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12話
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「どこここ」
「海だよ」
波に削られた岩を背に僕らは座っている。
さっきまで聞こえていた怒号や悲鳴は波が砕けてあるいは引く音へと変わり、燃えさかっていた対岸の明かりは遠くの道路に見える小さな街灯と民宿から漏れ出る営みの明りに、ここに蹴飛ばし罵声を浴びせてくる人々はなく、二人だけの僕らがここにいる。
「知ってる。どこの海?」
「去年海の家でバイトした海の近くかな」
岩陰に隠れるようにしてできたここは、地元民やこの場所をよく知る人たちの間では通称穴場と言われる、まるで小さなプライベートビーチだ。民宿からの距離も近いことから、夜な夜な男女の営みの場として重宝されている。公太と僕は去年ここにきて、それを覗いたりしていたのだ。
「ああ、うんなるほどね、ここなんだ。さすがむっつりすけべ大統領だね」
「そんなつもりじゃなかったって」
「まだなにも言ってないけど。そんなつもりってどんなつもりだったの?」
暗がりにも慣れてきた目で彼女の体に視線を送った。さっきの騒動で多少はだけた着物でも、制服や私服なんかよりずっとガードが固そうに見えた。まして、経験などないのだから余計に脱がせ方なんて分からなかった。
「へんたい」
言葉とは裏腹に彼女はにへっと笑った。笑ってくれた、と僕は嬉しくなった。
「さっきのあれは真の能力?」
「うん」
「どうゆう能力なの」
「多分だけど、キスした相手に好きな命令を実行させる能力かな」
「へー」
質問してきたわりに彼女の返答は素っ気なく、何が知りたいのか気になって心の声を聞いた。けれど、何も聞き取ることはできなかった。
「真の過去を見たときはそんなのなかったよね」
「なかったね。さっき使えるようになったんだと思う」
「すごいね」
「るるの能力にはかなわないよ」
今度はへへっと照れくさそうな、でも嬉しそうな表情をした笑みを彼女は見せてくれた。
「どうしたの」
「名前、呼んでくれたから」
抱きしめたくなった。そう思ったときには抱きしめていた。るるの熱が首筋から伝わってくる。感じたこともない幸福感が僕を満たしている。離れたくない、離したくないと本気で思った。
「苦しい」
「ごめん」
「でも嬉しいよ」
「……ごめん」
「謝んないでよ」
砂を踏む足音と男女の話し声が聞こえてきて、びくりと肩を震わせた僕らはお互い元の距離へと戻り、永遠と思えた時間はいとも容易く終わってしまった。
「ねえほんとにこんなとこですんの」
「いいじゃん誰もいねーって」
「途中で誰かくるかもじゃん」
「んなこと言って、濡れてんじゃん」
「ばか」
それからは会話というには及ばない短く小さなやりとりと、二人の吐息や喘ぎ声、肌と肌が触れ合う音に波とは別の水の音が僕の心臓を逸らせた。去年同様の好奇心からくる興奮ではなく、ハプニングによる動揺と、いままさに隣にいる女の子を意識した高揚が、自然と僕らの距離を縮めていくような気がして。
つと目が合う。手が触れ、肩が触れ、唇が触れた。
僕が右手を彼女の肩から胸へと滑らせると、彼女はそれを左手で弾いた。
「それは好きな人と」唇を離し、その熱が冷める間もなく彼女は声を忍ばせて言うのだ。
——私は汚れてるから。
「そんなこと」
「真は流されやすいから気を付けないとね」
「いや」
「かわりに抜いたげる」
有無を言わせず僕のベルトの留め具は外されてチャックが開かれ、「腰浮かせて」言われるがままズボンを膝くらいまで下ろされた。
それからはもう、どこの誰とも知らないカップルの中に、僕の吐息が加わるだけだった。
僕の太股を枕に彼女は語る。
