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7話
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休み時間をバスケットボールに使い、授業でもその続きをやっている。四人一チームで勝ち残り戦のエンドレスゲームは、いくら体力が有り余っている男子高校生といえど帰宅部の自分には辛いものがある。じめじめと肌にまとわりつく熱気にも、喉の内側に張り付くような湿気にもうんざりで、僕はなんとか一試合で負けるようにサボっていた。
体育館の扉の近くで壁に背をつけ座っていた。体育教師の動向と試合の行方に気を配りながら、反対のコートでバドミントンをしている女子を眺めていると「運動着のるるちゃんも可愛いよな」と公太が横に座った。
「けっこう胸でかいし」
「そう? 普通じゃね?」
「いーや着やせするタイプと見た。ほら今のとか、もうぶるんぶるんだったじゃん」
楡井るるが甘く入ってきた山なりのシャトルをジャンプスマッシュで打ち返す。たしかに遠目からでも大きく揺れたのが分かるくらいには大きいらしい。
周りを見れば試合のない男子はもちろん、試合中の男子でさえちらちらと覗いているようで、なんだか一歩引いた気持ちになってしまった。お化け屋敷で自分よりも怖がっている人を見ると冷静になるあれだ。隣にいる変態とも一緒にされたくないので、立ち上がって体育館を出た。
水道の蛇口をひねって上に向け水を飲む。口元を拭って少し、外を眺めた。相変わらず止む気配のない雨は屋根を伝って次々と地面に流れ落ちていく。排水されず行き場を失い溜まっていくだけの水溜まりはグラウンドのあちこちにできていて、仮に明日が晴れだったとしても使用することはかなわないほどだ。
「わっ」と歓声が上がった。少しして楡井るるが体育館から出てきた。汗でしっとり濡れた姿は同い年の女子と比べるべくもなく色っぽかった。
「なに?」
「いや、べつに」
どうやらただ水を飲みに来ただけらしい。ついジロジロ見てしまったために睨まれてしまった。気まずさから戻ろうとしたとき、雨音を貫き空気を割るような鋭い音が聞こえてきた。
周囲を見回しても音の出所はないのに、音はどんどん近づいてくる。
楡井るるは空を見ていた。僕もつられて同じ方角を見上げた。そうして、猛スピードの何かが体育館へと突っ込んでくるのを目にした。
意味が分からなかった。一人だったら棒立ちのまま唖然としていただろう。しかし、僕の目の前には僕と同じように棒立ちのまま固まっている楡井るるがいて、僕は咄嗟に彼女の手を取って走り出していた。
雨に濡れることなんて気にならなかった。どうせ汗に濡れているのだし、命に比べれば大した問題ではない。
上履きが泥にまみれ、またその泥が体に跳ねてくることも気にならなかった。命に比べれば泥にだってまみれよう。
一歩、二歩、三歩、あるいはもっとか、はたまた本当は足を上げた直後だったかもしれない。僕の目にした何かはやはりというかなんというか、ものの見事に体育館へと突っ込んで、音と風と雨に混じっていくつもの破片が飛んできた。遅れて阿鼻叫喚の悲鳴が聞こえだす。
グラウンドの中央くらいまで逃げた僕は立ち止まり振り返った。
恐怖か、あるいは振動が肌を伝っているだけか、僕も震えていた。しかし、その震えは僕の右手からだった。
ああ、手を握っているのか。と意識して——しまった、そう思った時にはもう遅かった。繋いだ手を伝って彼女の今日までが僕に流れ込み、共有され、経験させられていく。
生まれてからの五年間は部屋から出ることが叶わず、親というものを知らず、使用人が来ること以外はずっと一人だったこと。
