総督のしあわせな日常

碧井夢夏

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うまれる 1

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 夜の間中、レナは呻き声を上げて苦しんでいた。
 カイはその背中をさすりながら、必死にレナの名前を呼ぶ。

 時折大量に出血するレナを見る度に、カイは蒼白になってレナの「気」と子の「気」を探った。

(大丈夫だ、「気」が弱くなっているわけではない……)

 それが分かってもカイは落ち着くことができなかった。
 レナが苦しそうに呻くたびに、体の奥から代わってやりたいという気持ちが湧き上がるばかりだ。

 どうしてこんなに小さな身体が、苦しまなければならないのだろうか。
 このまま自分の目の前からいなくなってしまわないのだろうかと、苦しそうな様子にいても立ってもいられない。

 レナの手を握ろうとすると、朦朧としたレナが首を振ってそれはダメだと訴えていた。
 付き添っていた産婆が「痛みに耐えていらっしゃるので思い切り握られます。相当なお怪我をなさるかもしれませんよ」とカイに伝えた。

「いや、その位で怪我をするようなヤワな作りはしていないんだが」

 カイが真顔で言って無理矢理レナの手を握る。

「握りつぶすくらいの握力で来てくれても平気だ。安心して良い」

 カイがそう言うと、レナは口元だけでほのかに笑っているようだった。
 その手がぐっとカイの指を握り思い切り力を込めると、カイはその小さな手の力を感じながら辛そうな様子をじっと見守った。

 *

「ふええ……」

 小さな声が漏れた時、レナは気を失いかけていた。
 夜通し苦しみに耐えたせいで、体力も底を尽きている。
 隣でずっとそれを見守り続けたカイが、代わりにその瞬間を見ていた。

「レナ……聞こえるか?」

 大粒の汗をかいているレナの顔を布で拭い、優しく語り掛ける。
 レナはゆっくりと目を開き、カイを見ながら頷いた。

「あの声、あなたの息子かしら……?」

 レナがゆっくりと尋ねると、カイは潤んだ目で声を出せずに小さく頷いている。

「かわいい……?」

 レナに聞かれて、カイは「自分で確かめてみろ」とだけ言った。
 不安になったレナが視線を泳がせると、シーツのような布にくるまれた小さな頭がレナの前に差し出される。

 開かない目で一生懸命泣く赤子を初めて目に入れたレナは、
「かわいい……」
 と呟いてポロポロと涙を零していた。

「あなたにそっくり」
「そうか?」

 黒い髪の赤子を見ながら、カイはレナの横で微笑んでいる。

「名前は決まった?」

 レナは小さな赤子を見ながらカイに尋ねる。

 カイは以前、息子に会えば名前が決まると言っていた。
 迷っているということは、恐らく候補があったのだろう。

「そうだな」

 カイは赤子の小さな手を握りながら、子どもの名前を呼んだ。
 レナは初めて聞く名前の響きに、「どういう意味?」と驚く。

「東洋の言葉なんだが、まずかったか……?」
「それ、東洋の言葉だったのね。あなたが考えた名前らしくて、嬉しい……」

 レナはぱっと花が咲いたように微笑んで、そのままゆっくりと目を閉じた。
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