「知ってると思うけど、私はずっと施設にいてさ。うん、子供の私には大きくてなんでもあって、でも自由のない部屋。一番古い記憶はお母さんって人が死んで、私に能力が引き継がれたって言われたことなんだよね。意味が分からなかったよ。能力について聞かされて、自分の境遇について教えられて、言われるがまま能力を使ってた。それまで人と会話したことなんてほとんどなくって、自分一人の世界だったから、自分が頼られてるって役に立ってるって思うと嬉しかったんだ。境遇ってまあ昔話になるんだけどさ。大昔は食べ物がなかったり病気になったり天災にあったりで大変だったけど、そこに人の願いを聞いて神様に届ける巫女が現れたんだって。そう、それが私の先祖。その人は当然ちやほやされて、しかも子供に遺伝するってことも分かっちゃって、いつしかその子孫たちは管理と言ったら聞こえはいいかもしれないけど、実質の奴隷になった。はた迷惑な話だよねぇほんと。ふざけんなって思う。でもちょっと分かっちゃう気もしてね。やっぱり誰かの役に立てるって嬉しいし、自分は特別なんだって感じると満たされるじゃん。みんなそうだったんだろうなって。
能力についてはね、人の願いを叶えることができるってすっごく端的に教えられたの。じゃあ試しにこの人たちの願いを叶えてみましょうって。それでできちゃったから、本物なんだって楽しくなった。願いを叶えた人の顔が嬉しそうにしてるのが誇らしかった。それからはたくさん叶えた。顔も思い出せないほどたくさん。で、ふと思ったんだよ。自分の願いも叶えられるんじゃないかって。九歳とか十歳とかそのくらいの時だったと思う。その頃にはさ、外の世界のことも本とか人の話とかで知ってたから、外に出てみたいって思って、期待でいっぱいで、能力を使った。でもダメだった。安直な表現だけどさ、絶望したよ。それでこうも思ったの。
ああ、私は人じゃなかったって。この能力は人の願いを叶えるものだから。
それからの記憶は結構あいまいかな。はっきり覚えてるのは寿命がもうほとんど残ってないって慌ててる人たちがいて、早く子供を作れっていう命令があったこと。私の日常に、知らない人から代わる代わる犯されるっていう項目が追加されたこと。十二歳とかそのくらいの年だったと思う。そして十五歳の時に妊娠した。春先とかそのくらい。間に合った、よくやったってみんな喜んでたよ。まあ、その頃にはもうさ、なんで私ばっかりって卑屈になってたし怒りで自傷行為とかもしてたけど、みんなの前では喜ぶふりしてた。馬鹿な方が騙されてくれるから。私ね、お腹の子と一緒に死んでやるって、お前らに復讐してやるって本気で思ってた。でもさぁ、死ぬのって怖いんだ。殺すのはもっと怖い。だから覚悟もなくだらだらだらだら自分の体を傷つけるだけ。いつしか感情は転嫁してて、次に苦しむのはこの子かって、ざまあみろって。だから産んだ。
産まれたのは元気な女の子だった。しわくちゃな顔で力いっぱい泣いて。誰がお父さんなのかも分からないし私のような汚れたやつの可哀そうな、私の子。私たちと同じ立場になることが決まっている子。でもさ、抱きしめたとき、あったかかったんだよ。人間なんだって、ここにあるのは命なんだって、苦しくなった。守らなきゃって、助けなきゃって、恥ずかしいこと言うけど、勇気に覚悟が満たされたとかそんな感じ。この子の未来のためなら、私は人じゃなくたっていい。だから、せめて自由にしてあげようって。
そしたら能力が自在に使えるようになった。関連する組織は全て消えろって願って、それは叶った。残されたのは私と、私の子どもと母親代わりだった人だけ。それ以外は全員死んだと思う。
今年の五月とかそれくらいかな。私は自由になった。私はもうすぐ死んじゃうし生き方を教えてあげられないし、普通に生きて欲しかったから、子どもは母親代わりだった人に預けて。一回だけ会ったことあるでしょ、瞬間移動の超能力を使う人。そう、真に私が組織に狙われてるって嘘ついたあの人。
