に乗って来た。マンションに入るところを録画しておくぞ」
「……相変わらず、人遣いが素晴らしいですね」

 嫌味たっぷりに言ってエンジンをかけると、大雅は荒々しくアクセルを踏み込む。
 急発進で恭祐の身体が背もたれにぶつかる音を聞き、大雅はそのまま槇田のマンションまで車を進めた。

「なるほど。桂《カツラ》は、外見と声で相手を狂わせるんだな」

 隣からそう声をかけられて、頭のてっぺんまで上っていた血が急激に下がっていくのを感じる。
 ハンドルを握りながら、脂汗なのか冷汗なのか分からないものが、頭皮と背中からジワリと吹き出した。

「なんで……それを……」
「俺は夜の方が目がいい。昼間と今で外見の雰囲気が違っているのは分かる。あと、声の質というのか、調子というのか、人を惑わせる声を使えるに違いない」

 あっさりと能力を見破られたことで、大雅はさっきまでの勢いを失った。

「そんな簡単に分かるものなんですね」
「俺が末裔だからだろ」
「……」

 末裔とは具体的にどういうことなのか、末裔だとなぜ能力を見破れるのか、聞きたいことがいくらでもある。
 だが、それをハッキリと聞けないくらいに大雅は動揺していた。

「女の匂いがするな? 車に連れ込んだりしたのか?」

 殺気立つ恭祐が、隣で金色に目を光らせている。
 険しい顔つきに犬歯が目立ち、獣が唸りながら威嚇をしているようだ。

「い、いえ……。コンビニ店員の女性に弁当をもらっただけですよ」

 恭祐の鋭い視線に粟立った大雅は、自然に身体が震えだすのを止められない。

「そのコンビニ店員に何をした?」
「お弁当をもらっただけです。……能力を使って」

 ただ受け答えをしているだけなのに総毛だつ。
 恐らくこれが恭祐の特殊能力なのだ。
 明確な理由なく威圧される。敵わない、と本能が言っていた。

「今後、俺が許可するまで能力は使わないようにしろ。今回は夕食代を渡さずに行った俺のせいでもあるが」

 恭祐がそう言うと、大雅は肩の力が入ったまま、車をマンションの入口からさほど離れていない場所で停めた。
 夜の住宅街は静かで人の姿もない。

「車からマンションの入口を撮影する。俺たちはエンジンを切って後部座席に潜むぞ」
「……エンジンを切らなくちゃいけないんですか?」
「車のエンジン音がすれば、向こうは人目があると思って警戒するからな」

 気迫に負けて大雅はエンジンを切る。冷房が切れた車内は途端にムワリと熱気がした。
 言われるままに後部座席まで移動する。
 辺りが暗いため、外灯に照らされたマンションは入口が良く見えていた。

 息を潜めてターゲットの到着を待っていると、静かな車内に二人の息づかいだけが響く。
 なんとなく鼻で息をしていた大雅は、先ほど食べた揚げ物の匂いが残っているのを気にしながら恭祐を盗み見た。

「それなりに衝撃的な光景を見ることになるだろうから、声を上げない心づもりをしておけ」
「なんですか、それ……なら、何が見られるか先に教えてくださいよ」

 大雅は引きつった顔で静かに言う。
 先ほどまでは恭祐を魅了して弱味を握ってやろうと思っていたのだが、すっかり計画が狂ってしまった。
 肌にビリビリと得体のしれない力を感じる。恭祐は一体何者なのだろう。

「ターゲットが女連れでマンションに帰ってくる。その徹底的な瞬間をカメラに収めるぞ」
「女性……はい」

 交際相手がいるのなら、共にマンションに帰ってくることもあるだろう。
 そんなことまで盗撮されて報告されてしまうなんて、と大雅はうすら寒い心地がした。

 通りの向こうから、人が歩いてくる気配がする。
 暗くてよく見えないが、確かに二人いるようだ。
 マンションに入る瞬間、明かりに照らされてその姿がハッキリと全貌を現す。

「――――!!」

 大雅は声にならない声を上げそうになり、慌てて口を手で覆った。

 ーーそんな、なんで……。
 
 大雅は言葉を失う。二人が建物に消えて行くと、恭祐は「行くぞ」と小さく呟いて車外に大雅を誘った。

「あの、所長……なんであの人が……」
「それを探るのが仕事だ。いいか、変な感情は捨てろ」

 足音を立てずに恭祐が路地を歩いて行く。
 マンションを見上げると、ちょうど槇田の部屋に明かりが付いたところだった。

「20時46分。ターゲット槇田浩介、水沼メイと共に自宅マンションに帰宅。二人は肩が触れ合う距離で最寄駅から歩いてきた。待ち合わせは京浜東北線、品川駅ホーム。ターゲットとの接触は20時ちょうど」

 恭祐は携帯電話のボイスレコーダーに事実を録音する。

 水沼メイーー午前中に打ち合わせをしたばかりの、依頼元である経営企画室の女性だった。
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