初めて部屋の外に出れたのは、人の死に目に会わされた時だったこと。それが母親だと知らされて、その人の第一声が「生んでしまってごめんなさい」だったこと。程なくして自身に母親と同じ人の願いを叶える力が宿ったことを知らされた。
その能力を言われるがまま使うだけの日々。ある時、自分の願いは叶えられないかと試した結果、叶わなかったこと。これは人の願いを叶える力、つまり、私は人じゃなかった。
それからはずっと、ただ従順に言われるがまま能力を行使する日々が続く。大物政治家から大企業の社長、ヤクザやマフィアみたいな裏の人たち、あるいは金持ちの一般人などなど、世界中どこからともなくひっきりなしにやってくる人々の願いを聞き、機械のように叶えられるものを叶えていく。
あまりに従順だったからか、前任者よりもずっと早いペースで能力を使ってきたらしく、十二歳の時には寿命が十年もなかった。母親が三十歳まで生きていたことを考えると異常とも言える。とはいえこのままのペースなら、あと二年もすれば死んでしまう。「死ねるんだ」と安堵さえした。
子供のいなかった私に焦った組織の人間たちは、願いを叶えるペースを落とし、代わりとばかりに毎晩、見知らぬ男を私にあてがい、私は犯され続けた。そうして十五歳の冬の終わり、妊娠が発覚した。
生まれてからずっと誰かの道具にされ続けてきた。これから死ぬまでずっとそう、このお腹の子もきっと同じ人生を辿る。私が人間でないのなら、私から産まれてくるこの子もまた人間ではないのだろう。それならいっそ、この子もろとも死んでしまった方がいいんじゃないか。本当ならここにいる全員殺してしまいたいけれど、そんなことができるわけもない。せめてもの復讐のつもりだった。
できなかった。死ぬのが怖かった。死んでいなかっただけの人生だったけど、それでも……だからこそ生きてみたいという欲求が私を踏みとどまらせる。
殺すのが怖かった。もしかしたらこの子は普通に生きることができるかもしれない。能力が宿らなかったとかそんな理由で。もしそうなれば、私はただの人殺しだ。なんの罪もない命を奪っては、本当に人間ではなくなる、そんな予感があった。
本音は、誰か他にも同じような目にあって欲しいだった。だってそれは私の責任ではないから。
出産はただただ痛かった。体の内側から割けていくような、皮膚が次々と剥がれ落ち肉が千切れていくような、そんな感覚でいっぱいだった。産まれたのはそんな苦労なんて知りもしない、しわくちゃで元気な女の子だった。手に取って、抱きしめて、命だって思った。守らなきゃ、助けなきゃって使命感が湧いて、勇気が覚悟を満たした。この子が私を人間にしてくれた、そんな感覚だった。気が付けば能力は思いのまま使えるようになっていた。
それからは私や他の超能力者を管理していた関連組織を含むすべてを潰し、戸籍を変え、使用人だった人の記憶を書き換え、その人に瞬間移動の能力を与えた。そして私の子を預けた。
私はいよいよ自由になった。ようやくスタートラインに立った。叶わないと思っていた外の世界で生きることができる。見て聞いて触れた世界は憧れそのもので、どれもこれもコミックや小説なんかよりずっと輝いていた。でも、その頃にはもう寿命が尽きていた。能力の前借り状態、次の誕生日の清算できっとこの世界から私という人間は消えてなくなる、そんな予感。死ぬのはとても怖い。肉体的にも精神的にも、そして存在としても。せっかく自由を手に入れたのに、それはもう誰かに奪われたあとで、未来はとっくのとうに決まっていた。それなのに、他の人はさもそれが当たり前のように生きている。
許せない。なんで私ばっかり。ふざけんな。
……どうせ死ぬなら、せめて、私という存在だけでも残してやる。復讐してやる。壊してやる。お前らのそれは、与えられているだけの薄く脆い虚像だ。私が願えば、消えてなくすことができるのだから。
人の悪意を増長させた。自己満足の代償を払わせた。偽善を暴いた。幸せに火をつけた。
