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仕事休みの日に産まれた親孝行なシュウは、傍を離れたがらない父と母に構われながら土日を過ごした。
シュウは柵に囲まれた小さなベッドでジタバタと手足を動かして、ただ泣き声を上げるだけだった。周りの大人はその度にシュウに構う。
「あ、今、ニヤって笑ったわ」
「本当にニヤリとするんだな」
小さな赤子の動きひとつに歓喜しながら、新しく親になった二人はその瞬間を心から楽しんでいた。
「あなたは、明日からまた仕事ね」
「……そうだな。後ろ髪を引かれる」
カイは、休みを取れるようにしておけばよかったと後悔した。
庶民は男性も産後に休みを取るのが普通だったが、王侯貴族は世話をする乳母や使用人を抱えているため父親が休みを取ることはない。
「大丈夫よ、私たちに任せて安心して行って来て」
「……心配なんじゃない、俺がこの場から離れたくない」
カイがそうやって拗ねると、レナは嬉しそうにケラケラと笑う。
「じゃあ、早く帰ってくればいいわね。あと、どこかでお休みを取ったら?」
「……そうだな。そうやって休みを取った方が、部下が休みを取りやすくなるかもしれない」
カイは明日から始まる日常に、レナとシュウの姿がないのだと落ち込んだ。
起きている時間は常に妻と子を目に入れていたいのだと気付くと、自分が自分でなくなってしまった心地に戸惑う。
「愛する妻と子がいるというのは、こんなに充実感があるものなのだな」
ふと、家族の良さを口にしていた知人たちを思い出す。
以前所帯を持つ予定がなかったカイに、絶対に価値観が変わると口説いてきた者も多かった。
「カイは、短期間で別人のようになったわね」
レナは嬉しそうに頬を緩め、産後の身体を休めるためにベッドに潜るとカイに向かって手を伸ばす。
カイはその手に唇を当てると、レナの寝る隣に腰を下ろした。
「別人か。部下にもよく言われる。レナといる時の俺は別人らしい」
「普段はどうなの?」
「基本的に顔を動かすことがないのだろう。表情筋が固まっていると言われる」
レナが初めてカイに出会った頃を思い出してみたが、確かに表情はあまり動いていなかったような気がする。
「そうね、前はそうだったかもしれないけど。あなたってどんな表情でも綺麗だからずるいわね」
「話がずれたな」
カイもレナと出会った頃を思い出す。
雇われた身で気が強くて扱いづらい王女だと思いながら、信用ができる人物だとすぐに主人を認めた。
「レナは、出会った頃よりも内面から出る美しさが増したな」
カイがそう言ってレナを覗き込む。レナは穏やかに笑ってカイの手を握った。
「実はね、時々言われるの。結婚してから女性らしくなったって……」
「ああ、まあ、分かるかもしれない……」
結婚してから、ということは夫である自分に要因があると言われている気がして、カイは素直に認めるのを躊躇ってしまう。
以前のレナと何が違うのだろうかと、カイは隣で横になっているレナのアッシュブロンドの波打つ癖毛を撫でた。
顔の造りは以前と変わらない。
そっと頬を撫でて、目尻を緩めるレナを見つめた。
笑顔が変わったのだろうか、表情だろうか。
「なぜか、前よりもずっと……」
見つめ合い、カイは身体を屈めてレナに口付ける。
そのまま何度も離れては触れ、深く繋がった。
二人がそうしていると、離れたところからシュウの泣き声が上がる。
はっとして、そちらを見ると乳母に授乳をせがむシュウが見えた。
「腹が減ったらしいな」
「力強い主張ね」
二人はまた目を合わせて笑う。
レナは、その時のカイが初めて見た頃とは比べ物にならないくらいに優しい笑顔だったのを見逃さなかった。
そんなカイを見て嬉しそうに微笑むレナは、春の日の太陽を思わせる。
心から離れたくない場所があるのだなと、カイはその温もりを求めるようになっていた。