後ろめたさはあったんだけどねぇ。でもまあどうせ死んじゃうし、今まではどうでもいい誰かの道具として生きてきたんだから、最後くらい好きなことしよーって正当化した。
外に出てからさ、初めてのことばっかりだったの。電車とか車とか、あと自転車に乗って見たんだ。自転車は上手く乗れなかったけど。人もいろんな人がいて、おじいちゃんおばあちゃん、おじさんおばさん、お兄さんお姉さん、私よりも小さい子たち。顔も性格もバラバラでやってることも話してることもみんな違う。それなのに社会を支えて生きてる人たち。輪に入れてないのは私だけって疎外感なんか感じたりね。羨ましかった、同じになりたかった。だから学校にも通ってみた。
それなのに、さ。ダメなんだったんだよね。私の憧れた世界はもう誰かが住んでいて、当たり前のようにそれを受け入れていて、なんなら拒否したり壊そうとしたりするの。駅のホームに落ちた人を笑いものにしたり、同じところに住んでるのに僻んできたり、気にくわないからって集団でいじめようとする、そんな人たち。耐えられなかった。恵まれてるくせにって。私のこと何も知らないくせにって。ねえ知ってる? 憧れの先にある感情は二種類で、崇拝か嫉妬なんだよ。私の憧れは後者に変わった。
組織の人間はね、死んで当然で殺してもまあ何も思わなかった。復讐だしね、何も残らないものだよね。でも、私が私の嫉妬で殺した人たちは違った。最初はさ、ざまあみろとか当然の報いだって乗り気だったんだよ。調子に乗ってたし、そう思うことで自分の心を自衛してた。けどさ、学校の体育館に飛行機を落としたときに、その脆くて貧しい正当性は簡単に崩れちゃった。なんの罪もない人たちがぐちゃぐちゃに潰されて、焼けて、吹き飛んで、怪我をして、死んで。
ああ、死ななきゃいけないのは私の方だったんだって。
でも私は卑しいからさ、どうせ数日後には死ぬんだからそれまでは生きてていいよねって思ったの。死ねなかったの。死にたくなかったの。それに、誰の記憶からも消えてなくなるくらいなら、悪いことをしてでも名前が残る方がいいんじゃないかって馬鹿なこと考えたりもしてたから。
そんなときに真からお祭りに誘われた。嬉しかったなぁ。メッセージはシンプルだったけど。そうなんだ、まあ誤送信なのは分かってたけど、そうだったんだ。初心というかなんというか、可愛いね。
不思議だよね。それまでは自暴自棄になりかけてたのに、目標が決まったらそんな気持ちは見えなくなったんだから。楽しみで仕方がなくて、茜音がせっかくだから着物をレンタルして着ようって誘ってくれて、きれいとか可愛いって褒めてくれたのがただの言葉でもすごく嬉しくて、お祭りは本当に楽しかった。
まあ、結局台無しにしちゃったんだけどね。ごめんね、謝って済む話じゃないのは分かってるけど。ごめん。
人生ってこんなにキラキラしてて、それが私以外の人たちは今までもこれからも経験できるんだなって、ずるいなって思ったら止まらなかった。ダメだって理解はしてたけど、私の心はもうぶっ壊してやるって気持ちでいっぱいだった。
そしたら真が止めてくれたんだよね。いきなりキスされたときはさ、なにこいつキモッって体が固まっただけど。いや、まあ怒ってないよ。そのおかげでこうしていられるわけだし。
……ああ、もう時間だ。
ねえ、真。最後に私のお願いを聞いて。やだじゃないよ、とりあえず聞くだけでもいいから。
——。
泣かないでよ。私じゃ叶えられないんだから。どんなに償う気持ちがあっても、もうすぐ死ぬって分かってても、どれだけ願ってみても、これだけは叶えられなかったんだから。真の力で命令して。
ごめんね、辛い役押し付けちゃって。ありがとう。
ん……。
