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第二章 夢なんかみなくても
真鍋利津 2
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「利津は、普段のメイクからチークはちゃんと入れた方がいいな」
「そっか、チーク省きがちだったけど、案外似合うんだ……」
「のっぺりしてっから、アクセントが要る」
アドバイスのつもりだったのに、利津のグーパンチが肩に入った。理不尽すぎる。
アイラインの自然な入れ方や、瞼の重さを軽く見せるために黄緑のシャドウの使い方だったりを教えると、その度に利津は声をあげて感心していた。
本当にメイク動画とか観てたんだよな? この程度で感動してどうする?
こんなに女子力的なものが皆無だったのかと衝撃だ。
別にそんなものなくても利津は利津だとフォローしてやりたいけど、美容業界に居る身としては「折角メイクっていう技が利用できるんだから、使わない手はないだろ」という気持ちの方が強い。
だから美容師の男って評判が悪いのかもしれない。それだけでもないだろうけど。
とりあえず、利津の顔を自然にハッキリとさせるようなメイクをした。特別な色も入れず、ただラインを強調させるような基本的なメイクだ。
「すごーい。祥太ってメイクの才能もあったんだあ」
「ねえよ。その辺の女の人の方が才能あると思うぜ……日葵さんとか」
「日葵さんは素で美人でしょ」
まあ、そう思うならそう思わせておいても良いけど……日葵さんのメイクスキルは相当高い。
利津は分かっていないと思うけど、メイクをあまりしていないように見えるメイクが一番スキルを要するんだ。
あんなに素が美人に違いないと思わせるメイク、普通はできない。
きっとあの人はあの人なりの「すべき努力」ってやつの塊で出来ていて、腹の中にはプライドだったり自信だったりを抱えて生きている。
美容業界は、そういう人たちに技術を提供して成り立っている場所だ。
利津は、その世界の入口に片足を踏み入れようとしている。
「いい事教えてやろうか? 芸能人だってなあ、メイクしてなきゃ顔自体はのっぺりしてる人も多いんだよ」
「えー。うそおー」
「見せ方が上手くて……まあ、骨格が人並み外れてたりはするけど」
専門学生時代にファッションショーを何度もやった。
ヘアメイクを回す立場でモデルたちと向き合って来たけど、ノーメイクではっきりした顔をしている人など、ほぼ皆無だった。
でも、自分を魅せる技術がものすごく高くて、咄嗟にポーズを取ったり表情を作ったりして人が一枚絵のようになる。人間の生の美しさは、こういう演出力なんだなと感心した。
「ナツさんも理解してくれると思うけど、人間って案外『素』よりも『繕い方』が大事なんだと思う」
「私は、そういうのあんま好きじゃないなあ……」
利津は「素」のまま生きているようなところがあるから、理解はできないだろう。そんなところが利津のいい所だと思うのに、だから苦労しているんだとどうやったら傷付けずに教えてやれるのか。
利津はテーブルに置かれた鏡で自分の顔をずっと見ていた。
どこが普段と違うのか、覗き込むように確認している。
「例えばさ、欠点って誰にでもあるけど、それを直すのって無理だろ?」
「うーん。まあ、そうかも?」
「だったら、欠点に見えないようにすればいい。メイクはそういう使い方でいい」
俺がちゃんと丁寧に教えているのに、利津は分かったのか分からないかのような顔をする。
おい、そんなに難しいことは言ってないぞ。
「それってさ、自分のため? 誰かのため?」
「自分のためだろ」
「自分が欠点で落ち込まないようにするってこと?」
「落ち込むかどうかは、人によると思うけど」
利津が何に悩んでいるのか、すごく気になる。なんでそんなことを聞いたのか。
「私さ、どこが決定的な欠点なのか分かってないの。でも、美人じゃないしなあと思うし、もっと良くなるならどうなんだろって」
「ほー。なるほど。じゃあ、美人の定義って何だと思う?」
「目が大きくて、顔が小さくて、睫毛が長くて唇の形が綺麗で鼻が高い?」
「なるほど。じゃあ、そうなれば利津は美人になれるわけだ?」
利津が怪訝な顔をこっちに向けている。俺の言いたいことがよく分からないらしい。
「目を大きくしたいなら、アイテープとカラコンを入れればいい。顔を小さく見せるシェーディングもある。睫毛はつけまつげがあるし、唇の形はコンシーラーで消してからペンシルで書けばなんとでもなる。鼻もハイライトとシャドウの加減でそれっぽく見せられるよ」
「それをやれって?」
「それが利津のいう美人で、それになりたいならな」
「私じゃなくなれって言われてるみたい」
「なるほど、そこに引っかかるわけだな」
多分、こういう時に美容業界の人間の意見はあんまり参考にならない。
俺も周りも「綺麗になりたいとか、こうなりたいという希望を叶えたい」という気持ちで仕事をしている。
「なんか、整形しろって言われてるみたい」
「俺は美容業界の人間だからな。整形だって否定しないけど」
実際のところ、そうなんだ。綺麗になるために何を手段に選ぶかだと思っている。メイクとヘアは、身近で効果があってリスクのない手段だと思っているから。
「そんなもんなんだね」
「なにが」
「祥太にとっての『顔』って」
利津の言いたいことがわからない訳じゃないけど、ニュアンスはちょっと違うなと思った。結局のところは、本人が自信をもって生きられればいい。利津が今のままで良いというならそれを否定するつもりもない。
だけど、今のままじゃ日葵さんと自分を比べて辛くなるなら、やれることをやってみたらと思うだけだ。
「そっか、チーク省きがちだったけど、案外似合うんだ……」
「のっぺりしてっから、アクセントが要る」
アドバイスのつもりだったのに、利津のグーパンチが肩に入った。理不尽すぎる。
アイラインの自然な入れ方や、瞼の重さを軽く見せるために黄緑のシャドウの使い方だったりを教えると、その度に利津は声をあげて感心していた。
本当にメイク動画とか観てたんだよな? この程度で感動してどうする?
