上 下
30 / 76
第二章 近づく距離と彼女の秘密

2-4 蝶とホラー映画

しおりを挟む


 ──そして、映画も中盤に差し掛かり……
 いよいよ、スプラッターなシーンが増えてきた。

 密室の壁を破壊しようと躍起になった一人が心臓の爆弾を起爆され絶命したり……
 犯人の要求に従い、恋人の腕や脚を斬り落とすカップルが現れたり……
 拳銃を使ったロシアンルーレットにより犠牲者が増えたり……

 グロテスクな映画に抵抗のない汰一ですら顔をしかめたくなるようなシーンが続き、彼は蝶梨のことが心配になる。
 元々こういうのが苦手だって言っていた彼女だ。予想通りポップコーンには一回も手が付いていない。
 何も言わず、集中して観ているようではあるが……


「……彩岐、しんどかったらいつでも止めるから、遠慮なく…………」


 言ってくれ。

 という言葉が出る前に、汰一は固まる。
 何故なら……



 蝶梨は、目をとろんとさせて。
 薄く開いた唇から、はぁはぁと熱い吐息を漏らしていたから。


 ……出た。例の反応だ。



 汰一はマウスを操作し、映画を一度止める。
 見入っていた蝶梨は、映像が突然止まりハッとなる。


「ど、どうしたの? 刈磨くん」
「彩岐……今、ときめいてたな?」
「えっ?!」
「キュンとくるシーンがあったんだろ? それがどこなのか、忘れない内に教えてくれ」


 思った通り、彼女はこういう過激なシーンに反応を示した。
 近付いている。彼女自身も自覚していない、彼女の性癖に……

 そう確信し、汰一は真剣な表情で蝶梨を見つめる。
 その眼差しに、彼女は恥ずかしそうに目を逸らしながら……


「……引かない?」
「絶対に引かない」
「…………男の人が、恋人のひたいに拳銃を突き付けて…………引き金を引いたシーン」


 小さく、消え入りそうな声で答えた。
 彼女が言ったのは、犯人の要求に従いロシアンルーレットを始めた男が、恋人の女性を撃ち殺してしまうシーンだ。

 そんなシーンにときめいてしまうなんて、彼女自身も困惑していることだろう。
 しかし、汰一は……



「……試してみるか?」



 と。
 自身の右手を掲げ、まるで拳銃の形を真似るように、人さし指を立てる。
 

 そして、それを……

 彼女の額に、突き付けた。


 何故そんなことを切り出したのか、自分でもわからなかった。
 掴みかけている答えを明確にするためなのか、それとも……
 彼女の熱に、当てられたのか。


 額に人さし指を突き付けられ、蝶梨は目を見開く。
 その瞳は、少しの困惑と、それを凌駕する期待に揺れているようだった。



 ……もしかして、彼女が求めているものって…………

 いや、さすがにそれはないだろう。



 そう、頭に浮かんだ可能性を否定して。


「……じゃあ、引き金を引くぞ」


 僅かに興奮している自分に、戸惑いながら。
 汰一は…………



「────ばん」



 と……
 弾を吐き出す拳銃を真似して、右手を僅かに跳ねさせた。

 瞬間。



 ──びくびくっ……!!



 と、蝶梨の身体が痙攣した。
 目をぎゅっと閉じ、何かに耐えるように唇を噛み締める。

 これは……この反応は、まるで…………



「……彩岐…………?」


 呼びかけてみるも、彼女は頬を染めたまま虚ろな目で汰一を見つめ返すのみだ。
 肩を縮こませ、両脚をぴたりと閉じたまま、高揚した表情で震えている。
 その姿に、理性が一瞬で溶かされるのを感じ……