じゃあわがままついでにもう一個だけ。
私のこと、忘れないでね」
「海だよ」
波に削られた岩を背に僕らは座っている。
さっきまで聞こえていた怒号や悲鳴は波が砕けてあるいは引く音へと変わり、燃えさかっていた対岸の明かりは遠くの道路に見える小さな街灯と民宿から漏れ出る営みの明りに、ここに蹴飛ばし罵声を浴びせてくる人々はなく、二人だけの僕らがここにいる。
「知ってる。どこの海?」
「去年海の家でバイトした海の近くかな」
岩陰に隠れるようにしてできたここは、地元民やこの場所をよく知る人たちの間では通称穴場と言われる、まるで小さなプライベートビーチだ。民宿からの距離も近いことから、夜な夜な男女の営みの場として重宝されている。公太と僕は去年ここにきて、それを覗いたりしていたのだ。
「ああ、うんなるほどね、ここなんだ。さすがむっつりすけべ大統領だね」
「そんなつもりじゃなかったって」
「まだなにも言ってないけど。そんなつもりってどんなつもりだったの?」
暗がりにも慣れてきた目で彼女の体に視線を送った。さっきの騒動で多少はだけた着物でも、制服や私服なんかよりずっとガードが固そうに見えた。まして、経験などないのだから余計に脱がせ方なんて分からなかった。
「へんたい」
言葉とは裏腹に彼女はにへっと笑った。笑ってくれた、と僕は嬉しくなった。
「さっきのあれは真の能力?」
「うん」
「どうゆう能力なの」
「多分だけど、キスした相手に好きな命令を実行させる能力かな」
「へー」
質問してきたわりに彼女の返答は素っ気なく、何が知りたいのか気になって心の声を聞いた。けれど、何も聞き取ることはできなかった。
「真の過去を見たときはそんなのなかったよね」
「なかったね。さっき使えるようになったんだと思う」
「すごいね」
「るるの能力にはかなわないよ」
今度はへへっと照れくさそうな、でも嬉しそうな表情をした笑みを彼女は見せてくれた。
「どうしたの」
「名前、呼んでくれたから」
抱きしめたくなった。そう思ったときには抱きしめていた。るるの熱が首筋から伝わってくる。感じたこともない幸福感が僕を満たしている。離れたくない、離したくないと本気で思った。
「苦しい」
「ごめん」
「でも嬉しいよ」
「……ごめん」
「謝んないでよ」
砂を踏む足音と男女の話し声が聞こえてきて、びくりと肩を震わせた僕らはお互い元の距離へと戻り、永遠と思えた時間はいとも容易く終わってしまった。
「ねえほんとにこんなとこですんの」
「いいじゃん誰もいねーって」
「途中で誰かくるかもじゃん」
「んなこと言って、濡れてんじゃん」
「ばか」
それからは会話というには及ばない短く小さなやりとりと、二人の吐息や喘ぎ声、肌と肌が触れ合う音に波とは別の水の音が僕の心臓を逸らせた。去年同様の好奇心からくる興奮ではなく、ハプニングによる動揺と、いままさに隣にいる女の子を意識した高揚が、自然と僕らの距離を縮めていくような気がして。
つと目が合う。手が触れ、肩が触れ、唇が触れた。
僕が右手を彼女の肩から胸へと滑らせると、彼女はそれを左手で弾いた。
「それは好きな人と」唇を離し、その熱が冷める間もなく彼女は声を忍ばせて言うのだ。
——私は汚れてるから。
「そんなこと」
「真は流されやすいから気を付けないとね」
「いや」
「かわりに抜いたげる」
有無を言わせず僕のベルトの留め具は外されてチャックが開かれ、「腰浮かせて」言われるがままズボンを膝くらいまで下ろされた。
それからはもう、どこの誰とも知らないカップルの中に、僕の吐息が加わるだけだった。
僕の太股を枕に彼女は語る。