楽しかった。気持ちがスッとした。次を求めてしまった。
体育館に飛行機を落としていた。
「なにこれ」
楡井るるの声で現実へと戻った。彼女は体育館の光景よりもずっと困惑したような表情で僕を見ていた。
瞬間、爆発音がした。心臓と脳を直撃したかのような衝撃が僕らを襲う。
何かが落ちた穴から上がる黒煙に、扉から見える燃え広がった炎に包まれる体育館と、命からがら逃げ出してくるクラスメイト。それら全てがフィクションのようで、まるでその光景を画面の向こうから眺めることしかできない感覚だった。しかし、
「ちょっと見てくる」楡井るるは言って駆け出した。
僕の右手から体温が抜け落ちていく。ひどく寂しい気持ちと不安に駆られて「待って」と僕は追いかけた。
グラウンドに残った足跡の上からまた新しく靴の形をつけていく。来たときと違い、歩幅が小さく重ねられたそれは、擦って移動したみたいに一つの道になっていた。
立ち止まった楡井るるに追いつき隣に並び、出てきた扉に手をついて中を見る。
体育館の半分くらいの幅ほどもある翼がぽっきり折れた飛行機は、壇上に深々と突き刺さっている。炎は真っ黒い煙を吐き出し、血溜まりと人だったものを下敷きにしてぴくりとも動かない。周りには瓦礫の下敷きになっている人や気絶しているのか動かず倒れている人、あるいは怪我をして横たわっていたり、かろうじて逃げることができた人、そして炎にまとわれ水を求めてグラウンドに人が飛び出してきた。
血とガソリンと木材と人が焼けた匂いに止まない悲鳴と呻き声。頭がどうにかなりそうで、ただただ立ち尽くす。何かしなければと思ってみても、もう手遅れだと諦めている自分がいることにひどく自覚的だった。
——なんだこれ。どうすれば。助ける。どうやって、誰を何を。先生……、あ、いや、あ、うあ。
腰が抜けた僕は尻もちをついて、錯乱しないことだけでいっぱいいっぱいになっていた。助けを求めている人たちはいま目の前にいるのに、それよりも僕を助けてくれと、そう願っていた。だから僕は隣にいる楡井るるを見上げた。
彼女は恍惚とした表情で笑いながら泣いていたのだった。
体育館の扉の近くで壁に背をつけ座っていた。体育教師の動向と試合の行方に気を配りながら、反対のコートでバドミントンをしている女子を眺めていると「運動着のるるちゃんも可愛いよな」と公太が横に座った。
「けっこう胸でかいし」
「そう? 普通じゃね?」
「いーや着やせするタイプと見た。ほら今のとか、もうぶるんぶるんだったじゃん」
楡井るるが甘く入ってきた山なりのシャトルをジャンプスマッシュで打ち返す。たしかに遠目からでも大きく揺れたのが分かるくらいには大きいらしい。
周りを見れば試合のない男子はもちろん、試合中の男子でさえちらちらと覗いているようで、なんだか一歩引いた気持ちになってしまった。お化け屋敷で自分よりも怖がっている人を見ると冷静になるあれだ。隣にいる変態とも一緒にされたくないので、立ち上がって体育館を出た。
水道の蛇口をひねって上に向け水を飲む。口元を拭って少し、外を眺めた。相変わらず止む気配のない雨は屋根を伝って次々と地面に流れ落ちていく。排水されず行き場を失い溜まっていくだけの水溜まりはグラウンドのあちこちにできていて、仮に明日が晴れだったとしても使用することはかなわないほどだ。
「わっ」と歓声が上がった。少しして楡井るるが体育館から出てきた。汗でしっとり濡れた姿は同い年の女子と比べるべくもなく色っぽかった。
「なに?」
「いや、べつに」
どうやらただ水を飲みに来ただけらしい。ついジロジロ見てしまったために睨まれてしまった。気まずさから戻ろうとしたとき、雨音を貫き空気を割るような鋭い音が聞こえてきた。
周囲を見回しても音の出所はないのに、音はどんどん近づいてくる。