次の日からは、レナと離れて過ごす日々が始まる。カイの日常は多くの仕事を抱えていた。
シュウは柵に囲まれた小さなベッドでジタバタと手足を動かして、ただ泣き声を上げるだけだった。周りの大人はその度にシュウに構う。
「あ、今、ニヤって笑ったわ」
「本当にニヤリとするんだな」
小さな赤子の動きひとつに歓喜しながら、新しく親になった二人はその瞬間を心から楽しんでいた。
「あなたは、明日からまた仕事ね」
「……そうだな。後ろ髪を引かれる」
カイは、休みを取れるようにしておけばよかったと後悔した。
庶民は男性も産後に休みを取るのが普通だったが、王侯貴族は世話をする乳母や使用人を抱えているため父親が休みを取ることはない。
「大丈夫よ、私たちに任せて安心して行って来て」
「……心配なんじゃない、俺がこの場から離れたくない」
カイがそうやって拗ねると、レナは嬉しそうにケラケラと笑う。
「じゃあ、早く帰ってくればいいわね。あと、どこかでお休みを取ったら?」
「……そうだな。そうやって休みを取った方が、部下が休みを取りやすくなるかもしれない」
カイは明日から始まる日常に、レナとシュウの姿がないのだと落ち込んだ。
起きている時間は常に妻と子を目に入れていたいのだと気付くと、自分が自分でなくなってしまった心地に戸惑う。
「愛する妻と子がいるというのは、こんなに充実感があるものなのだな」
ふと、家族の良さを口にしていた知人たちを思い出す。
以前所帯を持つ予定がなかったカイに、絶対に価値観が変わると口説いてきた者も多かった。
「カイは、短期間で別人のようになったわね」
レナは嬉しそうに頬を緩め、産後の身体を休めるためにベッドに潜るとカイに向かって手を伸ばす。
カイはその手に唇を当てると、レナの寝る隣に腰を下ろした。
「別人か。部下にもよく言われる。レナといる時の俺は別人らしい」
「普段はどうなの?」
「基本的に顔を動かすことがないのだろう。表情筋が固まっていると言われる」
レナが初めてカイに出会った頃を思い出してみたが、確かに表情はあまり動いていなかったような気がする。
「そうね、前はそうだったかもしれないけど。あなたってどんな表情でも綺麗だからずるいわね」
「話がずれたな」
カイもレナと出会った頃を思い出す。
雇われた身で気が強くて扱いづらい王女だと思いながら、信用ができる人物だとすぐに主人を認めた。
「レナは、出会った頃よりも内面から出る美しさが増したな」
カイがそう言ってレナを覗き込む。レナは穏やかに笑ってカイの手を握った。
「実はね、時々言われるの。結婚してから女性らしくなったって……」
「ああ、まあ、分かるかもしれない……」
結婚してから、ということは夫である自分に要因があると言われている気がして、カイは素直に認めるのを躊躇ってしまう。
以前のレナと何が違うのだろうかと、カイは隣で横になっているレナのアッシュブロンドの波打つ癖毛を撫でた。
顔の造りは以前と変わらない。
そっと頬を撫でて、目尻を緩めるレナを見つめた。
笑顔が変わったのだろうか、表情だろうか。
「なぜか、前よりもずっと……」
見つめ合い、カイは身体を屈めてレナに口付ける。
そのまま何度も離れては触れ、深く繋がった。
二人がそうしていると、離れたところからシュウの泣き声が上がる。
はっとして、そちらを見ると乳母に授乳をせがむシュウが見えた。
「腹が減ったらしいな」
「力強い主張ね」
二人はまた目を合わせて笑う。
レナは、その時のカイが初めて見た頃とは比べ物にならないくらいに優しい笑顔だったのを見逃さなかった。
そんなカイを見て嬉しそうに微笑むレナは、春の日の太陽を思わせる。
心から離れたくない場所があるのだなと、カイはその温もりを求めるようになっていた。
次の日からは、レナと離れて過ごす日々が始まる。カイの日常は多くの仕事を抱えていた。
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