「知ってると思うけど、私はずっと施設にいてさ。うん、子供の私には大きくてなんでもあって、でも自由のない部屋。一番古い記憶はお母さんって人が死んで、私に能力が引き継がれたって言われたことなんだよね。意味が分からなかったよ。能力について聞かされて、自分の境遇について教えられて、言われるがまま能力を使ってた。それまで人と会話したことなんてほとんどなくって、自分一人の世界だったから、自分が頼られてるって役に立ってるって思うと嬉しかったんだ。境遇ってまあ昔話になるんだけどさ。大昔は食べ物がなかったり病気になったり天災にあったりで大変だったけど、そこに人の願いを聞いて神様に届ける巫女が現れたんだって。そう、それが私の先祖。その人は当然ちやほやされて、しかも子供に遺伝するってことも分かっちゃって、いつしかその子孫たちは管理と言ったら聞こえはいいかもしれないけど、実質の奴隷になった。はた迷惑な話だよねぇほんと。ふざけんなって思う。でもちょっと分かっちゃう気もしてね。やっぱり誰かの役に立てるって嬉しいし、自分は特別なんだって感じると満たされるじゃん。みんなそうだったんだろうなって。
能力についてはね、人の願いを叶えることができるってすっごく端的に教えられたの。じゃあ試しにこの人たちの願いを叶えてみましょうって。それでできちゃったから、本物なんだって楽しくなった。願いを叶えた人の顔が嬉しそうにしてるのが誇らしかった。それからはたくさん叶えた。顔も思い出せないほどたくさん。で、ふと思ったんだよ。自分の願いも叶えられるんじゃないかって。九歳とか十歳とかそのくらいの時だったと思う。その頃にはさ、外の世界のことも本とか人の話とかで知ってたから、外に出てみたいって思って、期待でいっぱいで、能力を使った。でもダメだった。安直な表現だけどさ、絶望したよ。それでこうも思ったの。
ああ、私は人じゃなかったって。この能力は人の願いを叶えるものだから。
それからの記憶は結構あいまいかな。はっきり覚えてるのは寿命がもうほとんど残ってないって慌ててる人たちがいて、早く子供を作れっていう命令があったこと。私の日常に、知らない人から代わる代わる犯されるっていう項目が追加されたこと。十二歳とかそのくらいの年だったと思う。そして十五歳の時に妊娠した。春先とかそのくらい。間に合った、よくやったってみんな喜んでたよ。まあ、その頃にはもうさ、なんで私ばっかりって卑屈になってたし怒りで自傷行為とかもしてたけど、みんなの前では喜ぶふりしてた。馬鹿な方が騙されてくれるから。私ね、お腹の子と一緒に死んでやるって、お前らに復讐してやるって本気で思ってた。でもさぁ、死ぬのって怖いんだ。殺すのはもっと怖い。だから覚悟もなくだらだらだらだら自分の体を傷つけるだけ。いつしか感情は転嫁してて、次に苦しむのはこの子かって、ざまあみろって。だから産んだ。
産まれたのは元気な女の子だった。しわくちゃな顔で力いっぱい泣いて。誰がお父さんなのかも分からないし私のような汚れたやつの可哀そうな、私の子。私たちと同じ立場になることが決まっている子。でもさ、抱きしめたとき、あったかかったんだよ。人間なんだって、ここにあるのは命なんだって、苦しくなった。守らなきゃって、助けなきゃって、恥ずかしいこと言うけど、勇気に覚悟が満たされたとかそんな感じ。この子の未来のためなら、私は人じゃなくたっていい。だから、せめて自由にしてあげようって。
そしたら能力が自在に使えるようになった。関連する組織は全て消えろって願って、それは叶った。残されたのは私と、私の子どもと母親代わりだった人だけ。それ以外は全員死んだと思う。
今年の五月とかそれくらいかな。私は自由になった。私はもうすぐ死んじゃうし生き方を教えてあげられないし、普通に生きて欲しかったから、子どもは母親代わりだった人に預けて。一回だけ会ったことあるでしょ、瞬間移動の超能力を使う人。そう、真に私が組織に狙われてるって嘘ついたあの人。