こんなに女子力的なものが皆無だったのかと衝撃だ。
別にそんなものなくても利津は利津だとフォローしてやりたいけど、美容業界に居る身としては「折角メイクっていう技が利用できるんだから、使わない手はないだろ」という気持ちの方が強い。
だから美容師の男って評判が悪いのかもしれない。それだけでもないだろうけど。
とりあえず、利津の顔を自然にハッキリとさせるようなメイクをした。特別な色も入れず、ただラインを強調させるような基本的なメイクだ。
「すごーい。祥太ってメイクの才能もあったんだあ」
「ねえよ。その辺の女の人の方が才能あると思うぜ……日葵さんとか」
「日葵さんは素で美人でしょ」
まあ、そう思うならそう思わせておいても良いけど……日葵さんのメイクスキルは相当高い。
利津は分かっていないと思うけど、メイクをあまりしていないように見えるメイクが一番スキルを要するんだ。
あんなに素が美人に違いないと思わせるメイク、普通はできない。
きっとあの人はあの人なりの「すべき努力」ってやつの塊で出来ていて、腹の中にはプライドだったり自信だったりを抱えて生きている。
美容業界は、そういう人たちに技術を提供して成り立っている場所だ。
利津は、その世界の入口に片足を踏み入れようとしている。
「いい事教えてやろうか? 芸能人だってなあ、メイクしてなきゃ顔自体はのっぺりしてる人も多いんだよ」
「えー。うそおー」
「見せ方が上手くて……まあ、骨格が人並み外れてたりはするけど」
専門学生時代にファッションショーを何度もやった。
ヘアメイクを回す立場でモデルたちと向き合って来たけど、ノーメイクではっきりした顔をしている人など、ほぼ皆無だった。
でも、自分を魅せる技術がものすごく高くて、咄嗟にポーズを取ったり表情を作ったりして人が一枚絵のようになる。人間の生の美しさは、こういう演出力なんだなと感心した。
「ナツさんも理解してくれると思うけど、人間って案外『素』よりも『繕い方』が大事なんだと思う」
「私は、そういうのあんま好きじゃないなあ……」
利津は「素」のまま生きているようなところがあるから、理解はできないだろう。そんなところが利津のいい所だと思うのに、だから苦労しているんだとどうやったら傷付けずに教えてやれるのか。
利津はテーブルに置かれた鏡で自分の顔をずっと見ていた。
どこが普段と違うのか、覗き込むように確認している。
「例えばさ、欠点って誰にでもあるけど、それを直すのって無理だろ?」
「うーん。まあ、そうかも?」
「だったら、欠点に見えないようにすればいい。メイクはそういう使い方でいい」
俺がちゃんと丁寧に教えているのに、利津は分かったのか分からないかのような顔をする。
おい、そんなに難しいことは言ってないぞ。
「それってさ、自分のため? 誰かのため?」
「自分のためだろ」
「自分が欠点で落ち込まないようにするってこと?」
「落ち込むかどうかは、人によると思うけど」
利津が何に悩んでいるのか、すごく気になる。なんでそんなことを聞いたのか。
「私さ、どこが決定的な欠点なのか分かってないの。でも、美人じゃないしなあと思うし、もっと良くなるならどうなんだろって」
「ほー。なるほど。じゃあ、美人の定義って何だと思う?」
「目が大きくて、顔が小さくて、睫毛が長くて唇の形が綺麗で鼻が高い?」
「なるほど。じゃあ、そうなれば利津は美人になれるわけだ?」
利津が怪訝な顔をこっちに向けている。俺の言いたいことがよく分からないらしい。
「目を大きくしたいなら、アイテープとカラコンを入れればいい。顔を小さく見せるシェーディングもある。睫毛はつけまつげがあるし、唇の形はコンシーラーで消してからペンシルで書けばなんとでもなる。鼻もハイライトとシャドウの加減でそれっぽく見せられるよ」
「それをやれって?」
「それが利津のいう美人で、それになりたいならな」
「私じゃなくなれって言われてるみたい」
「なるほど、そこに引っかかるわけだな」
多分、こういう時に美容業界の人間の意見はあんまり参考にならない。
俺も周りも「綺麗になりたいとか、こうなりたいという希望を叶えたい」という気持ちで仕事をしている。
「なんか、整形しろって言われてるみたい」
「俺は美容業界の人間だからな。整形だって否定しないけど」
実際のところ、そうなんだ。綺麗になるために何を手段に選ぶかだと思っている。メイクとヘアは、身近で効果があってリスクのない手段だと思っているから。
「そんなもんなんだね」
「なにが」
「祥太にとっての『顔』って」
利津の言いたいことがわからない訳じゃないけど、ニュアンスはちょっと違うなと思った。結局のところは、本人が自信をもって生きられればいい。利津が今のままで良いというならそれを否定するつもりもない。
だけど、今のままじゃ日葵さんと自分を比べて辛くなるなら、やれることをやってみたらと思うだけだ。
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