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出会い

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 東京都渋谷区渋谷――。
 人が行き交うスクランブル交差点の上空、ビルの屋上で永禮ながれ大雅たいがはそびえ立つビル群の屋上が同じ高さにあるのをぼんやりと眺めていた。
 噴き上がる風で黒いTシャツが旗のようにはためいている。

「はあ……」

 息を吐き、握った鍵を緑色に塗られたコンクリートの床に放つ。カチャ、と軽い音がした。
 長い黒髪が四方に流れて視界が何度も遮られるが、構わず屋上の端に向かって柵越しに下を見る。
 行き交う人、人、人……。言葉として捉えることのできない声や車の音、大型ビジョンに流れる放送、全てが喧噪だ。

 一歩を踏み出し、185cmの身長を使って軽々と柵を越えると、こんな時に役立つ長い足を見て大雅は苦笑した。

「っっバッカやろ――――!!」

 その時、誰もいないはずの屋上に耳をつんざく声が響く。
 気付くと大雅の身体は背中から硬いコンクリートに打ち付けられ、2、30代くらいの男に黒いサングラス越しに睨まれていた。

「何してんだよ!!」

 思い切り胸倉を掴まれて、ハイブランドのTシャツが伸び切っているのが目に入る。

「……いや、どこから湧いた? オッサン……」

 茶色いパーマヘアを揺らすスーツ姿の男。間違いなく大雅の知人ではない。

「お前。下の階にいた女に何をした? そこに転がっている鍵を使って屋上に侵入したのか?」
「……めんどくさ……」

 大雅は掴まれたまま長い溜息を吐きながら眉間に皺を寄せる。
 男は手を放し、静かに大雅を見据えた。

「お前、もしかしてその体質のせいか? 行くところは?」
「……は??」
「安心しろ。俺も似たようなものだ」
「いや、何が」
「俺も、色々持っている。『末裔まつえい』だ。だからお前のことが分かった」

 男は大雅が落とした鍵を拾いに歩いて行き、「屋上」と書かれた小さなプレートをつまんで鍵を鼻に近づけている。

「指紋も匂いもついてるし、訴えられたら終わりだ。逃げずに謝るだけで許してもらおう」
「……」
「『普通』に生きられないくらいで死ぬことはない。その能力を生かしてうちで働いてみないか?」
「……最初はみんなそう言って受け入れてくれるんだ。だけど、徐々に波紋が広がるように色々な影響が出てくる。誰だって、自分を狂わされるのは怖い。僕は人を狂わせて、周りに犯罪者を生むから」

 男は大雅の元に戻ってくると、力なく座る大雅を上からじろりと睨んだ。

「ごちゃごちゃ言うな。その辺の人間じゃお前を持て余すのは当然だ」
「ごちゃごちゃ言ってるのはそっちじゃないですか」
「ああそうかよ。どうせ捨てた人生だろ。生まれ変わってみればいい」

 大雅は何も言わず、反応もしなかった。

「これから俺のことは『所長』と呼べ」

 男はポケットから黒い革の名刺入れを出すと、『不忍探偵事務所 所長 犬山恭祐』と書かれた名刺を大雅に差し出す。
 大雅は長座のまま、左手で名刺を受け取った。

「ふにんたんていじむしょ、いぬやまきょうすけ?」
「『しのばずのたんていじむしょ、しょちょう』だ」
「いぬ……へえ……かわいっすね」
「かわいかねえだろ……。あと、俺は27歳だ。オッサン呼ばわりするな」

 大雅は立ち上がり、デニムパンツを右手だけで払うようにする。
 そして汚れを払った右手を一度見つめ、そのまま恭祐の前に差し出した。

永禮ながれ大雅たいが。ジュ―キューサイ、元モデルです」
「クッソ生意気な餓鬼ガキじゃねえか」
「僕、性格あんまり良くないと思うんです、犬山さん」
「所長だっつってんだろ」

 恭祐きょうすけはきびすを返すようにして屋上の出口まで向かった。

 大雅は握られなかった右手を空中に泳がせ、その場で固まっている。左手には白い名刺が握られたままだ。

「おい、行くぞ。今日からお前は『助手のカツラ』だ」
「は?!」
「苗字も名前もなんかムカつくからな」
「……いや、もっと何かなかったんですか?!」
桂男かつらおとこカツラだ。本名知られると何かと都合が悪いんじゃねえのか?」
「……まあ」

 大雅は納得しつつも、「カツラ」という名には悪意しか感じない。
 絹のように光る長い黒髪を掻きあげ、恭祐の背中に声を掛ける。

「あの、『所長』さん、僕、住むところも無くて、お金もほとんど持ってないんですけど」

 恭祐は立ちどまって首だけで振りかえり、サングラスを人差し指と中指でくいと持ち上げた。

「だから行くぞって言ってんだよ。どこにも帰れないのなら、どこにだって行けるだろ?」

 恭祐は青と白のエンブレムが光るBMWのスマートキーを大雅に見せた。先ほど大雅が捨てた鍵と一緒に太陽の光を浴びて光る。
 チャリ、と金属の音がした。
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