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第三章 足りない僕とコーヒーと

神の舌 2

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「戸惑わせてしまってすいません、利津さんにそう言われると嬉しくて、つい」
「そうですか……」

 急にしおらしくなった利津さんに、あんまり喜ばれ慣れていないのだろうかという印象を受ける。
 一緒に市場調査でお店に行った時にも、こんな印象だったんだよなあ。

「すいません、続きもお願いします。利津さんのお墨付きをもらえると嬉しいですね」
「は、はい。それでは試食を続けますね」

 そんな恥ずかしそうにしなくてもいいのに。
 利津さんって厳しいのに、結構シャイなんだよねえ。
 じっと見てると何だか申し訳ないな。

 オレンジピールの入ったマドレーヌを一口食べた利津さん。

「これ、好きです」
「えっホントに? いやすいません、本当ですか?」
「甘みはハチミツで付けてますか? しっとりしているし華やかな香りがします」
「その通りです。天才か……」

 焼いていて風味も変わるのに、そこまで分かるのか。
 何がすごいって、利津さんはお菓子が専門じゃないところだ。
 定食の味見しかしてきていないのに、材料まで分かるなんて。

「このブレンドコーヒーとも、相性いいじゃないですか。オレンジピールもこうやって食べてみると、苦味と酸味があってコーヒーに合う気がします」
「僕は今、感動しています……」
「大袈裟ですね」

 マドレーヌに対する利津さんの評価があまりに良くて、何か悪いことでも起きるんじゃないかと思ってしまった自分がいる。
 利津さんは僕を見ながら笑っていた。

「だって、利津さんってすごく冷静な評価を下すじゃないですか。その利津さんにこれだけ褒められたら」
「私、普段はマドレーヌよりフィナンシェ派なんですけど、こうやって食べてみるとフィナンシェってコーヒー用語でいうボディの強いコーヒー向きで、マドレーヌなら割と何でも合いそうな気がしました」

 利津さん、ペアリングまで完璧とか本当にあなたは何者だ。
 僕が感動して言葉を失っていたら、利津さんは不安になったらしい。

「すいません、当てが外れているかもしれないのに偉そうに……」

 何故か謝られてしまった。
 過去に人間関係でつまづいた経験もあることだし、自分に自信がないのだろう。

「全く外れていませんよ。むしろ、よくそこまで分かったなと思っていたところです」
「そんな、あ、えっと、最後のココア入りもいただきます」

 利津さんは褒められたせいか困ったようにしていたけれど、きっと嫌ではないのだろうなと分かる。
 さっきから、なんか楽しそうなんだよね。

 利津さんはココア入りのマドレーヌをひと口食べて頷き、コーヒーを飲んだ。

「これは、どんなコーヒーにでも合いそう。あ、でも浅煎りよりも中煎り以上が良いですね」
「焙煎までイメージできちゃうとか、本当にあなたは何者ですか」

 利津さんは、スペシャルティコーヒーを飲み始めて、日が浅い。
 それなのに、既に焙煎のことまで把握していた。

 まあ、コーヒー豆の産地以上に焙煎は分かりやすいけれど……。
 それにしたって、正確に特徴を覚えている。
 一度飲んだコーヒーの味は忘れていないんだろうというのは明らかだ。

「お役に立てましたでしょうか……?」
「勿論です!」
「よかった……」

 利津さんはホッとしたようで、表情が柔らかくなった。
 リラックスしたのかコーヒーを多めにごくりと飲んで息を吐いている。

「なにか、お礼したいですね」

 この間だって、結局市場調査に付き合わせてしまったからお礼らしきことをしていない。
 利津さんの舌に頼っておいて、これではいけない気がする。
 本当なら、報酬を払うべきなんだろうけど……。

 それだと、利津さんは嫌がりそうだしなあ。何か欲しいものとか無いのかなあ。

「あ、あのっ。お礼……なんですけど」
「はい、何かありました?」
「その、ナツさんて引っ越し先を探してるって聞いて」
「ああ、祥太くんから聞きました? ほら、祥太くんちに泊ってたんですけど、最近女の子の家に行ったりしてるみたいで」

 うーん。意外と祥太くん、僕のことを利津さんに話してるんだなあ。
 下手なことは言えないぞ。

「うちに下宿しませんか?」
「……は?」
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