楡井るるは空を見ていた。僕もつられて同じ方角を見上げた。そうして、猛スピードの何かが体育館へと突っ込んでくるのを目にした。
意味が分からなかった。一人だったら棒立ちのまま唖然としていただろう。しかし、僕の目の前には僕と同じように棒立ちのまま固まっている楡井るるがいて、僕は咄嗟に彼女の手を取って走り出していた。
雨に濡れることなんて気にならなかった。どうせ汗に濡れているのだし、命に比べれば大した問題ではない。
上履きが泥にまみれ、またその泥が体に跳ねてくることも気にならなかった。命に比べれば泥にだってまみれよう。
一歩、二歩、三歩、あるいはもっとか、はたまた本当は足を上げた直後だったかもしれない。僕の目にした何かはやはりというかなんというか、ものの見事に体育館へと突っ込んで、音と風と雨に混じっていくつもの破片が飛んできた。遅れて阿鼻叫喚の悲鳴が聞こえだす。
グラウンドの中央くらいまで逃げた僕は立ち止まり振り返った。
恐怖か、あるいは振動が肌を伝っているだけか、僕も震えていた。しかし、その震えは僕の右手からだった。
ああ、手を握っているのか。と意識して——しまった、そう思った時にはもう遅かった。繋いだ手を伝って彼女の今日までが僕に流れ込み、共有され、経験させられていく。
生まれてからの五年間は部屋から出ることが叶わず、親というものを知らず、使用人が来ること以外はずっと一人だったこと。
初めて部屋の外に出れたのは、人の死に目に会わされた時だったこと。それが母親だと知らされて、その人の第一声が「生んでしまってごめんなさい」だったこと。程なくして自身に母親と同じ人の願いを叶える力が宿ったことを知らされた。
その能力を言われるがまま使うだけの日々。ある時、自分の願いは叶えられないかと試した結果、叶わなかったこと。これは人の願いを叶える力、つまり、私は人じゃなかった。
それからはずっと、ただ従順に言われるがまま能力を行使する日々が続く。大物政治家から大企業の社長、ヤクザやマフィアみたいな裏の人たち、あるいは金持ちの一般人などなど、世界中どこからともなくひっきりなしにやってくる人々の願いを聞き、機械のように叶えられるものを叶えていく。
あまりに従順だったからか、前任者よりもずっと早いペースで能力を使ってきたらしく、十二歳の時には寿命が十年もなかった。母親が三十歳まで生きていたことを考えると異常とも言える。とはいえこのままのペースなら、あと二年もすれば死んでしまう。「死ねるんだ」と安堵さえした。
子供のいなかった私に焦った組織の人間たちは、願いを叶えるペースを落とし、代わりとばかりに毎晩、見知らぬ男を私にあてがい、私は犯され続けた。そうして十五歳の冬の終わり、妊娠が発覚した。
生まれてからずっと誰かの道具にされ続けてきた。これから死ぬまでずっとそう、このお腹の子もきっと同じ人生を辿る。私が人間でないのなら、私から産まれてくるこの子もまた人間ではないのだろう。それならいっそ、この子もろとも死んでしまった方がいいんじゃないか。本当ならここにいる全員殺してしまいたいけれど、そんなことができるわけもない。せめてもの復讐のつもりだった。
できなかった。死ぬのが怖かった。死んでいなかっただけの人生だったけど、それでも……だからこそ生きてみたいという欲求が私を踏みとどまらせる。
殺すのが怖かった。もしかしたらこの子は普通に生きることができるかもしれない。能力が宿らなかったとかそんな理由で。もしそうなれば、私はただの人殺しだ。なんの罪もない命を奪っては、本当に人間ではなくなる、そんな予感があった。
本音は、誰か他にも同じような目にあって欲しいだった。だってそれは私の責任ではないから。