 ……だめだ。
 このままじゃ…………

 俺まで、おかしくなる。



「……なんか、熱いな。窓、開けようか」


 汰一は立ち上がり、長机から離れ、窓の方へと向かう。
 物理的にでも空気を変えなければ、何かしらの間違いを犯してしまいそうだった。


 窓を開けたら、冷蔵庫で冷やしているコーラを彩岐に渡して、少し頭を冷やそう。
 

 そう心に決め、汰一は深呼吸しながら窓の鍵に手をかける。
 教室のものと同じ、一般的な半円型の錠だ。
 それを、下方向に回そうとする…………が。


「…………あれ?」


 鍵が、回らない。
 もう一度、ぐっと力を込めてみるが……錆び付いているかのように動かなかった。


「彩岐、ここの窓の鍵、壊れているのか?」


 振り返って尋ねると、蝶梨は少し落ち着きを取り戻した様子で首を傾げ、


「え? そんなことはないはずだけど……」


 きょとんと返すので、汰一はもう一度試してみる。
 しかし、結果は同じ。


「…………まさか」


 嫌な予感がし、汰一は出入り口のドアへと駆ける。
 そして、ノブを回し、扉を開けようとしてみるが……


「……開かない」


 内鍵はかけていない。ドアノブは回るものの、扉が動かない。
 力一杯ドアを引いてみるが、強力な接着剤で固定したかのように一ミリも動かなかった。


「……刈磨くん……?」


 後ろから蝶梨の心配そうな声が聞こえ、汰一は振り返る。
 そして……



「……窓も、ドアも開かない。この部屋に……完全に閉じ込められた」



 ……と。
 額に汗を滲ませながら、そう告げた。
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

黄昏は悲しき堕天使達のシュプール

Mr.M
青春
『ほろ苦い青春と淡い初恋の思い出は・・  黄昏色に染まる校庭で沈みゆく太陽と共に  儚くも露と消えていく』 ある朝、 目を覚ますとそこは二十年前の世界だった。 小学校六年生に戻った俺を取り巻く 懐かしい顔ぶれ。 優しい先生。 いじめっ子のグループ。 クラスで一番美しい少女。 そして。 密かに想い続けていた初恋の少女。 この世界は嘘と欺瞞に満ちている。 愛を語るには幼過ぎる少女達と 愛を語るには汚れ過ぎた大人。 少女は天使の様な微笑みで嘘を吐き、 大人は平然と他人を騙す。 ある時、 俺は隣のクラスの一人の少女の名前を思い出した。 そしてそれは大きな謎と後悔を俺に残した。 夕日に少女の涙が落ちる時、 俺は彼女達の笑顔と 失われた真実を 取り戻すことができるのだろうか。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

the She

ハヤミ
青春
思い付きの鋏と女の子たちです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

多重世界シンドローム

一花カナウ
青春
この世界には、強く願うことで本来なら起こるべき事象を書き換えてしまう力 《多重世界シンドローム》を発症する人間が存在する。 位相管理委員会(モイライ)はそんな人々を管理するため、 運命に干渉できる能力者によって構成された機関だ。 真面目で鈍感なところがある緒方(オガタ)あやめは委員会の調査員。 ある日あやめは上司である霧島縁(キリシマユカリ)に命じられ、 発症の疑いがある貴家礼於(サスガレオ)の身辺調査を始めるのだが……。 え、任務が失敗すると世界が崩壊って、本気ですか? -------- 『ワタシのセカイはシュジンのイイナリっ! 』https://www.pixiv.net/novel/series/341036 を改稿して掲載中です。

鷹鷲高校執事科

三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。 東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。 物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。 各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。 表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)

伊賀見 和帆
青春
体質的な問題で不意に鼻血が出てしまう佐島(さとう)は、そのせいでなかなか学校生活に馴染めずにいた。そんな中、罰ゲームという名目で後輩にちょっかいを掛けてしまった須々木(すずき)という2個上の3年の学生と望まれない関わりを持ってしまう。性格も真逆、相容れないふたりが織りなす、不思議なスクールストーリー。

処理中です...