後ろめたさはあったんだけどねぇ。でもまあどうせ死んじゃうし、今まではどうでもいい誰かの道具として生きてきたんだから、最後くらい好きなことしよーって正当化した。
外に出てからさ、初めてのことばっかりだったの。電車とか車とか、あと自転車に乗って見たんだ。自転車は上手く乗れなかったけど。人もいろんな人がいて、おじいちゃんおばあちゃん、おじさんおばさん、お兄さんお姉さん、私よりも小さい子たち。顔も性格もバラバラでやってることも話してることもみんな違う。それなのに社会を支えて生きてる人たち。輪に入れてないのは私だけって疎外感なんか感じたりね。羨ましかった、同じになりたかった。だから学校にも通ってみた。
それなのに、さ。ダメなんだったんだよね。私の憧れた世界はもう誰かが住んでいて、当たり前のようにそれを受け入れていて、なんなら拒否したり壊そうとしたりするの。駅のホームに落ちた人を笑いものにしたり、同じところに住んでるのに僻んできたり、気にくわないからって集団でいじめようとする、そんな人たち。耐えられなかった。恵まれてるくせにって。私のこと何も知らないくせにって。ねえ知ってる? 憧れの先にある感情は二種類で、崇拝か嫉妬なんだよ。私の憧れは後者に変わった。
組織の人間はね、死んで当然で殺してもまあ何も思わなかった。復讐だしね、何も残らないものだよね。でも、私が私の嫉妬で殺した人たちは違った。最初はさ、ざまあみろとか当然の報いだって乗り気だったんだよ。調子に乗ってたし、そう思うことで自分の心を自衛してた。けどさ、学校の体育館に飛行機を落としたときに、その脆くて貧しい正当性は簡単に崩れちゃった。なんの罪もない人たちがぐちゃぐちゃに潰されて、焼けて、吹き飛んで、怪我をして、死んで。
ああ、死ななきゃいけないのは私の方だったんだって。
でも私は卑しいからさ、どうせ数日後には死ぬんだからそれまでは生きてていいよねって思ったの。死ねなかったの。死にたくなかったの。それに、誰の記憶からも消えてなくなるくらいなら、悪いことをしてでも名前が残る方がいいんじゃないかって馬鹿なこと考えたりもしてたから。
そんなときに真からお祭りに誘われた。嬉しかったなぁ。メッセージはシンプルだったけど。そうなんだ、まあ誤送信なのは分かってたけど、そうだったんだ。初心というかなんというか、可愛いね。
不思議だよね。それまでは自暴自棄になりかけてたのに、目標が決まったらそんな気持ちは見えなくなったんだから。楽しみで仕方がなくて、茜音がせっかくだから着物をレンタルして着ようって誘ってくれて、きれいとか可愛いって褒めてくれたのがただの言葉でもすごく嬉しくて、お祭りは本当に楽しかった。
まあ、結局台無しにしちゃったんだけどね。ごめんね、謝って済む話じゃないのは分かってるけど。ごめん。
人生ってこんなにキラキラしてて、それが私以外の人たちは今までもこれからも経験できるんだなって、ずるいなって思ったら止まらなかった。ダメだって理解はしてたけど、私の心はもうぶっ壊してやるって気持ちでいっぱいだった。
そしたら真が止めてくれたんだよね。いきなりキスされたときはさ、なにこいつキモッって体が固まっただけど。いや、まあ怒ってないよ。そのおかげでこうしていられるわけだし。
……ああ、もう時間だ。
ねえ、真。最後に私のお願いを聞いて。やだじゃないよ、とりあえず聞くだけでもいいから。
——。
泣かないでよ。私じゃ叶えられないんだから。どんなに償う気持ちがあっても、もうすぐ死ぬって分かってても、どれだけ願ってみても、これだけは叶えられなかったんだから。真の力で命令して。
ごめんね、辛い役押し付けちゃって。ありがとう。
ん……。
じゃあわがままついでにもう一個だけ。
私のこと、忘れないでね」
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