出産はただただ痛かった。体の内側から割けていくような、皮膚が次々と剥がれ落ち肉が千切れていくような、そんな感覚でいっぱいだった。産まれたのはそんな苦労なんて知りもしない、しわくちゃで元気な女の子だった。手に取って、抱きしめて、命だって思った。守らなきゃ、助けなきゃって使命感が湧いて、勇気が覚悟を満たした。この子が私を人間にしてくれた、そんな感覚だった。気が付けば能力は思いのまま使えるようになっていた。
それからは私や他の超能力者を管理していた関連組織を含むすべてを潰し、戸籍を変え、使用人だった人の記憶を書き換え、その人に瞬間移動の能力を与えた。そして私の子を預けた。
私はいよいよ自由になった。ようやくスタートラインに立った。叶わないと思っていた外の世界で生きることができる。見て聞いて触れた世界は憧れそのもので、どれもこれもコミックや小説なんかよりずっと輝いていた。でも、その頃にはもう寿命が尽きていた。能力の前借り状態、次の誕生日の清算できっとこの世界から私という人間は消えてなくなる、そんな予感。死ぬのはとても怖い。肉体的にも精神的にも、そして存在としても。せっかく自由を手に入れたのに、それはもう誰かに奪われたあとで、未来はとっくのとうに決まっていた。それなのに、他の人はさもそれが当たり前のように生きている。
許せない。なんで私ばっかり。ふざけんな。
……どうせ死ぬなら、せめて、私という存在だけでも残してやる。復讐してやる。壊してやる。お前らのそれは、与えられているだけの薄く脆い虚像だ。私が願えば、消えてなくすことができるのだから。
人の悪意を増長させた。自己満足の代償を払わせた。偽善を暴いた。幸せに火をつけた。
楽しかった。気持ちがスッとした。次を求めてしまった。
体育館に飛行機を落としていた。
「なにこれ」
楡井るるの声で現実へと戻った。彼女は体育館の光景よりもずっと困惑したような表情で僕を見ていた。
瞬間、爆発音がした。心臓と脳を直撃したかのような衝撃が僕らを襲う。
何かが落ちた穴から上がる黒煙に、扉から見える燃え広がった炎に包まれる体育館と、命からがら逃げ出してくるクラスメイト。それら全てがフィクションのようで、まるでその光景を画面の向こうから眺めることしかできない感覚だった。しかし、
「ちょっと見てくる」楡井るるは言って駆け出した。
僕の右手から体温が抜け落ちていく。ひどく寂しい気持ちと不安に駆られて「待って」と僕は追いかけた。
グラウンドに残った足跡の上からまた新しく靴の形をつけていく。来たときと違い、歩幅が小さく重ねられたそれは、擦って移動したみたいに一つの道になっていた。
立ち止まった楡井るるに追いつき隣に並び、出てきた扉に手をついて中を見る。
体育館の半分くらいの幅ほどもある翼がぽっきり折れた飛行機は、壇上に深々と突き刺さっている。炎は真っ黒い煙を吐き出し、血溜まりと人だったものを下敷きにしてぴくりとも動かない。周りには瓦礫の下敷きになっている人や気絶しているのか動かず倒れている人、あるいは怪我をして横たわっていたり、かろうじて逃げることができた人、そして炎にまとわれ水を求めてグラウンドに人が飛び出してきた。
血とガソリンと木材と人が焼けた匂いに止まない悲鳴と呻き声。頭がどうにかなりそうで、ただただ立ち尽くす。何かしなければと思ってみても、もう手遅れだと諦めている自分がいることにひどく自覚的だった。
——なんだこれ。どうすれば。助ける。どうやって、誰を何を。先生……、あ、いや、あ、うあ。
腰が抜けた僕は尻もちをついて、錯乱しないことだけでいっぱいいっぱいになっていた。助けを求めている人たちはいま目の前にいるのに、それよりも僕を助けてくれと、そう願っていた。だから僕は隣にいる楡井るるを見上げた。
彼女は恍惚とした表情で笑いながら泣いていたのだった。
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