総督のしあわせな日常

碧井夢夏

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譲葉 1

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 その日、子ども部屋から戻って来たカイが興奮気味に部屋の中をウロウロしていた。
 窓際まで歩いて行ったかと思えば何か思いついたように本棚のところへ歩き、「いや違う」などと呟きながらまた何かを考えている。

「ねえ」

 レナはベッドで横になったまま、そんな夫を見て何が起きているのかを悟った。

「シュウから聞いた?」
「なに?! 既に知っていたのか?」

 カイは唖然としながらどう切り出そうかなどと考えていたことが恥ずかしくなっている。
 一日中シュウと共に過ごしていたはずのレナが、なぜ知らないだろうと思ったのかと自分で自分を責めた。

「良かったわね」
「……ああ」

 カイはレナの隣に来ると、体調を詳しく尋ねた。
 あまり起きて活動はできないものの食欲が全くないわけでもなく、横になりながらシュウやミレイユと話をしたり本を読んだりしていたと聞く。

 無理をしていないか心配になったが、子どもたちのお陰で気分転換ができているのと笑う様子に「ああ、そうか」とだけ返して過剰な心配を控えることにした。

「不思議だな」

 突然カイがそんなことを言うので、レナは首を傾げて何の話だろうかと身体を起こそうとする。カイはそのままでいいとレナを寝かせた。

「どうしてこんなことになっているのかと、時々思う。元々、父親の跡を継いで傭兵になるつもりでいたのが母親が亡くなって強制的にハウザー家に入り、下級貴族を維持させようと騎士団経営に乗り出すと、他国の王女から高額報酬で雇われた」
「他国の王女は、単にあなたを雇ってみたかったのよ」

 レナは横になったままその続きを待つ。雇った後も事件の連続だった。

「王女を呪いから守って任務完了だと次の赴任先に向かえば王女は逝去したと言うし、その時に自分の中に育った王女への気持ちを知ったりと、心の休まる暇が無かった」
「私はずっと、あなたに抱いた初恋を忘れようと思いながら過ごしていたけど」

 当時の悲しい気持ちを思い出す度に、こうして一緒に過ごすようになった事実を噛み締めることが出来る。

 望まない運命に翻弄されてきた2人は、偶然と絡み合うような運命の連鎖の中で出会った。

 2人が主従関係だった頃に起きたのは、決して楽しい事ばかりではない。
 絶望すら伴った事件の最中に、寄り添い合ってカイはレナを支えていた。

「確かに、人の縁って不思議ね」

 レナは、ベッドの中でまだ形の変わっていない腹部に手を当てている。
 カイとの出会いがなければ生まれなかった命が、身体の中に宿っていた。

「レナに出逢わなければ、今頃俺はブリステ公国で騎士団経営をしながら養子を探していたんだろうな……」

 他に好きな人ができたりはしなかったのかしら、とレナに問われて、もしそんなことが起きるとしたらどんな相手だったのだろうかと考えてみた。
 考えれば考える程、好きな人とは何だろうかと謎が謎を呼ぶ。

「頭の中で検討してみたが、そもそも人と深く関わりたくないと思っていた時点で破綻している」

 カイが結論に達すると、レナはケラケラと笑っていた。

「じゃあ、あなたと私は結ばれる運命だったってことね」
「まあ、運命という言葉はそこまで好きではないな。受け身ではなかったつもりだ」

 カイは、どこかでレナが生きていると信じて迎えに行ったんだぞ、と得意気に言った。
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