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祖母の思い出 1
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早紀は、祖母の家の前にいた。幾分か、家が綺麗になっているように見える。
その家の中からは、大人の怒鳴り声が聞こえていた。
「だから、あんな男と結婚するのは反対だったんだよ!」
「今それを言ってもしょうがないでしょ!」
(ああ、そういえば、おばあちゃんとお母さん、よく言い合いしてたっけ……)
早紀の母親は、早紀が小学校に上がる前に離婚している。
それで早紀は祖母の家に連れられてきて、母親は住み込みで働きに出たのだ。
「もう、働き口は見つかったのよ。悪いけど、早紀をお願いします」
「それが他人に物を頼む態度なの?」
「どうしろって言うのよ……?」
母親の苛立つ声と、祖母の怒りが家の中から伝わって来る。早紀は、思い出した。
最初に祖母の家に来た時、自分はなんて要らない子なのだと悟ったのだ。
「まあまあ、早紀ちゃんと一緒に暮らせるなんて、楽しいじゃないか――」
既に肺を悪くしていた祖父が2人の間を取り持っている。早紀の記憶に祖父はあまり残っていなかったが、実はとても優しい人だったのかもしれない。こんな風に祖父を知ることになるとは思わなかった。
当時の早紀は、どこにいるのだろう? 早紀が不思議に思って家の周りを見回すと、駐車場に置かれた赤い軽自動車の影で、小さな早紀は蟻の行列を眺めていた。
「あれ? お客さん?」
不意に、子どもの頃の早紀が大人になった早紀に尋ねる。これは、一体どんな状況なのだろうか。
「ええと、うん。昔この辺に住んでたの、私」
「へえ、そうなんだ。私は、今日からここに住むらしいんだけど。なんだか大変そうでしょ? うち」
「まあ、そうだねえ。でも、家族だから平気だよ」
「でもお父さんは、家族なのにいなくなったんだ」
小さな早紀に言われて、子どもの頃の自分に掛ける言葉がない。
そうなのだ、父は母も自分も捨てて未だに行方は分からない。養育費を払ってくれたという話も聞いたことは無かったから、きっと父は逃げたのだろう。
最近は、いきなり現れて老後だけ面倒を見ろと言われたらどうしようとすら思っていた。家族とは厄介だ。
「とりあえず、ご近所に挨拶に回るわよ。早紀と、あんたも来なさい」
「はいはい」
早紀の母と祖母が、家から出て来た。祖母は、箪笥の引き出しにあった着物を着ている。
(あ、あの着物か……)
「ほら、早紀もいらっしゃい。ご近所さんに挨拶に行くわよ」
「はーい」
随分若い頃の祖母と、小さな頃の早紀、そして母の3人が隣の家に向かう。
その様子を見つめる早紀は、小さな頃の早紀以外には見えていないようだった。
「ええ、そうなんです。うちの子が働きに出ることになって。これから早紀が我が家で暮らすので、どうぞよろしくお願いします――」
「あらあ、早紀ちゃん、大きくなったわねえ」
隣の家に挨拶に行くと、特に何の詮索もされずにニコニコとされていた。
でも早紀は知っている。この小さな町では、全てが筒抜けなのだ。
早紀と母が父に捨てられたことも、母が働きに出るのに早紀が邪魔なことも、早紀が祖母を頼るしかなかったことも、近所には全て分かっている。
(そういうところが、なんか息苦しかったんだよね……)
大人になった早紀は、祖母に手を繋がれて近所の挨拶に回る自分を見つめながら、遠い日を思い出していた。
その家の中からは、大人の怒鳴り声が聞こえていた。
「だから、あんな男と結婚するのは反対だったんだよ!」
「今それを言ってもしょうがないでしょ!」
(ああ、そういえば、おばあちゃんとお母さん、よく言い合いしてたっけ……)
早紀の母親は、早紀が小学校に上がる前に離婚している。
それで早紀は祖母の家に連れられてきて、母親は住み込みで働きに出たのだ。
「もう、働き口は見つかったのよ。悪いけど、早紀をお願いします」
「それが他人に物を頼む態度なの?」
「どうしろって言うのよ……?」
母親の苛立つ声と、祖母の怒りが家の中から伝わって来る。早紀は、思い出した。
最初に祖母の家に来た時、自分はなんて要らない子なのだと悟ったのだ。
「まあまあ、早紀ちゃんと一緒に暮らせるなんて、楽しいじゃないか――」
既に肺を悪くしていた祖父が2人の間を取り持っている。早紀の記憶に祖父はあまり残っていなかったが、実はとても優しい人だったのかもしれない。こんな風に祖父を知ることになるとは思わなかった。
当時の早紀は、どこにいるのだろう? 早紀が不思議に思って家の周りを見回すと、駐車場に置かれた赤い軽自動車の影で、小さな早紀は蟻の行列を眺めていた。
「あれ? お客さん?」
不意に、子どもの頃の早紀が大人になった早紀に尋ねる。これは、一体どんな状況なのだろうか。
「ええと、うん。昔この辺に住んでたの、私」
「へえ、そうなんだ。私は、今日からここに住むらしいんだけど。なんだか大変そうでしょ? うち」
「まあ、そうだねえ。でも、家族だから平気だよ」
「でもお父さんは、家族なのにいなくなったんだ」
小さな早紀に言われて、子どもの頃の自分に掛ける言葉がない。
そうなのだ、父は母も自分も捨てて未だに行方は分からない。養育費を払ってくれたという話も聞いたことは無かったから、きっと父は逃げたのだろう。
最近は、いきなり現れて老後だけ面倒を見ろと言われたらどうしようとすら思っていた。家族とは厄介だ。
「とりあえず、ご近所に挨拶に回るわよ。早紀と、あんたも来なさい」
「はいはい」
早紀の母と祖母が、家から出て来た。祖母は、箪笥の引き出しにあった着物を着ている。
(あ、あの着物か……)
「ほら、早紀もいらっしゃい。ご近所さんに挨拶に行くわよ」
「はーい」
随分若い頃の祖母と、小さな頃の早紀、そして母の3人が隣の家に向かう。
その様子を見つめる早紀は、小さな頃の早紀以外には見えていないようだった。
「ええ、そうなんです。うちの子が働きに出ることになって。これから早紀が我が家で暮らすので、どうぞよろしくお願いします――」
「あらあ、早紀ちゃん、大きくなったわねえ」
隣の家に挨拶に行くと、特に何の詮索もされずにニコニコとされていた。
でも早紀は知っている。この小さな町では、全てが筒抜けなのだ。
早紀と母が父に捨てられたことも、母が働きに出るのに早紀が邪魔なことも、早紀が祖母を頼るしかなかったことも、近所には全て分かっている。
(そういうところが、なんか息苦しかったんだよね……)
大人になった早紀は、祖母に手を繋がれて近所の挨拶に回る自分を見つめながら、遠い日を思い出していた。
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